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ジャージの男爵令嬢~残念なことにヒロイン転生したようだ ~  作者: 砂臥 環
第一章 ジャージ令嬢と6人の攻略対象
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攻略対象その3.クヌート・ヘルグレーン(第二王子付き騎士)★

鉛筆描きですがようやくクヌートの画像UPです。

4/13色塗りました。

「ハァ…ハァ…ハァ……」


 私は長いドレスの裾をまくりあげ、パンプスを手に持って必死で逃げている。

 しかし行く手を読まれていたのか、長い脚が横からバンっと壁を打ち、私の進路を塞いだ。


「みーつけた☆」


 まるでカブトムシかクワガタでも見つけた少年のように微笑んだ彼は、その大きい身体と壁で私を囲み、じわりと迫る。

 手にしていたパンプスを投げるというささやかな抵抗も虚しく、私の両手は彼の左手で易易と拘束され、頭上に持ち上げられた。


「さぁ…お仕置きの時間だよ……」


「や……やめてくださ……」


 力なく懇願するも、彼は空いている右手でゴソゴソと『お仕置き』の準備を始める。私はギュッと目を瞑った。


「そのまま目…瞑っててよ」


 彼の言葉と同時に小さく水音。

 私の閉じた瞼の上に柔らかくぬるりとしたものが触れた。




「————ハイ、お仕置きタイム終了〜」


 私はガックリと肩を落として目を開けた。


「目……描きましたね?瞼の上に」


「ナナセが目なんか瞑るからだよぉ。描いてくれって言ってるようなもんじゃん」


 彼は楽しそうに笑いながら『お仕置き』に使用した筆を紙で包み、インクに蓋をした。


 そう、これは彼、騎士様ことクヌート・ヘルグレーン様の考えた、暴漢に襲われるという有事を想定したゲームである。

 私は捕まった結果、瞼の上に目を描かれるという間抜けな姿になっている。

 4回のうち3回行われたこのゲームで、私は散々彼に酷い目(主に体力的な面と落書き)に合わされている。


 彼との初対面は自己紹介と口頭での諸々の説明だけだった。


「やぁ、僕はクヌート・ヘルグレーン!」


 そう言いながらバーンと扉を勢いよく開けて入ってきたクヌート様は私の自己紹介を待たず、私の手をがっしり握ると腕をブンブンふって満面の笑みを見せた。


「君がナナセ・ロッドアーニ嬢だね!これからよろしく!!」


 彼を『明るい脳筋』と評した私だが、素晴らしい描写力だと褒めていただきたいほどのまごう事なき明るい脳筋だ。


 自己紹介を終えた後、これから私に教えてくれる予定のあれやこれやをバーッと説明すると、彼は私を上から下までジロジロと無遠慮に眺め(ただしこれに性的な意味合いは全く感じられなかった)爽やかな笑顔で「君は小柄だね!」と見たまんまの実にシンプルな感想を述べた。


 その後彼は持論を私に説いた。


「僕は座学を人に教えるのは得意じゃないんだ。だから全て実技だからそのつもりでね?そもそも馬術はともかく、それ以外の授業でやるような事はあんまし役にたつとは思えないんだ……せっかくだから僕は君に役に立つ実技を教えてあげたいと思ってる!」


 ほほー……役に立つ実技かぁ。武術だよね?それは心強い。


 現世の小説にも出てくるような格闘系ヒロインになった自分を想像し、私は俄かに期待したがそれはあっさり裏切られた。



 そんな2回目。


「……クヌート様、これは?」


 私は制服の上着を脱ぎ、ちょっとしたコスプレとも言える格好をさせられた。


 観光地でよくある写真館のドレス、と言ったらわかってもらえるだろうか。

 服の上からでも着れるフリーサイズの、後ろだけ空いている仕様のドレス。空いている部分にリボンが靴紐のように通してありそれで止めるのだ。

 それを着用し、靴もドレスに合わせたヒールの高いパンプスに履き替えさせられた。


「鬼ごっこをします。鬼は僕。君は逃げる役」


「……はぁ」


「僕の装備はコレ。……ジャーン♪」


 そう言って取り出したのが、筆とインクである。


「僕がゆっくり100数えている間に君はひたすら逃げてもらう。もし捕まっても本気で力技を繰り出してくれて構わないから兎に角ひたすら逃げて。流石に刃物はどうかと思うけど、周辺のものを武器にしても一向に構わないよ?あ、でも高い壺とかはやめて欲しいかなぁ……」


 そこまで説明すると『装備』の筆とインクを再び私に見せ、続ける。


「僕が君を捕まえても、コレで君の顔に落書きを終える前に逃げれば無効。落書きが終わってしまったら、君の貞操は1回奪われたっていうカウントだから。10貞操奪われるか、捕まっても反撃して戦意を喪失させればその時点で即終了。それ以外の制限時間は1時間だ」


 クヌート様は笑顔のまま一通りの説明を終えたが、一瞬真面目な表情をして目をギラリと光らせた。


「ちなみに……早く10貞操奪われて終わらせよう、とかは考えない方がいいよ?」


 どうやら騎士らしく一本気な彼は不正が嫌いらしい。

 愛嬌たっぷりの笑顔に騙されかけていたが、コイツは騎士様なのだ。威圧されるとフツーに怖い。


 しかし1貞操ってどんな単位だ……生々しいな!!


 案の定私は1時間死ぬ程ドレスとパンプスで走らされた挙句、顔に落書きをされまくった。足には豆ができた。メッチャ痛い。


 3回目と4回目もその繰り返しだった。

 3回目の途中で『やばい状況にぶち当たってる時に、何もパンプスを履いている必要性などない』と気付いた私はパンプスを手に持つことにしたので、それからは大分捕まる回数が減った。


 4回目の最後、彼は言った。


「なかなか君は逃げるのがうまいな!今回君の貞操を2回しか奪えなかったよ!!」


 ————ウン、その言い方ヤメロ。あらぬ誤解を生むわ。


「そろそろ次回は反撃の仕方を教えることにしようかな〜」


「いえ、クヌート様……できれば私馬術を教わりたいのですが。実は私、馬には乗ったことがございませんので」


 本音を言うと武術は当分いい、というのもあったのだが、実際私は馬に乗ったことがない。

 馬はお高いので小柄な私はロバにしか乗らせてもらえなかったのだ。


 馬を颯爽と乗りこなすのには憧れもあるし、馬はかっこよくて可愛い。触れ合って癒されたい。


「乗ったことがないんだ?……わかった、次回は乗馬にしよう!!」


 そして今回念願の癒しタイムを迎えられる予定である。




 そんなわけで今日の私はご機嫌だ。


「……何?なんか楽しそう……キモチワルイ」


 ただでさえ小声のミク野郎は最後のキモチワルイを更に小声で言ったが、バッチリ聞こえているからな!!


「実は今日の補講、楽しみなんですよね〜♪初めての乗馬なんで!」


「……乗ったことないの?馬」


「ええまぁ」


 ちょっとムッとしてミクラーシュを見るも、彼は何かを考えているような感じで、馬鹿にしている様子ではない。

 不思議に思っていると、彼はいつもの様にボソリと言った。


「……俺もついてってあげる」


「ハ?……」


 なんでだよ……しかも上から目線かよ……そうツッコもうとしたが、彼の表情を見て私は言葉を飲み込んだ。

 なぜなら彼のフードの中の紫の瞳が、実に生温かい、同情に満ち満ちた目だったからである。


 ————嫌な予感がした。というか嫌な予感しかしない。


 そして予感は的中する。




「今日は初めての乗馬ってことだからまず乗った感じを覚えてもらおうと思うよ!やぁ!ミックもいるんだね、歓迎するよ!!ミックは僕についてきて!」


 そう笑顔で言ったクヌート様は、私をヒョイっと横に抱えてさっと馬に乗ると後ろに座らせた。


 オイ!私は荷物じゃな……


「ハイ!じゃ、しっかり捕まっててねー」


「え……うわぁぁぁぁぁぁぁっっ?!!」


 奴は猛スピードで馬を走らせた。


 だから後ろか!!っていうか馬鹿かこの人!!


 私はクヌート様にしがみつくが、『広いお背中♥』『たくましい背筋♥』などの萌えなんて一切発生する余地はない。


 私の感情は一つ、『落ちたら死ぬだろコレ!!』だ。


 鬼ごっこでも薄々感付いていたが、この脳筋騎士はスパルタである。

 間違いない。



 美しい清流のほとりまで来たところでようやく馬はペースを落とし、止まった。


 私はサラサラと流れる川の音を聞きながら、その流れにほど近い木の影で、さり気なくリバースした。川の水綺麗で良かったよ……口がすすげる。


「……ごめんね、ちょっと速すぎたかな?」


 ぐったりと木陰で身体を休める私を、心配そうな顔で脳筋が覗き込むが、無自覚なバカ程質の悪いものはない。

 私は力なく首を横に振った。

「ごめんね」に対する答えではない、「ちょっと速すぎたかな?」に対する答えだ。


 ……『ちょっと』じゃない!明らかに『ちょっと』じゃない!!


 大分遅れてミクラーシュ()がやってきた。


「ミックぅ!もうっ、遅いよ〜」


 屈託のないキラキラした笑顔で脳筋氏はそう言ったが、きっと彼は遅くない。

 アンタが速すぎんだよ!!


 帰りは当然ミクラーシュ様の馬に乗らせていただいた。


「……ありがとうございます」


「……ん……貸し1ね」


 今回はもう借りでもなんでも構わない……あとでおやつのドラ焼きを差し入れようと思う。















挿絵(By みてみん)


ちなみにクヌートはなんとなくうっすい緑色の髪(猫っ毛)、垂れ目、アヒル口というあざとい顔に肩幅が広くて高身長っていう設定。

肩幅が広いは(当社比)的な。ガタイがいい兄ちゃんと筋肉は描くの苦手だ。あと巨乳。


思いの外髪色が濃くなりましたが、案外悪くないんでこのまま。


刀逆に描いちゃったから、『常に殿下の右側にいるため特注(左利き仕様)』って設定にした。(酷)

もともと両利き設定だったし、別にそれでいいや。


……こだわり、デスカ?

あるっちゃあるけど、この部分に関しては割とどうでもいい。

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