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第二話 携帯電話

「お前が掛けた携帯電話、ここにあるぜ」


16号線沿いのラーメン屋にて。

テーブルを挟んで向かいに座っている千代田は、古いガラケーを取り出した。


「元々は父さんのものだったんだ。死んで遺産の整理していた時に、こいつも解約しなきゃなと思って手に取ったら電話が掛かってきたんだよ」

「電話って……」

「自殺志望者から。お前が電話してきた時と同じようにな」


息……ではなく、口の中に残っている麺を飲み込む。喪に服している時に死にたがりから電話なんて、変な話だ。


「最初は父さんの知り合いかと思ったけど違うらしくて。その日からこの携帯電話には自殺志望者からの電話が掛かってくるようになったわけ」


もしかしたら、父さんが生きていた時からかかってきていたかもしれないけどな、と千代田は言う。


「その、いつも掛かってきたら電話を取っているんですか?」

「まあね。風呂に入ってる時とかは無理だけど、寝ていても掛かってきたら出てる。みんなどこでこの携帯の電話番号知ったんだろうな」

「僕はネットの掲示板で見かけましたよ」

「え、ネットに上がってんのか?めんどくさいことになってんな……」

「にしたって、なんでわざわざ出るんですか?その……気が滅入ったりしないんですか?」

「しないよ。俺はただ空返事してるだけだし、原稿しながら聞く時がほとんどだし、いわば作業用BGMって感じだな」


作業用BGM!僕ら自殺志望者の話を作業用BGMなんて表現するやつ初めて見た!

肝が据わっているなんてレベルじゃない。こいつ、本当に自分のことしか考えてなさそうだ。


「解約したりしないんですか?僕らの話が作業用BGMになるなら、その辺の猫の鳴き声だってBGMになりますよ」

「そらまあ、猫の鳴き声の方がマシだけどさ、掛かってくると『ああ、今日もまた誰かが死ぬんだな』って気づいちゃうんだよ」


千代田は箸を止めて水を飲む。ぷは、と息をついて、話を続けた。


「葬式ってさ、生前契約ができるんだよ。自分が死ぬ前にどんな葬式を上げて欲しいか、葬儀会館で相談できるんだって。例えば不治の病でこれから死ぬってわかってる人間は、自分の葬式の相談をしながら心の整理をしていくと思うんだけど、この携帯に掛かってくる電話も同じようなもんだ。これから自殺する人間が、最後の最後に心の整理をつけるための儀式をするんだ」


その儀式を作業用BGM代わりにしてるなんてよく言えたもんですね。


「だから、その携帯電話、捨てないんですか?」

「ああ、契約も続行中。故障して使えなくなったら、電話番号だけ引き継ぐつもりだよ」

「どうしてそこまで……」


すると、千代田は箸を置いて「すまん、今のは建前だ」と少し笑った。

「本当は、母さんが電話してくるかもしれないから手元に置いてるんだ」


はた、と僕は箸を止めて彼の顔を見た。

よく見ると、端整な顔立ちをしている。どちらかと言えば薄いイメージ、シンプルという言葉を顔にしたら、この男みたいになるんだろう。


「母親は行方不明?」

「そう。父さんが死んだときに俺と家を残して消えた。生きてるか死んでるかもわからん」


ただ、父の携帯には母の携帯の電話番号が入っていた。ということは、母は父の携帯の電話番号をまだ覚えているはずだ。だからいずれ母が電話してきた時のために、手元に残しているのだと、千代田は言う。


先ほどの、夜中でも電話に出るというのは母親のためなのか。以外と律儀な性格だと思ったが、彼にとっての3コールは、まだ捨てきれない希望なのかもしれない。


「はあー食った食った」


ラーメンを食べ終えて店を出る。千代田の言う通り、確かにここの店の豚骨ラーメンは美味しかった。


……でも、これからどうしよう。またあの森に戻るには、車のガソリンが足りない。しかし戻る家も無いし、頼れる人間もいない。自分で自分を追い込んだとは言え、まさか16号線沿いで途方に暮れるとは思わなかった。


しかし、不思議と絶望的な気分ではなかった。一度死を覚悟したからだろうか、それとも何も失うものが無いからだろうか……?


「これからどうする?」

呑気な声で千代田は今まさに直面している問題を口にする。


「さあ、どうしましょうかね。あの16号線に突っ込めば、方法は違えど僕の目的は達成されますが」

「やめとけ、見た俺に迷惑掛かるだろ」


事情徴収なんて面倒くさい、と彼は呆れたように呟いた。本当に自分のことしか考えてないな。


「僕がここで途方に暮れる原因はあなたですよ」

「わかってるよ。行くところ無いなんて、俺が予想してないとでも思うか」

「……え?」

「お前にガソリン代払って元の場所に返すのもありだけど、それは本位じゃなさそうだし」

「いや、待ってください、僕の本来の目的は……」

「自殺だろ。でもそれはお前が全て、自分のことを自分でこなした時にしか出来ない。それがお前の「儀式」だからだ」


頭を横から叩きつけられたような気がした。

この男の言葉を頭の中で反芻する。そして、この数時間でこの男が僕のことをどれだけ理解しえたのかを想像して、一気に体中の血の気が引いた。

僕は思わずその場で膝をつく。僕の前に立つ男の顔を恐る恐る見上げた。


「……驚いただろ。まあ今まで何百人と実例を聞いてきた俺からしてみれば、お前はわかりやすい方だな」

彼は苦笑いを浮かべていた。嘲笑するような雰囲気は無く、ただ申し訳なさそうな顔をして、彼は立っている。

千代田は車の鍵を取り出して、車に向けてボタンを押す。


「家に来い。ちょっと手伝ってもらうことがある」


ガシャコ、と心地の良い音がした。




————午後8時。


僕は千代田の家で、ipadに映る彼の原稿を眺めていた。

右手には例のペンシル。左手にはショートカット用のキーボード。テーブルにはコーヒーとおつまみに、目の前のモニターには作業用BGM代わりの海外ドラマが流れている。


……なんだこれは。僕は一体何をしているんだ……?


「いや~お前がPC得意で良かったよ。今まで順調にやってきたからって、調子に乗ってスピンオフの話まで描く羽目になっちゃってさ~!ちょうどアシスタント探してたところなんだよね」

「えっ…………もしかして……手伝いって……これ……?」

「そう、漫画制作のアシスタント。まずはソフトの使い方を覚えて、慣れたら一番簡単なトーンからやってもらうから。そのつもりでよろしく!」


彼は満面の笑みを浮かべた。この現状に対して一ミリも疑問を持っていない、まるで子供のような純粋な笑顔だ。


……いや、おかしいだろ!

頭の中でそうツッコむのも虚しい気分になった。



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