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彼は誰時の微笑みに

作者: 遥 一良


 今日も、もうすぐ朝がやって来る。まだ陽の光の無い朝。夜とも朝とも区別のつかないこの時間に、私は身支度をする。私の日常はそんな曖昧な時間から始まる。


 いつものように、セットしていた目覚まし時計よりも先に身を起こし、夏でも若干の肌寒さを感じて寝惚け眼を擦っていると、隣で寝ていた彼が声をかけてくる。その声に反応するかのように、全身で目覚めを感じる。


「お早う。毎日のことだけど、気を付けていってらっしゃい」


 いつものように寝惚けのままで、声をかけてくる。隣で寝る人の優しさがあるからこその日常なのかもしれない。


 ベッドではなく、ひんやりとしたフローリングに直に布団を敷いて眠っている私達。際立って目立つほど、部屋の中には小物や棚は置かれていない。ただ一つ、極めて目立つ物といえば大きな鏡。


 洗面所なる場所にも鏡はあるけれど、人より朝が早い私にとって、寝床の前に全身が見える鏡を置くのはとてもありがたかった。その鏡は、これから仕事に行こうとする私の身支度を映し、まだ眠る隣の彼の寝姿をほんの少しだけ映しこませている。


 隣で眠る彼の寝姿と寝惚け顔を見ることが、私の日課となっていた。曖昧な朝から身支度を済ませて、部屋から出て行くと、やはり寝惚けのままの彼の声が聞こえて来る。


「頑張って来てね。いつもありがとう」


 その言葉の意味は私には分からなかった。いや、声そのものが果たして彼から発されているものなのかどうかさえも。何故なら、大きな鏡に映る隣の彼が誰なのか分からないから。


 もしかしたら、彼は起きていないのかもしれない。いつも声をかけてくるだなんて、それはあまりにも出来過ぎた彼だからだ。声を掛けられているつもりになっているのかもしれない。


 毎日のように、彼は誰時かはたれどきの曖昧な空を眺め、その時間の空気を感じているからこその錯覚を感じるようになってきているかもしれないのだ。


「お早う。今日も元気にいってらっしゃい」


 この声は私が毎日のように、私を映す鏡の前で発する声だ。そして気付く。私が起きたその時に、声をかけてきてくれている彼は、私自身なのだということに。


 私は一人暮らし。目立って部屋の中には小物などを置いたりしていない。置いているのは、寝床の前の大きな鏡。この鏡に向かって、毎日のように私自身に声をかけているだけなのだ。


 同じ布団で寝ているはずの彼の微笑みは、元から存在していなかったのだ。大きな鏡に映し出されている、私の微笑みと声が毎日のように繰り返されているだけのことだった。


 それでも確かに私の隣にはずっと一緒に暮らしていたはずの彼が寝ていたはずなのだ。だけれど、実際には彼なんて存在していない。明け方に映し出される鏡の向こう側にいる彼。


 果たしてあの声、あの彼は誰で、彼の顔はどんな顔だったのだろうか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 鏡にだけ映るんですね…、昔の彼氏を思い出した切ない話かと思ったら、顔を知らないんですものね。 確かにそれはホラー…、まず、主人公がそんな不思議な状況に怯えずに受け入れてしまっている?ことが…
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