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第二十一話 ネットおやじ

今井は、仕事中にもかかわらずネットに興じる須田を苦々しく思っていたが……

「おはよう」

「あ、おはようございます」

 挨拶あいさつを返しながら、須田さんはまた九時ギリギリのご出勤か、と今井は思った。

(なのに、定刻の五時になったらサッサと帰っちゃうんだ。遅れず休まず働かず、のお手本みたいな人だな)

「さ、て、と」

 須田はそうひとごとをいうと、パソコンの電源を入れた。

 パソコンが立ち上がるのを待つ間、自分で急須きゅうすにお茶っ葉を入れ、湯呑ゆのみにお茶をそそぐと、一口飲んだ。

「うーん、うまい」

 湯呑を左手に持ち替えてパソコンの前に戻り、右手の人差し指一本でチャカチャカと器用にキーボードをたたいた。

 今井はもう知っているが、須田がパソコンを操作するのは、別に書類を作成したりするわけではなく、ただひたすらネットを見るためなのだ。

(古い言い方だけど、まさにネットサーフィンだな)

 それも、出勤してから退社するまで、昼食の休憩きゅうけい時間以外、ずっとやっている。

(よくこれでクビにならないもんだな。まあ、元は本社の重役だったらしいけど)

 今井が働いているのは大手企業の地方支社のため、ほとんどが現地採用のスタッフで、本社から出向してきている須田を注意できる人間など誰もいない。

 支社での須田の肩書かたがきは『経営戦略アドバイザー』ということになっているが、正式な役職名ではないらしい。あと一年足らずで定年のはずだが、そのまま嘱託しょくたく社員としてこの支社に残るという。

 いわゆる、島流しである。

(考えたら、須田さんからアドバイスをもらったことなんか、一度もないなあ)

 最初は、本社の元重役ということでそれなりに気をつかっていた今井たちも、その実態じったいがわかるにつれ、須田には構わなくなった。

 須田もその方が気楽なようで、出向してきた当初には多少あった遠慮えんりょも今ではまったくなくなり、誰にもはばかることなく、毎日ネットサーフィンにきょうじているようだ。

「あっ!」

 突然、ネットを見ていた須田が大きな声を出したため、今井たちは驚いた。

 自分が注目されていることに気付き、須田は少し恥ずかしそうに「すまん、何でもない」と片手を振った。

 その後しばらく、めずらしく腕組みをして考えていたが、「うん」と大きくうなずくと、どこかへ電話をかけた。

「ああ、社長、おいそがしいところすみません。須田です。ご無沙汰ぶさたしております。ってお耳に入れたいことがございまして。はい、内密の話です。実は、藤野常務のことですが……」


 今井が後から聞いた話だが、藤野常務というのが須田の左遷させんを決めた張本人ちょうほんにんらしい。

 その藤野のパワハラと経理上の不正行為がネットで内部告発されているのを須田が発見し、本社の社長に注進ちゅうしんしたのである。その功績こうせきが評価されたのか、翌月、須田は晴れて本社に帰任きにんとなった。

 さらにその翌月、今井の上司が年配の男性を皆に紹介した。

「こちらは、今月から『営業拡大アドバイザー』として本社から赴任ふにんされることになった、藤野さんだ。みんな、よろしく頼むよ」

 紹介された藤野は、苦虫にがむしつぶしたような顔で、そっぽを向いている。

(やれやれ、ネットおやじが選手交代しただけか)

 今井はめ息をついた。

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