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1話 少女見参

 ダンジョンゲート広場。

 学園の敷地にあるその広場には様々な異世界に繋がるゲートが全部で52箇所存在する。

 異世界との境界面は夜闇の色に染まっていて、その周囲を大理石のアーチが囲っているといった塩梅だ。

 まるで古代の遺跡群を彷彿とさせる景色に冒険者ならずとも探検の欲求をかきたてられる一般人も多い。

 これがヤマトであればゲートに鳥居が設置されていてまた異なった荘厳な趣がある。


 ミコトは遺跡風の広場を好奇の視線を集めながら進んでいた。


「見てよあの娘、すっごいきれい……」

「わ、ほんと。ヤマト美人よね。あの長い髪どうやって手入れしてるんだろう」

「あの娘もしかして掲示板で噂されてた美少女じゃないか?」

「前期の試験に一度だけ姿を見せたっていう?実物見たのは初めてだけどカワイイよな。東洋の女の子はあんな綺麗な娘ばかりなのか?」

「そんなわけないでしょう。もしそうなら僕はとっくにヤマトに移住してますよ。それはさておきあの装束はキモノという服ですね。基本からかなり離れているようですが、それがまた彼女の神秘的な魅力を引き立てています」


 最初は宙に浮く巨大兵器に視線を浴びていたのかと思ったが違う。

 確かにそれは度肝を抜いたには違いないが、興味を寄せているのは道理のわからぬ代物ではなく美しい少女の方だ。

(人は見た目が9割だとか10割だとか言うけど露骨すぎるだろう。気持ちはわからんでもないけど。見られるのは落ち着かないんだよ。あ、そこ勝手に撮るな)


 携帯端末、スマートフォンのカメラのレンズを向けられたので鋼鉄の腕を操作し、顔体を隠す。

 あからさまな落胆の気配が感じられてミコトはげんなりとしてため息を吐いた。

 幼き日に女の姿に変身する能力に覚醒してから十余年。

 ミコトは生まれた時の性として生きることを頑なに守ろうとしてきた。

 男として想いを寄せる人から黄色い視線を受けるのは吝かではないが、同性からも異性からものべつ幕なしにちやほやされたいかと言えばノーだ。

 特に男から恋愛対象として欲情の入り混じった目で見られると不快を通り越して怖気が走る。


(いっそお前が見てる俺の乳や尻は男のものだぞって言ってやりたいけど、女に化けるスキルがあるなんて説明したら絶対キモイ奴だと思われる。クソッ!というかそれを堂々と言えるコミュ力があるなら伊達に陰キャもボッチもやってない)


 見世物になるのは勘弁だ。さっさと終わらせよう。

 急ぎ足に目的のゲートへと足を踏み出す。

 闇の中をくぐると、そこには冬の遺跡群ではなく暖かい常春の草原が広がっていた。

 ダンジョンレベル15"月齢草原"。

 長閑な風景に気を弛ませようものならその刹那鋭い牙が喉笛を喰い破りにやってくるだろう。

 もっとも命と進級がかかっている場で油断ができる余裕のある者は皆無だ。


「そっちに行った!避けて!」

「クソッ!噛まれた!誰か回復を!」

「駄目だ!こっちも手いっぱいだ!我慢しろ!」


 三組のパーティーがやや離れた位置に共同戦線を張って戦闘の真っ最中だった。

 パーティー一組の定員は学則で5名までと定められている。4人以下でもいいが、基本的には定員まで揃える。

 したがってミコトを除く計15名がこのダンジョンにいる計算だ。

 ミコトは彼らとは逆の方角に向かおうとしたところで、ふと足を止めて振り返った。


「苦戦してる。数が多いな。リスポーンの大波にあたったか」


 頭数がいるなら順調かと思われたが、誰の目から見ても15人の表情には明らかに余裕がなかった。

 ダイアウルフの数の方が倍近いからか。

 違う、それだけではない。

 まず、学生側のチームワークが杜撰の一言につきる。

 急造のパーティーであるのだろう。動きがてんでバラバラだ。

 せっかく誰かがチャンスを作り出しても伝達がうまくいっておらず仕留めるタイミングをみすみす逃している有様である。

 遅れて気づいてから攻撃しようとした挙句に深入りし、孤立して手傷をもらう者までいる始末。

 個々の質があまり高くないというのも劣勢の要因の一つに挙げられるか。

 期限のギリギリになるまで試験に挑戦していなかったぐらいに日々の積み重ねを怠っていたのは確かなのだ。

 レベル不足の感は否めなかった。

 一部動きが良いのが混ざっているのは助っ人として加勢している学生だろう。

 彼らが中心となって陣形を辛うじて留めているが、状勢は千日手にすら届かない。徐々に押し込まれている。

 結束が崩壊するのは時間の問題だった。


 一方でモンスター側は統制がとれていて動きが手堅い。

 ダイアウルフは単体の性能においてはさほど脅威にはならないものの、獣でありながら戦況を読む嗅覚において卓越した鋭さをもつ。

 彼らは決して無理をしない。群れをなしてから戦いに挑む。

 巧みに草葉に身を隠し、攻め入る時は必ず二匹以上で正面と死角の両方から挟撃する。

 欲張らず後退と接近を繰り返し、じわじわと獲物の体力を削っていく。

 回避と攻撃のバランスの調和こそがダイアウルフの持ち味だ。

 戦術をもって狩る側に狩られる恐怖を与える存在。

 それが初心者殺しと呼ばれる所以である。


 人間のように知恵とチームワークが強みのモンスターを安定して狩れるか。

 不利な時引き際を見極められるか。

 学園はその二点を評価しようとしているというわけだ。

 ダイアウルフは脱初心者の試金石として実に相応しい役どころだった。


「後詰めの群れが回りこもうとしてるな。迂回して背後から叩く気か。ってこっちに来た」


 ミコトの背後に十数匹が駆け寄り、息を潜めて様子をうかがっている。

 作戦の障害となる鉄姫をいかにして排除すべきか算段をたてているのであろうか。


 どのパーティーからも戦力外だと追放され続けて一年間。

 私情としては苦戦中の学生らを助けたくはなかった。


「こいつらは倒しておくけど、後は見捨ててもいいか。死んでもダンジョンから異物として吐き出されて外に強制送還されるし、生き返られるしな」


 肉体の損耗率が49%以下ならば死んでしまっても現代の魔法技術で蘇生可能だ。

 基本的に老衰以外なら対処できる。

 蘇生代金はおよそ10万。

 一般的なホワイトカラー労働者の月給の三分の一に相当するが、命の値段としては破格に安い。

 決して払えなくもない額なのだから見捨ててもさほどの罪悪感は湧きはしまい。

 むしろボッチ的には留飲の下がる光景になるだろう。


「いや、やるか」


 しかし、ミコトは手を貸そうと考え直した。

 正義感からではない。恩を売ってやろうという打算でもない。

 もっと浅い動機だ。


「舐められてばかりで頭にきてたし」


 己の圧倒的な武力を見せつけ、羨望と嫉妬の感情を植え付けてやろう。

 無力感を味わわせ、自分を見下していた奴らに後悔させてくれよう。

 最も下等。最も低劣な理由。

 要するにミコトはイキり散らしたい(・・・・・・・・)のだ。

 無道無法と宣言したのは正しく然り。

 陰キャが常から脳内妄想で描いている恥知らずの邪念がミコトを人助けへと衝き動かしていた。


 左腕甲鉄の肩部にマウントされている野太刀を抜く。

 刃先を突きつけられたダイアウルフの群れの間に動揺が広がった。

 長大肉厚超重量の刃が放つ鈍い光に恐れをなしたか。

 鉄姫は判断の猶予を与えない。

 茂みに伏せる彼らの陣に躊躇なく飛び込み、薙ぎ払う。


「ギャッ!?」

「グワンッ!?」


 必滅の鉄塊がダイアウルフの皮肉をいとも容易く引き裂き、骨を叩き潰す。

 4、5匹がまとめて一度に裁断され、返す刀で更に数匹が後を追った。

 瞬く間に半分以下へと数を減らした群れ。

 生き残ったダイアウルフ達は戦ってはならない相手だと即座に判断し撤退を決めるが、手遅れだった。

 散開する前にコマ落としのような異常極まる速度で鉄姫に迫られる。

 彼女は逃げようとする背中を容赦なく襲って斬り捨てた。


 戦略?仲間との絆?

 そんなものは過剰すぎる武力の前では塵芥も同然であった。

 何者よりも速くて重い超越者と敵対してしまったなら、仲間をどれだけ揃えようと抗し得る術はない。

 諦めて蹂躙を受け入れるしかないのだ。


 群れを全滅させ、草原を血に染めた鉄姫は惨劇に酔い、恍惚に頬をほんのりと朱に染めながら空へと舞い上がる。


「砲門開け」

『諒解。天雷アメノイカズチ装填開始。

 ……大雷(オオイカズチ)火雷(ホノイカズチ)黒雷(クロイカズチ)折雷(サクイカズチ)若雷(ワカイカズチ)土雷(ツチイカズチ)鳴雷(ナルイカズチ)伏雷(フシイカズチ)全砲装填完了』


 野太刀を左腕肩部に戻すと左右の手甲の隙間からそれぞれ4門。計8門。二又の砲身が迫り出す。


磁力制御マグネトロンコントロール――」


 呪文が囁かれるのと同時に腹の底にまで重く響く雷鳴が轟いた。

 砲身が紫電を纏う。


電磁奉鋼(レールガン)鉄神楽(テツカグラ)


 耳をつんざく落雷の轟音が辺りに響き渡った。

 地上にいる人魔の双方が互いに戦闘を中断するほどに凄まじい。

 派手に土が吹き飛んで学生たちは皆武器を握ったまま土砂から身を守らなくてはならなかった。

 静寂が訪れると同時に鼻をつくオゾン臭が辺りに漂う。

 土の飛沫を払いのけて一同が恐る恐る周りを見渡すと深くクレーター状に抉れた大地と血肉の塊と思しきぐちゃぐちゃの何かが大量に草原を埋め尽くしているのが視界に映る。


「今のはなんだ……?あれ……?アレは何なんだよ……」

「さあ……?」


 目を疑う光景に呆然として呟く。

 徐々に思考が明瞭さを取り戻すにつれこの大破壊をもたらしたのが何なのか、敵が目の前にいるにも関わらずきょろきょろと正体を探し始める。

 幸い優れた聴覚をもつダイアウルフにとって大音量は精神にかなりのダメージを与えたらしい。

 学生たちの間近という安全地帯(・・・・)にいたダイアウルフは怯えるように身を縮こまらせていて戦闘を再開しようとする様子はなかった。

 しばらくして学生の一人がはっとした表情になって空を指差す。


「なあ、おい上見ろよ。空に女の子がいる」

「ホントだわ。すごい恰好ね。あの子が助けに来てくれたのかしら……?」

「ちょっと待て。どんな魔法で空に浮いてるんだ?それにあの鎧の腕は何だ?一体何をやったんだ?」

「いっぺんに言わないで。そんなの知らないわよ」

「何が起きているのか分からないが一つだけ判明していることがある。彼女は半年前一度だけ姿を見せたんだ。凄まじい強さで試験の撃破対象のモンスターを狩っていった」

「そうだ、知ってる。彼女は鋼鉄姫だ」

「鋼の武者鋼鉄姫」

「私達助かったの……?」


 確かなのはダイアウルフの数が大幅に減少し、数の利は学生側に傾いたという事実だ。


「驚かせてすみませんでした。弾幕余計でしたか?」


 やにわに上空を揺蕩う鋼鉄姫から声がかけられた。

 彼女が話しかけてくるとは誰も想定しておらず、返事に窮した彼らは言葉に代わって一斉に示し合わせたかのように首を勢いよく横に振った。


「それはよかった。もう少しでフロアボスが今の3倍ぐらいの手下を率いて駆けつけてきます。私が片付けておきましょうか?」


 立て続けの問いにリーダーと思しき女子学生が冷静さを取り戻し返答を返す。


「どうぞ、今の戦力ではフロアボスは無理なのでお任せします。それと最初に言っておかなくてはならないことを忘れていました。どなたか知りませんが助勢感謝します。後日お礼に伺わせてください」


 土をはねられたというのに礼儀正しい、いらえだった。


「お気になさらず。勝手にやったことですから。むしろ獲物を横取りしてしまったみたいで申し訳なく思っています」


 ミコトが困ったような顔で言うと、応対してくれた女子学生は血相を変えて叫ぶ。


「そんなことありません!貴女が来てくれなければ私達は死んでいました!この恩はいずれ必ず返します!」

「別にいりませんよ。私のことより目の前の敵に集中してください。そろそろ復帰しますよ」


 指摘してやると学生達は立ち直りかけているダイアウルフの様子に気づいて慌てて武器を構える。


「後は任せても大丈夫だろう。さっさと倒して退散するかな」

 小声で呟き、もう一度話しかけた。


「これから3回ほど砲撃を行いますので少しの間お騒がせします」

「どうぞお構い無く!」

『敵、グレートダイアウルフ3時方角(うしとら)より接近。距離300』


 エクスデバイスが告げた方角を見れば敵の援軍が楔形の陣形をとって突撃をしかけてきている。

 先頭を走っている一際巨大な個体がボスで間違いないだろう。


 一瞬で劣勢に立たされたダイアウルフ達は戦意を挫かれていたが、ボスの匂いを嗅ぎとるや歓喜に沸いた。

 萎えかけていた闘志に再び火が灯る。

 あの空の悪魔は恐ろしい。牙も爪も届かない。

 なのにあの腕が光ったら誰もかれもが死んでしまう。

 反則もいいところだ。どうしてそれだけで仲間が死ぬのか理解ができない。

 だが、我らが偉大なボスなら必ず勝つ。

 これまで数多の侵入者を返り討ちにして退けてきたのだから。

 今回もそうなるのだと固く信じて疑わなかった。

 ボスには無条件に命を委ねられる厚い信頼があった。


磁力制御マグネトロンコントロール――電磁奉鋼(レールガン)鉄神楽(テツカグラ)




 希望は潰えた。


 グレートダイアウルフの頭部は瞬きの間に弾けてなくなっていた。

 脳を失った生物の当然の帰結として体幹のバランスを崩し、どうっと倒れる。

 ボスの両隣に侍る側近。群れのナンバー2とナンバー3に至っては当たりどころが悪かったのか原形すら留めていなかった。

 悪夢の雷鳴は一度では終わらない。

 二度、三度腹の中を鈍器で打たれるような音が反響すると頼もしいはずの援軍は合流すら叶わず全滅していた。


「今の内だ!畳みかけろ!」

「おおっ!」


 残ったダイアウルフはもはや烏合の衆だった。

 精神的にも物理的にも劣勢となった彼らは抵抗もむなしく狩られていく。


「虎鉄、ドロップアイテムの広域回収を」

『諒解。装者(ユーザー)より生体エネルギーを拝領。回収権限のあるアイテムを格納します』


 死亡して亡骸となっていたはずのダイアウルフ。

 彼らはいつの間にか血肉と骨の塊ではなく素材(・・)となっていた。

 それらは牙であったり、毛皮であったり、あるいは生体部位ですらない輝石であったりした。

 ダンジョンのモンスターは死ぬと宝と化す。

 外界ではあり得ないことだ。

 肉はタンパク質。骨はカルシウム。それ以上でもそれ以下でもない。

 腐敗し、風化してゆくのが自然の摂理というもの。

 しかし、ダンジョンの中では別の法則が働いているようである。


 異界研究は長年続けられてきたにも関わらず未だに確からしいことは何も掴めていない。

 死体のアイテム化現象は天才と名高い幾人もの研究者の頭を散々悩ませてきた。

 それでもやはり現場で戦う冒険者にとっては理屈などどうでもいいことだ。

 モンスターは飯の種になる。

 死体から有用な素材を選び剥ぎ取るといった面倒かつ危険な手作業がいらない。

 エクスデバイスには“アイテムボックス”なるアプリがあって、ユーザーの生体エネルギーを消費することで自動でアイテムを回収してくれる。送り先は各デバイスが固有に認識する極小の異界に格納される。

 それらだけ覚えていればいい。


「虎徹。撃破数は何頭になる?」

『通常個体のダイアウルフが97。グレートダイアウルフが1』


「ボスだけでも特例でノルマ達成になるのに狩りすぎたな。帰ろう」


 ミコトは手助けした学生達には黙ってゲートを通過して外界へと帰還した。



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