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第九話 タレントオーラ

ホテルに現れたタレントは……

 その男は携帯電話を耳に当て、大声でしゃべりながらホテルのロビーに入って来た。

「え、何、ヒトミンの収録が押してるって。そこを何とかしてよ、ゲンちゃんの力でさあ。え、おれ? もうホテルに着いたよ。じゃあ、先に荷物確認してっから、終わったら連絡ちょうだいよ。はいはい、はいよ」

 男はとっくに中年を過ぎているようだったが、白の短パンに青いジャケット、ツバ広の帽子に白いフレームの伊達メガネという格好で、ロビーの真ん中に立った。ちょっと首をかしげ、それとなく周囲を見ている。

 近くにいた若いベルボーイが、男の様子に気づき、声をかけた。

「お客さま、何かお探しでしょうか?」

「ああ、おれの荷物が届いてると思うんだけどさ」

「恐れ入りますが、お客さまのお名前をお願いします」

「はあ?」

 男は信じられないというように、目を見開いた。

 その時、ちょうど通りかかった少し年配のホテルスタッフが男に挨拶した。

「これはこれはみさきさま、お久しぶりでございます」

「おやおや、大川支配人。お宅の新人教育どーなってんのさ。このボーイさん、おれを知らないみたいだよ」

「それは大変失礼いたしました。わたくしが、代わってお詫びいたします」

 大川は深々と頭を下げた。

「ま、ま、それぐらいでいいよ。ところで、おれの荷物が届いてるはずだけど」

「お調べしますので、少々お待ちください」

 大川はベルボーイを伴って、クロークに入った。ベルボーイが「すみませんでした」と謝るのを、大川は笑って止めた。

「しかたないよ。明石くんの歳で知ってるわけがない。ぼくらの若い頃にデビューした岬新次郎っていう歌手なんだけど、これといったヒット曲があるわけでもないし、知らないのは当然だよ。ところが、最近になってヒトミンこと紀美野きみのひとみという若い歌手とデュエットの曲を出した。飲み屋街でヒットしているようだけど、まあ、ヒトミンの方の人気だろうね。どう、荷物あったかい?」

「ありました」

 ベルボーイの明石が荷物を持って、ロビーに出て来た。

「お待たせしました、岬さま」

 だが、荷物を受け取った岬の顔色が変わった。

「え、どうして二個だよ。三個だよ三個。もう一個あんだろ。探せよ!」

「も、申し訳ございません。すぐにお探しします」

 明石がクロークに入るのと入れ違いに大川が出て来た。

「今探しておりますので、少々お待ちください」

「大川さん、あんたとは長い付き合いだから、あんまりキツく言いたくないけど、ちょっとたるんでるんじゃないの。あ、ちょっと、待って」

 携帯電話が鳴った岬は、ポケットから出し、例によって大声でしゃべり始めた。

「ああ、ゲンちゃん。そう、収録終わったか。じゃ、急いで来てよ。ちょっとトラブッちゃってさ。え、うん、荷物が二個しかないって言うんだよ。えっ、一個まだそっちにあるって。ま、まあ、いいや。ありがと。ラウンジで待ってるよ」

 携帯電話を切った岬は大川の顔を見ないで「もういいよ、探さなくて。荷物は部屋に入れといて」と言い捨てると、コーヒーショップの方へ歩いて行った。

 その直後、汗だくになった明石がすまなそうにクロークから顔を出した。

「すみません、大川支配人、見つかりません」

「ああ、いいんだ。あったみたいだよ。ご苦労さま」

 その時、地味な格好の中年男性が大川に「すみません」と声をかけた。

「出かけるんで、部屋のカギを預かってください」

「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」

 スーッと出て行く背中を見送りながら、大川が明石に聞いた。

「今の、誰だかわかるかい?」

「いいえ。どなたですか?」

「コメディアンの、というか、司会者の茶森さんだよ」

「ええっ、あの超有名な。失礼ですけど、全然、その、オーラが」

「ないだろう。売れてるタレントさんは、こんな場所で無駄なオーラなんか出さないのさ」

 そう言うと、大川は片目をつむって見せた。

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