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仏さまの教え

作者: 上原 躁子

(仏さまの教え)


 昔むかし、ある所に人里離れた、寂しい山奥に住む一人の猟師がいました。

男の容姿はひげ面で、目はぎょろりと三白眼で、一目にらまれると、とても恐ろしい目をしていました。鼻は村人に比べて、異常に高く、「天狗の血を引いているのでは」と、うわさされるほどでした。唇は厚めで、ひょっとこのように突き出ていて、顔全体が奇妙ななりをしていました。

 男は体格のいい大男で、熊を素手で倒したこともある強者でした。そのこともあり、奇妙な顔とあいまって、村人たちから恐れられ、ますます遠巻きにされていました。

 男は本当は、とても心根が優しく、動物たちにも好かれる男でした。生活のために獲った獣には、祈りをささげてから、感謝していただきました。

 男は、山奥の一軒家で、幸せに何不自由なく暮らしていました。たまらなく悲しくなるほどの、人恋しさを除いては。


 男は、仏様に祈りました。

「仏様、どうして私はこのようなぎょろりとした、恐ろしい目に生まれついたのですか?どうして、優しい目で生まれなかったのですか。」


 仏様は答えました。

「お前の仕事は猟師であろう。獲物が良く見えるようにと思って、私はお前の目を大きくしたのだ。獲物を見逃すことのないようにな。現に、この間だって、狼に囲まれそうになったが、寸前で、その目で気づいて逃げたであろう。

 それに、世の中には、優しそうな目をして、人を騙すやからが大勢いる。お前は、優しい目の代わりに、優しい心根をもらったのだ。」


 男は仏様に祈りました。

「仏様、どうして私はこのような異常に高い鼻をしているのですか?もっと低ければ、村人たちに天狗と呼ばれることもなく、村で暮らせたかもしれないのに。」

 

仏様は答えました。

「お前の鼻を高くしたのは、四季のかぐわしい風の香りをよりよく感じさせるため、四季の動物たちの匂いを感じさせるためだ。現に、去年の春、冬眠明けの熊から逃げられたのも、その鼻のおかげだ。

 それに、お前の鼻が高い一番の理由は、愛する者のかぐわしい匂いを感じさせるために、私はお前の鼻を高くしたのだ。」





 男は仏様に祈りました。

「仏様、どうして私はこのような、ひょっとこのような突き出た唇をしているのでしょうか?こんな変な顔でなければ、村で里人と共にくらせるのに。」

 

仏様は答えました。

「お前の唇を突き出させたのは、何かを人に言う際に、一言、間をおいて、相手の気持ちを考えてから、しゃべれるようにするためだ。

それに、お前のことを好きな相手が、お前にキスしやすいようにしてやったのだ。ふふふ。」 


男は仏様に祈りました。

「仏様、どうしてわたしはこのように、熊をも素手で倒すような怪力を持って生まれたのですか?この力さえなければ、村で里人と共に暮らせたかもしれないのに。」

 

仏様は答えました。

「何を言っているのだ。お前が倒したあの熊は人里に下りて、人を襲っていたではないか。お前は村人から感謝されこそすれ、恐れられるいわれはないはずだ。」


 男は、仏様に言われたことを考えてみました。


「自分には、よく見える目がある。」

「自分には、よく匂いを嗅ぎ分ける鼻がある」

「自分には、誠実な言葉を紡ぐ口がある」

「自分には、村人たちを危険から守る力がある」


 男は、仏様に言いました。

「仏様、私は何と愚かだったことでしょう。これだけ多くの恵みを仏様からいただきながら、不平不満ばかりを言い募り、あなたを困らせていました。

 これからは、ものごとの一つ一つに、意味があるのだと、感謝しながら生きていきたいとおもいます。」


それからの男は、自分の言葉どおりに、何事にも感謝することを実行しました。

 週に一度、村に出て買い物をするときや、別の猟師と森で行き会ったときなどに、常に笑顔を絶やさず、「ありがとう」や「お疲れさま」と声をかけるようになりました。

 すると、おっかなびっくりしていた村人たちも、男の変化に気付き、しだいに打ち解けていきました。

 

 男は、何か一つに感謝をすると、次の感謝が生まれることを知りました。

たとえば、獲物を逃がしてしまったとしても、その獲物の命が助かったことを感謝すると、翌年には、その獲物が子供をたくさん生んでいて、倍以上の狩りの収穫になるといったことです。

 ですから、男はどんなことに対しても、常に仏様に感謝の気持ちを忘れることなく、日々を過ごしていました。


すると、どうでしょう。男の表情はどんどんあかるくなり、妙な顔でも、内面からの輝きで、美しく見えるようになりました。

 

 そんな頃、男は一人の美しい娘さんから結婚の申し込みを受けました。いつも男が買い物に行く店の跡取り娘の彼女は、男が熊を素手で倒したとき、その場に居合わせた一人でした。

 

彼女は命の恩人である男のことを、その時からずっと思い続けてきましたが、

なかなか、勇気が持てず、告白できずにいました。

 ところが、最近になって、輝くような変化を遂げた彼を見て、他の娘たちが騒ぎ出したので、彼女は先手を打って、彼に求婚したということでした。

 

男の方も、実は以前から、村で唯一、彼に優しく接してくれていたその娘にずっと恋していたので、結婚の申し込みに、一にも二にもなく、承諾しました。

 娘は店の跡取りだった為、男は猟師をやめ、村に下りて、お店の入り婿となり、娘と二人でお店を継ぎ、今まで以上に大繁盛させました。男と娘が、常に仏様に対する感謝の気持ちを忘れなかったからです。


その後、男は女房の尻に敷かれながらも、8人の子供に恵まれ、夫婦で協力し合って頑張って子供たちを立派に育て上げました。

 子供たちにもそれぞれ良き伴侶にめぐり合い、男とその女房は12人の孫に恵まれ、孫の世話にてんてこまいでしたが、幸せな日々が続きました。

 

 やがて、月日が流れ、男とその女房は年をとり、仕事を子供たちに譲り、子供や孫やひ孫たちに囲まれて、幸せに幸せに、仏様に常に感謝しながら暮らしたということです。


平成20年9月18日(木)


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