ジャージデビューから3日目
髪型を変えてジャージを着用するようになってから今日で3日目。前世を思い出してからを入れてもまだ丸3日経っていないが、まるでそうとは思えない。
なんだか濃い日々だった。
色々ふっきれた私は割と思うがままにやっているので、今までより全然ストレスは感じていないのだが、違った意味で酷い目には合っていると思う。
……昨日の乗馬は最悪だった。身体はなんとか無事だったものの、危うくトラウマを植えつけられそうになった。
馬が嫌いになったらどうしてくれる!
皆が馬に乗る中私だけロバとか絶対嫌だ!!
「ねーミッくん、お願いがあるんですけどー」
私のさり気ない愛称呼びに、フード越しでもわかるレベルでミクラーシュ様は嫌そうな空気を醸し出した。
「……なに、キモい。ミっくんとかやめて、キモい」
コイツ『キモい』って2回も言いやがった。
なので敢えてこれからはミっくんと呼ぶことにしたいと思う。
「あー、魔法学の息抜きに乗馬を教えてくれませんか?来週までにちょっと乗れるようになっとかないと身の危険を感じるので」
「……別に構わないけど。正直俺も気分転換したい……」
大きな溜息の後、『ナナセの出来が悪すぎて』と最後にミッくんは付け加えたが聞こえなかったことにした。
乗馬を教えてくれながらミッくんは言った。
「……運動神経はいいよね」
珍しく褒めてくれたと思ったら、彼はまたも何かを考えているようだ。
「ミっくんも乗馬の教え方はうまいよね」
「……だからミっくんて……ていうか馴れ馴れしいし」
「あ、すいません。ついうっかり」
今までマトモに話す人が誰もいなかった私……というか唐突にロッドアーニ男爵家に引き取られることが決まり、下町を離れてから私は誰ともマトモ接してなどいなかった。
だるそうにだが毎日長時間一緒にいるミっくんを、うっかり友人扱いしてしまった程に。
(そんなだったから前世を思い出したのかなー)
『目の前の風景が変わったのは僕らが動いたからだ』
気が付くと私は口ずさんでいた。
「……なにそれ……」
ミッくんは私に尋ねたが、ははっと笑って濁した。
この歌詞には『向いている方向が今はわからなくても』という続きがある。
今の私にピッタリだ。
良くも悪くも私は我の通し方をジャージと共に得た。
……ジャージってあたりが事のシリアスさを緩和していて堪らない。ちょっと浸ってしまった自分が笑えるくらいだ。
その日の放課後、再び私は複数の女子生徒から絡まれることとなった。
「貴女ねぇ……そんな変な格好をして恥ずかしいと思いませんの?あぁ、それとも下町ではそれが普通なのかしら……全く下賤な輩というのは礼節というものを知らなくて困りますわ」
中心の派手な女子生徒が縦ロールをふぁさっと手で流しながら、『ねぇ皆様?』と他の女子に同意を求めた。
周囲の女子はクスクスと笑い、私を蔑んだ目で見ている。
しかしジャージを堂々と着こなしていることでもわかると思うが、私の装備はジャージだがメンタルは鋼である。
なかなか直にツッコんでくれる人がいなかった私は少々物足りなく感じていた。
なのでこれはむしろ新しい刺激であるといえる。
『いやー、ジャージは下町でも着てる人いませんよ?』と返してみようかとも思ったが、とりあえず様子を見てみることにした。縦ロールに続いて横のツインテが喋りだす。ちなみにツインテも縦ロールだ。
中央の縦ロールへの心の呼び名を縦ロールじゃなくてハーフアップにすれば良かったかな〜などと少し後悔したが、後ろに控える3人中、二人がハーフアップなのでそれも問題がある。
「ミクラーシュ様に同情致しますわ!こんなけったいなご令嬢を毎日連れて歩かねばならないなんて……」
私がけったいなご令嬢であることに異論はないが、よく考えるとミっくんも私ほどではないにしろ、けったいな服装だ。
他にローブを着用し、あまつさえフードをずっと被っている奴などいない。
もしかしたらいるのかもしれないが、少なくとも私は見たことがない。
(でもファンはいるんだよなー……なんだろう、やっぱり顔が多少隠れたところで美形オーラは隠せないんだろうか。……まぁ奴ぁチートらしいしな)
「黙ってないで何か仰ったら?」
私の反応がイマイチなのが気に食わないのだろう、中央の縦ロールがまたも私に喰ってかかった。
しかし良く巻けている。ロールパンとかチョココロネが食べたくなる。
……お腹がすいてきたので補講前に何か食べたい。
そんな訳でそろそろこの茶番を終わらせようと思う。
お望み通り喋ってやりましょうとも。
「私が普通に制服を着用の上、令嬢らしい髪型と化粧をし、女性らしい佇まいでいたら御満足いただける……そういうことでよろしいですか?貴重なアドバイスありがとうございます」
勿論私はちゃんとする気などさらさらなく、さっさと終わらせて逃げようと思っただけだが、ロールパ……いや縦ロールは尚も続ける。案外しつこい。
「そういうこと言っているんじゃありませんわ!そもそも貴女がこの学園にいることで迷惑をしている方がミクラーシュ様をはじめ沢山居る、と言っているのです!!」
……確かにそれは一理あるが、勝手に辞める権利など私にはないのだ。
腹が減ってきたため私も少しイラっとした。
「ああ、では貴女方は私が学校を辞めれるよう、然るべきお方々に(誰だかは知らんが)掛け合ってくださるのですね?それは大変に有難いです。なにぶん私は自分の意思でこちらに通っている訳ではございませんので」
「お黙りなさい!!」
「黙るなと言ったり黙れと言ったりお忙しいですね?……あぁ、上流階級ではそれがマナーなのですか?下賎な輩である私はそんなことサッパリ知りませんでした」
言うだけ言ってやったので隙を見て早々に撒こうと思う。
こちとらジャージに上履きな上、脚力には自信がある。クヌート様を撒くのに比べたら令嬢共など朝飯前だ。
(しかしムキになって喧嘩を買った感じになってしまった……フランソワ様は鮮やかに窘めてたんだけどな〜。立場が違うのはアレだけど、あの人なら私の立場でももっとスマートに事を収められたんじゃないかなぁ……)
もしかしたらフランソワ様がまた止めに入ったり……なんて期待は少しあったのだが、今回はいらっしゃらないようだ。
……まぁ今回はフランソワ様の名前も出された訳ではないしな。
そんな事を考えている間もご令嬢方は何やら言っていたようだが、全然聞いていなかった。
だが逃げる気なのであんまり関係ない。
逃げるルートを脳内で考えていると横から声を掛けられた。
「こんなところにいたんですね、ナナセ」
声の主は今日の補講の担当をしてくれている、アンディ・ウォレス様だった。