表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/26

第五話 渡り廊下

社員旅行で田舎の旅館に行った安田は……

 安田の会社では、年に一度、社員を何班かに分けて慰安旅行をしている。今年は田舎いなかの温泉旅館に泊まることになった。貸し切りバスで観光スポットを巡り、旅館に戻ったら大浴場で汗を流し、浴衣に着替えて大広間で宴会をやるという、お約束のコースである。

 宴会が始まるや否や、風呂上りでみんなのどが渇いているため、ハイペースでビールのグラスが空いていった。安田も上司に勧められるまま、ビールをガンガン飲んだ。酒には強い方なので、さほど酔ったりはしないが、すぐに尿意をもよおしてきた。

 だが、初めて来た旅館なので右も左もわからない。ビール瓶を片付けている仲居に尋ねてみた。

「あの、すみません。お手洗いはどこですか?」

 すると、仲居はちょっと困ったような顔になった。

「ごめんなさいねえ。母屋のお手洗いが故障しててえ、男性用は離れのしかないんですよお」

「えっ、遠いんですか?」

「いえいえ、そんなに遠かありませんよお。渡り廊下伝いに行けば、五分ぐらいで着きますよお」

 遠いじゃないか、という言葉は飲み込んだ。それよりも、トイレが離れの一ヶ所しかないとなると、混みだすと大変なことになってしまう。今のうちに行かなくてはと焦燥しょうそう感にかられた。

 安田はすぐに立ち上がって廊下に出た。少しヒンヤリしているが、火照ほてった体には心地ここちよかった。照明が薄暗いのでよく見えないが、右側が渡り廊下につながっているようだ。

 スリッパをいて廊下を歩いて行くと、やけにペタペタと足音が響く。突き当りを左に折れると、廊下が少し下に傾斜していた。そこから渡り廊下に繋がっていて、そのまま中庭の横を通り過ぎると、その先に離れらしい建物が見えてきた。あずま屋風だが、ちゃんと周りは囲ってあり、屋根との隙間すきまから明かりがもれていた。

 途中体が冷えたせいか、やや切迫せっぱくしてきたため、焦ってノックもせずに扉を開けた。すると、中には五右衛門風呂があり、手ぬぐいを頭にのせた老人がお湯にかっていた。

「何じゃ、おまえは」

「あっ、すみません。失礼しました」

 安田はあわてて扉を閉め、引き返した。周囲を見回すと、中庭の反対側にボンヤリと灯りが見えた。どうやら、渡り廊下は中庭をはさんで両側にあり、安田は左右を間違えたらしい。ちゃんと説明しなかった仲居をうらんだが、もう一度引き返して反対側に回る余裕がない。もうすぐ楽になると気をゆるめたのがいけなかったようで、もはや待ったなしの状態になっていた。

(こうなれば、やむを得ない。立ちションは軽犯罪だが、廊下でらすよりはマシだ)

 安田は渡り廊下の手すりを乗り越え、中庭に降りた。月夜で助かったと思ったが、なるべく人目につかないようにしないといけない。かがんで歩き始めたが、月に雲がかかって暗くなってしまった。この暗がりの中を歩くのは、かなり勇気がいる。慎重に、一歩一歩進んで行くと、前方の地面に何か丸いかたまりが見えた。

 その時ちょうど雲が切れ、月明かりでそれが何かわかると、安田は思わず「ひっ」と短い悲鳴を上げかけて固まった。

 それは、とぐろを巻いた蛇であった。毒蛇ではないようだが、明らかに安田を威嚇いかくしていた。

(子供の頃、ミミズに小便をかけるとナニがれるとおどかされたものだが、蛇にかけるとどうなるのだろう。いやいや、そんな恐ろしい人体実験は御免ごめんだ)

 しかし、状況はさらに風雲急を告げていた。いっそこのまま中庭を突っ切れば、反対側の渡り廊下に出るはずである。安田はなるべく蛇を刺激しないように、ゆっくり迂回うかいした。

 やがて反対側の渡り廊下が見え、その先にあずま屋風の建物が見えた。先ほどの五右衛門風呂があった建物とそっくりだ。一周ぐるっと回って元の場所に戻ってしまったのではないかと不安になり、額からあぶら汗がにじむ。もうほとんど限界ギリギリである。だが、天は安田を見捨てなかったようだ。ノックして扉を開けると、そこは間違いなくトイレであった。

(ああ、助かった、これでこの苦しみから解放される)

 そう思った瞬間、安田は目が覚めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ