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プロローグ

 

 単位が足りない。


 冒険者学園に入学したその年の年末。

 学生寮の三畳間で冴えない風貌の少年がため息をついていた。

 彼の名はミコト・ヒラガ。16歳。

 黒い髪に栗色の瞳をしていて、体格は中肉中背……背丈は年齢にしてはやや低い部類に入るか。

 極東の国ヤマトから遠い中央大陸へ一旗揚げにはるばる留学してきた経歴をもつ。


 世界中に無数にあるダンジョンと呼ばれる異界を探索し、モンスターを狩って力をつけ、宝を手に入れて生計を立てる。

 冒険者学園はそれらを目的とする人材を育成するために設立された国立の教育機関だ。

 学園の理念は至ってシンプル。

 "命を懸ける勇敢な若者に栄光を"――だ。

 ミコトはそのその志に惹かれ入学したはいいものの、才能無き者に対して現実は手厳しかったようである。


「ああ……やばいな、このままだと確実に落第する。どうする……。とにかく学内ネットワークに繋ぐか」


 ミコトは左腕に装着している機械装具"エクスデバイス"を見やった。

 それはサーフボードを小型化した盾のような形状で表面は灰が降った後のような鉄の色をしている。

 ――が、エクスデバイスはサーフボードでも盾でもない。


 コンピューターだ。

 それもダンジョンからごく稀に発見される由来不明の文明遺産である。

 化石燃料で走る乗り物を開発し、宇宙ロケットを作り、世界の隅々までネットワークを繋ぐ現代の科学力をもってしても構造を全く解析できていない。

 そのため非常に高価ではあるが、中流家庭でも手の出る価格で模造品が販売されている。

 この模造品は、本物――"オリジナルデバイス"を分解して似ていると思われる素材を用いて組み上げただけの紛い物に過ぎない。

 "コピーデバイス"といい、オリジナルデバイスには性能が遥かに劣るものの基本的な機能は備えている。

 さっぱり仕組みの分からないものをわけの分からぬまま使っているという、とてつもなくいい加減な状況なので各国が威信をかけ官民一体となって日夜研究がなされているが、めぼしい成果は上がっていなかった。


 だが、使う側にとっては便利さを享受できさえすればどのような理屈で動いているかは至極どうでもいいことだ。

 生活に手放せない携帯端末の部品である半導体がどこの工場でいかなる技術でどのような原料を用いて生産されているかなど大半の人は興味がなければ考えもしないのと同じように。


漆玖式(ナナジュウキュウシキ)数打(カズウチ)長曽祢虎徹(ナガソネコテツ)起動」


 ミコトがデバイスに向かって話しかけると、デバイスの側から機械的な男性の声で応答があった。


装者(ユーザー)の音声を認識。起動します』

「手入力モードに変更してくれ」

『諒解』


 短い応答の後、デバイスの色が灰鉄から半透明のブルーへと移り変わる。

 少し待つと表面にキーボードとディスプレイが浮かび上がった。

 ミコトは慣れた手つきで画面を操作して学内ネットワークに接続するアプリケーションを実行させる。


 ・新着情報

【年末年始の休暇について】

 New!"例年通り磨羯の月末日からの2週間とします"

【学生課より後期試験について】

 New!"撃破数を達成したにもかかわらず申告忘れが毎年数件発生しています。達成後は必ず早めの申告を"

【学生食堂の日替わりメニュー更新】

 New!"ヤマトのお袋の味肉じゃがが期間限定メニューに登場!休み明けより販売開始!"

【掲示板】

 New!"ダイアウルフ狩り残り8匹。協力者募集してます"

 New!"【悲報】学生食堂のライス・パンおかわりが来年から有料化!?断固阻止せよ。署名求む"

 New!"ヒヒイロカネ買取してます。売ってくださる方は部屋番号×××まで直接お願いします"

 New!"前期末に現れた謎の鋼鉄美少女の正体について考察しようぜ"


 仲間を募ったり、アイテムの取引であったり、雑談を交わす掲示板から学生食堂の日替わりメニューの案内まで様々な項目(トピック)が視界に並ぶ。

 ミコトはそれらの内進級試験に関する情報を表示させた。


「ダイアウルフか。どう考えても俺一人じゃ無理だよなあ」


 画面には初心者キラーと名高いモンスターを年内に都合50匹撃破できなければ進級できない旨が記されていた。

 現時点におけるミコトの撃破数は0である。

 このまま試験期間を過ぎれば進級要件を満たさぬこととなり、留年が確定する。

 その場合それなりに裕福な家庭でなければ学園に留まるのは難しいであろう。

 というのは冒険者学園の授業料、学生寮の家賃、その他諸々の雑費は国からの多額の援助によってかなり減額されているからだ。

 留年した場合は次期から免除されていた費用を全て支払わなくてはならなくなる。

 すると年費約50万という破格の安さが、150万もの大金に跳ね上がる。

 差分100万は国民の血税から賄われているのだ。

 親に扶養されている十代の少年が、留年したから150万よこせとねだったなら強烈な拳骨の一発でも脳天にもらってその場で勘当されるがオチであろう。

 ミコトには勘当覚悟で追加の仕送りを要求するクソ度胸はない。

 それ以前に彼には親と交わした取り決めがあった。


「落第したら実家に帰るって約束した。それだけは嫌だ。絶対に嫌だ。空港でうちの親が嬉々として出迎えてくるのが目に浮かぶ。何としてでもパスしなければ」


 試験にはもちろん筆記もあるが、そちらの方はクリアしていた。

 ミコトにとってネックなのは専ら実技というわけだ。

 ペンは剣よりも強しという格言があるが、ペンでモンスターは倒せないのである。

 シビアな現実を噛みしめてミコトは【学生課より後期試験について】のタブを閉じた。


「気は進まないけどやるしかないか」


 ミコト・ヒラガはボッチである。

 ネット上とはいえ他人とコミュニケーションをとるのはかなり勇気がいったが、落第への恐怖がキヨミズの舞台から飛び降りる覚悟を決めさせた。

【掲示板】を開いて"ダイアウルフ狩り残り8匹。協力者募集してます"のスレッドに書き込んでみる。


 31 協力募集板の名無しさん[ID:9kv8]

 おはようございます。ダイアウルフ狩りの枠は空いていますか?


 1~2時間は待つだろうと思っていたらすぐに返信はあった。


 32 協力募集板の名無しさん[ID:xiyi]

 おはようございますーあと2名募集してますよ


 33 協力募集板の名無しさん[ID:9kv8]

 参加したいんですがいいですか?


 34 協力募集板の名無しさん[ID:xiyi]

 了解です

 ステータスとスキルを教えてください


 来たか。

 ここが難関である。

 ミコトはエクスデバイスの機能の真骨頂である"ステータス"のアプリケーションを起動させた。


 ===============================


 レベル:10 (レベル:2)

 クラス:バトルメイジ (????)

 保有生体エネルギー:霊体(350/500) 霊体(800,000/1,200,000) デバイス保管カセット×1(0/1000)

 保有魔力:(200/200) (????/????)

 筋力:100 (????)

 体力:120 (????)

 耐性:90 (????)

 理力:110 (????)

 敏捷:30 (????)


 スキル:ウォークライLV1・電磁気力制御魔法Lv1・陽陰の身蔭Lv―・日の御蔭Lv2


 霊体拡張に必要な生体エネルギー値:600


 ===============================


 初めて見る人には"生体エネルギー"という単語に疑問を覚えるであろう。

 あらゆる生物には肉体のほかに霊体というものが存在し、肉体と霊体それらの間を生命活動の源となるエネルギーが循環している。

 これが生体エネルギーだ。

 通常生きる分に必要な生体エネルギーは食事や睡眠、運動といった当たり前の生活サイクルを回すことによって生産と消費がなされる。

 余剰分が生産されることはないが、他の生物を殺めた場合には殺した者へと生体エネルギーが流入し、霊体へと蓄えられる。

 生体エネルギーが大量に貯まれば霊体の規格をデバイスのアプリによって拡張できる。

 この霊体拡張現象を"レベルアップ"と呼ぶ。

 霊体が拡張されるとそれに伴い肉体が霊体との整合性をとるため強化される。

 エクスデバイスが登場する以前の時代、500年前まではレベルアップの現象は偶発的にしか起こり得なかった。

 生体エネルギーが霊格の限界まで貯まっていても強くなれるとは限らなかったのだ。

 せいぜいが人一倍健康な人というだけで終わる。

 その点を鑑みるとデバイスによって人と人との間にある才能の格差は大分縮まったと言っていいだろう。

 しかしそれでも優れた才能をもつ者は都会の一等地に豪邸を構えられるほどの収入を手にするようになるし、才能に見放された者は普通にアルバイトをした方がマシな極貧生活を送る羽目になる。

 ではミコトはいかがと言えば、凡才どころか凡人より劣った。


 35  協力募集板の名無しさん[ID:xiyi]

 すみませんけど……その……

 レベル10な上にそのステータスではちょっと……


「厳正なる審査の結果採用を見送らせていただくことになりました。今後のご活躍お祈りいたしますってことですね。わかります」


 躊躇いがちに断ろうとする文面が返ってきた。

 相手に送ったステータスとスキルは一部を隠している。

 数値の改竄やありもしないスキルを加えるのはご法度だし、そもそも不可能だが、プライバシー上の理由で見られたくない部分は隠すことだけはできる。

 もっとも隠していなかったとて無用な困惑を招くだけだ。

 いずれにせよ不採用であっただろう。


「一年目の年末の時点でほとんどの人はレベル20台だもんな。ステもレベル10なら最も高い値で150以上はあるのが常識だし。敏捷30はレベル1並みで低すぎる」


 36 協力募集板の名無しさん[ID:9kv8]

 すみません図々しかったですよね

 失礼しました


 謝罪の意思を告げ、合いの手も確認しないまま掲示板のタブを閉じた。

 フォローされても余計にへこむだけ。

 傷口を広げぬ内に逃げるのが正しいやり方だと悟っていた。

 前期試験の時はもっとひどかったのだ。

 はっきりと寄生は来るなと書き込まれたし、クソステは学校辞めろとまで複数人からよってたかって罵倒されもした。

 集団となった人間はとても頼もしい反面、残酷さも増す。

 理解してはいるのだ。彼らが特別邪悪なわけでも醜悪なわけでもない。

 人とは誰もが善と悪、両面を併せ持って当たり前。

 弱者には弱者に相応しい対応をしただけにすぎないのだろう。


「いや、しかし心に傷を負ってでも実家送りは避けたい。ダメ元で他もあたってみるか」


 23 協力募集板の名無しさん[ID:ag77]

 せめて5つはレベル上げてこい寄生カス


 24 協力募集板の名無しさん[ID:rinb]

 壁役にもならないクソステだな

 スキルも2つきりかよ

 磁力操作の魔法が使えるなら整体師にでもなったら?


 25 協力募集板の名無しさん[ID:zs2c]

 戦う整体師は草


 26 協力募集板の名無しさん[ID:7zhu]

 必死なのはわかるけどかえって邪魔だからさ

 他あたってくんない?


 煽られた挙句けんもほろろにあしらわれた。


「うぐ、寄生もクソステも事実だから返す言葉もないな。実家に帰るくらいならいっそカイロプラティックな道に進むか……?アホか、くだらないレスを真に受けてどうする。もう最終手段に頼るしか……。本当に気は進まんけどやるしかないか……。背に腹は代えられない」


 ミコトは部屋を出ることにした。

 寸鉄すら帯びていない私服のままで。

 よれたトレーナーにジーパンという野暮ったい出で立ちだ。

 学園内での服装に指定はないが、安価ながらとても丈夫で動きやすい制服がある。

 こちらはジャケットにスラックスでデザインが洒落ていて、生地が黒いので汚れも目立たない。

 上に着る防具を阻害しないつくりになっていて駆け出しから上級の冒険者まで幅広く愛用されている。

 ミコトも常ならば制服に着替えているが、今回はその必要を認めなかった。

 これまた野暮な厚手のジャンパーを羽織って、マフラーを巻いて部屋を出る。


 寮を出て歩くこと1分。

 大学のキャンパスそっくりの景色が広がっていた。

 現代の冒険者が集まるところと言えばこういうものだ。

 学園外にあるダンジョンゲートの密集地だと国が管理していて、そこには庁舎と見間違えても何らおかしくはないビルが建っていたりする。

 かつて中世の時代はガラの悪いごろつきどものたむろする酒場が冒険の仲介所であったそうだが、現代人にとってそれは映画のスクリーン越しの世界だった。


「人が少ない。みんなもう休暇なんだな」


 学舎に入ると学生の姿はまばらだった。

 目を凝らすと切羽詰まった様子の者か、そういった者達とは一線を画す強者の気配を放つ学生に二分されているのが見て取れる。

 前者はミコトと同じく試験のノルマに追われているのだろう。

 後者は試験では物足りず自発的に自らを鍛え高みを目指している熱心な学生達だ。

 底辺と頂点。そしてここにはいない休暇を謳歌する中間層。

 社会の縮図が目の前にあった。

 今のミコトは底辺からもドロップアウトしかねない立場にある。


 落第だけは勘弁だと表情を引き締めて廊下を進み、階段を上ってゆく。

 人気の少ないところを目指して屋上に行き着くと、給水塔の影に身を潜めた。

 そして辺りを神経質な程に見回してから静かに詠い始める。


「罪事は天つ罪 国つ罪 許許太久の罪出でむ」


 詠唱が囁かれると、肌を突き刺す冬の冷たい空気がしゃなりと厳かなものへと変化する。


「御幸とぞ 御幸とぞ 願えば神の 御幸成る」



 古式ゆかしい誓句のようなものが唱えられて数秒ほどが経過したのち、給水塔の角から冴えない風貌の少年ではない別の誰かが楚々とした足取りで姿を現した。

 男ですらない。

 背丈は同じぐらいだがどう見ても女だ。少女だ。16、7であろう年齢の儚げな美貌の少女だ。

 否、女と、否否、人間と分類することすら多大なる違和感を生じる。

 "女神"――と表現するのが正しく適切だ。

 燦然と輝く神気に満ち溢れて美しい少女の姿をした神がそこにいる。

 その娘は巫女服に似た意匠の着物を身に纏っている。

 しかし、巫女服にしては苛烈なまでに型破りな装飾が施され異質な形状をしていた。

 肘から先、膝から下の肌が剥き出しになっていて、そもそも上下を紅白に分かたねばならないという巫女服の巫女服たる定義すら守っていない。

 衣が幾重にも重ねられており十二単のようでもある。

 華麗にして豪奢なる朱い布地を素地とし、ヤマトで至高の貴き色とされる紫で染められた衣が重ねられ、金糸で桜の花びらの紋様が施されている。

 神職に就く者がこれを着ろと言われたのなら神罰を恐れぬ冒涜的な装束だと慄き拒むに違いない。

 なればまことに貴きお方がお召しになればよいと、虚構を唱えて織られたとしか思われないそれは現実を凌駕して在る少女の彩りとなって真価を示していた。

 少女が一歩踏み出すと、踵に届くほどに長い黒髪が清流のようにさらりと流れ、重力ですらひれ伏さずにはいられないのか、風も吹かぬというのに物理法則を無視してふわりと浮き上がる。


 若き女神は瑠璃色の瞳を妖しく細め、眩さすら覚える白い肌を上気させ、淡く桜色に色づいた唇を恍惚に震わせた。


「御幸とぞ 御幸とぞ」


 腕を広げて舞うように言祝(ことほ)ぐ。

 万象を魅惑する透き通った歌声で。耳を傾ける者はなくとも詠う。


 すると詩に呼応してなのか、左腕のエクスデバイスが明滅を始めた。


『装者より下命拝領。絡繰具足"羽々斬(ハバキリ)"を召喚』


 少女の周囲にある空間が歪んだ。

 光線という光線が異常な屈折を起こしているそこから無数の銀塊が出現する。

 形と大きさがそれぞれ異なる塊は何かの部品のようであった。

 数多の片鱗は少女の舞に合わせて踊り、組み合わさって合一を果たす。


 成人男性の背丈を優に超える二本の鉄腕。

 輪を描いて回る炎を模した鉄。日輪の翼甲が形成される。

 鉄の腕は少女の美貌に対極して無骨の極み。

 由来を象徴する象嵌がなければ、本質以上に飾り立てようとする戦化粧も施されていない。

 戦闘の用途だけのために鍛造された鋼鉄。

 戦国甲冑――当世具足を模した造形である。左腕の肩部には長大なる蛤刃(はまぐりば)の野太刀がマウントされていた。

 人の腕力では到底抱えられないであろう重量を推測させる鉄腕はいかなる呪い(まじない)によるものか、羽ばたかぬ火炎の鉄翼が加速力と揚力を生むわけでもあるまいに万有引力に逆らって浮遊していた。


「無道無法の殺戮を開始する」


 鋼鉄姫と呼ばれた少年の物語が始まる。



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