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第三話 リアル人生ゲーム

人生はゲームじゃない、こともない……

 入社一年目の後藤が社員食堂で昼飯を食べていると、部長の岡部が同じテーブルに座った。

「よう、どうだ。少しは慣れたか?」

 部長といっても岡部はまだ三十代で、兄貴分的なしゃべり方をする。だからといって、後藤の方からくだけた返事をするわけにもいかない。

「はい、何とかやっています」

「まあ、そんなに緊張することないさ。めしは楽しく食おうぜ」

「はい」

 少し世間話をした後、ふと、何か思いついたように岡部がニッコリ笑った。

「そうだ。これは一つの参考意見だけどさ」

 そう前置きして、後藤の担当している仕事のやり方について、今までと違う方法を示した。

「ありがとうございます。参考にさせていただきます」

 そう答えたものの、ちょっと面倒な上に多少リスクのある方法だったので、いずれ時機が来たらやってみてもいいよ、ぐらいのことだろうと解釈した。

 ところが、一週間ほど過ぎた頃のことである。

 再び食堂で出くわした岡部は、後藤の顔を見るなり怒りだした。

「おいっ! おまえは人の意見を無視するのか。なぜ、言ったとおりにやらないんだ」

「えっ、でも」

 後藤がモゴモゴと口ごもると、「もう、いいっ!」とき捨てるように言って、岡部は去って行った。

 呆然ぼうぜんとしている後藤の肩を、誰かがポンとたたいた。振り返ると、係長の田中だった。

「やられたね」

 そう言って、田中は笑った。としは後藤の父親ぐらいだろう。

「あの、やられた、というのは、どういう意味でしょうか」

「『参考意見』さ。そう言われたんだろう?」

「ええ、そうですけど」

「岡部の『参考意見』は命令だよ。うちの部の連中はみんな知ってることだ」

「えっ、それなら、ちゃんと命令と言ってくだされば」

 田中は、両手を少し開いて外人のように肩をすくめてみせた。

「もし、『命令』と言ってきみが失敗したら、岡部の責任になるじゃないか。逆にうまく行ったら、当然、自分の指示したことだと言うよ」

「そんな卑怯ひきょうな、あ、いや、失礼しました」

「いいさいいさ。彼にとってはむしろめ言葉だよ。あの若さで部長になるのには、それくらいの狡猾こうかつさがなきゃならない。やっかむヤツは多いが、何しろ今の社長の一番のお気に入りだ、当分は安泰さ。もっとも、そのことが逆に、彼のアキレス腱にもなるがね」

 後藤にはさっぱり意味がわからなかったが、田中の予想は的中した。個人的なスキャンダルが発覚して社長が解任され、新社長に替わった途端、岡部は地方の営業所に左遷させんされたのだ。

 食堂で田中に会った後藤は、さっそく感想をのべた。

「おっしゃったとおりになりましたね」

 だが、意外にも田中は、再び肩をすくめた。

「いや、岡部はこれくらじゃメゲない。まあ、今回の人事異動は、せいぜい『一回休み』ってとこさ。聞いた話じゃ、あらゆる手練手管てれんてくだを使って、必死で新社長に取り入ろうとしているらしい。まあ、あと二年もしないうちに、本社に返り咲くだろうな。それも、多分役職が上がってね。つまり、『ジャンピングチャンス』だな」

「あの、よく意味がわからないんですが」

 田中は、ふふふと笑った。

「これはわたしのひそかな楽しみでね。社内の誰が『サラリーマン人生』というゲームに勝ち残るのか、いつも観察しているんだよ。岡部は入社した頃からマークしていた。ただ、本当に『社長』というゴールにたどり着けるかどうか、それはまだまだわからんがね」

 楽しそうに笑っている田中の気持こそ、後藤にはよくわからなかった。


 田中の予想は二年もたずにまた的中し、岡部は執行役員しっこうやくいんとして本社に戻ってきた。だが、皮肉なことに、入れ違いに田中が地方の営業所に飛ばされることになった。

 出発の日、駅まで見送りに来た後藤に、田中は意外に元気にこう言った。

「いやあ、後藤くん。やっぱり、『サラリーマン人生』は簡単なゲームじゃないなあ。まあ、だからこそ面白いんだけどね」

 田中はそう言って、ふふふと笑った。

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