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第七話 コウモリ男

いつも人当たりのいい有川だったが……

 有川は人当たりが良かった。いつもほがらかな表情をしているし、お客からの評判も悪くない。だが、社内での評価は低かった。会社というのは競争社会だから、有無を言わせないような手柄を立てるか、特定の上司に気に入られるかしない限り、大きな出世は望めない。

 もちろん、物事には両面がある。大きな手柄を立てようとリスクをおかして大失敗したり、引き立ててくれた上司が左遷させんされて巻き添えをくったり、ということだってある。

 有川は出世よりも平穏へいおんを望んだ。とにかく、大過たいかなく毎日を過ごせればいい。そして、そういう社内遊泳術ゆうえいじゅつにはけていると自負していた。だが、……。


「有川主任、相談があるんですけど」

 そう言ってきたのは、同じ営業庶務の佐野日名子だった。佐野は立場上有川の部下になるが、年齢的には母親と言ってもいいくらいのベテラン社員である。結婚を機に一度退職したのち、パートタイマーとして戻って来たという経歴の持ち主だ。

「ええと、では、ミーティングルームで伺いましょう」

 佐野の表情から、身の上相談的なことだろうと判断し、ある程度防音できる場所を選んだのだ。

 ミーティング用テーブルの端に向かい合わせに座り、有川はできるだけ柔らかい口調で尋ねた。

「それで、ご相談って何ですか?」

 佐野はうつむき、唇をかんでいたが、やがて決心したように顔を上げた。

「樺島さんのことなんですけど」

 佐野は心の中で、やっぱりな、と思った。

 樺島というのは昨年入社した女子社員で、帰国子女ということもあってうまく職場にけ込めず、先輩社員たちと摩擦を起こしている人物だ。とにかく勝気で議論好きで、相手が先輩だろうが年長者だろうがおかまいなく、納得がいかないことがあると一歩も引かないのだ。最終的に論破してしまうのだが、それが相手のプライドを傷付けていることがわかっていない。

「樺島くんが何か?」

「わたしの経費処理のやり方が間違っていると言うんです。でも、このやり方で長年やっていますし、経理からも特に指摘を受けたことはないんです。それなのに」

 悔しさが込み上げてきたらしく、佐野の眼はウルウルしてきた。

「まあまあ、落ち着いてください。ぼくから樺島くんに話してみましょう」

「よろしくお願いします」

 佐野の訴えがなくとも、有川も一度樺島と話さなければと思っていた。しかし、気が重かった。


 翌日、有川は手の空いた時間に樺島を呼んだ。

「ちょっと、ミーティングルームで話そう」

 樺島は怪訝けげんな顔をした。

何故なぜでしょう。話ならここでもできますよ」

「ま、まあ、いいじゃないか」

 最初から押され気味だ。

 佐野の時と同じようにテーブルをはさんで座ろうとしたが、樺島が椅子だけでいいと主張したため、直接向き合う形になった。距離が近い。

(ちょっとキツイ感じだが、美人ではあるな。いや、いかんいかん)

「うん、まあ、何だ、職場にはれたかい?」

「いえ、全然」

「えっ、全然って、どういうこと?」

れ合いは必要ありません。不合理です。わたしたちがすべきことは、業務の効率化です」

「まあ、そうかもしれないが、やはり、人間関係が円滑えんかつな方が」

「無意味です。わたしの学んだビジネススクールでは、こう教えられました」

 それから延々三十分ほど樺島の演説が続き、有川も根負こんまけして、「それもそうだね」と言ってしまった。

「ようやく理解していただき、ありがとうございます。では、佐野さんをクビにしてください」

「ええっ! クビって、きみ、そんな」

「何を驚かれているのですか。彼女はパートタイマーです。しかも、時給に見合う能力はありません。ためらう理由はないと思いますが」

「いや、でも、ぼくにそんな権限はないし」

「では、課長か部長にご相談ください。わたしは忙しいので、これで失礼します」

 有川は困った。これでは逆効果だ。


 あわててオフィスに戻ると、佐野と樺島が睨み合っていた。

 先に佐野が有川に気が付いた。

「ああ、有川主任。この失礼な女をしかってやってください」

 樺島も負けていない。

「有川さん、この無能なパートタイマーをなんとかするべきです」

 有川はダラダラとあぶら汗を流しながら、立ちすくんだ。

「ええと、ええっと、まあ、そのだね、二人とも、あの、とりあえず落ち着いて」

 にらみあっていた二人は有川の方を向き、声をそろえて叫んだ。

「いったい、どっちの味方なの!」

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