第十話 シンデレラは傷つかない
哲也がアルバイト先で見たものは……
(作者註:『星空文庫』さんに『舞踏会の夜』というタイトルで掲載した作品を改題し、内容も少し変更しました)
哲也は週に二回ほどSCのアルバイトをしている。SCというのはサービスクリエーターの略とのことで、要するに、ホテルや結婚式場などに日雇いで手配される配膳スタッフのことである。
確かに、求人誌に「配膳係募集」と書くより、「君もサービスクリエーターの仲間にならないか?」などと載せた方が応募が多いのだろう。
名称はともかく、コンビニなどより時給がいい。その代わり、一回の仕事は四時間と短く、その中に三十分間の食事休憩も含まれる。賄いを食べた分の食費は給料から引かれるわけだが、哲也のような親元から離れて暮らしている学生には、むしろありがたいくらいである。
その日の仕事は、ホテル主催の舞踏会だった。ホテルの宴会場というのは元々何もない空っぽの部屋だから、会場の設営から始めなければならない。他のSCたちと一緒に作業をしていた哲也は、会場の責任者から呼ばれた。
「受付担当の子が急に休んじゃってさ。ピンチヒッターを頼めないかな?」
「え、でも、ぼくはまだ新米で」
「大丈夫さ。エレベーターの右が女性更衣室、左が男性更衣室だ。お客さまが来られたら、まず更衣室にご案内する。着替え終わられたら、チケットの半券をもぎり、会場の中にご案内する。単純な仕事だろ」
軽く言われたが、今日の参加者は確か百名を超えているはずである。それを哲也一人で捌くのだから大変だ。
「ぼくにできるでしょうか?」
「大丈夫、大丈夫。もしもの時は誰か手伝わせるからさ。頼むよ」
断り切れずに引き受けたものの、想像以上の忙しさで目が回りそうになった。
だが、忙しいこと以上に哲也が驚いたことがある。
舞踏会という言葉の響きから、なんとなくシンデレラの世界をイメージしていたのだが、当然のことながら現実はずいぶんと違っていた。
まず、全体的に年齢層が高い。それも、相当に、だ。多分、哲也の祖父母とあまり変わらないのではないだろうか。
それから、スタイルの問題。みんな日本人の典型的な体型、というか、ハッキリ言えば胴が長く、足が短いのだ。
さらに、更衣室から次々に出てくる人々の服装を見て、度肝を抜かれた。上記のような年齢・スタイルの女性たちが、それこそシンデレラのような、フリフリがたくさん付いたド派手なドレスを着て次々と現れたのだ。中には、あられもなく背中が腰の近くまでパックリ割れていたり、目のやり場に困るほど胸元が開いていたり、日常生活ではめったにお目にかかれないようなドレスも多い。
それに比べれば、男性は基本的にタキシードなので、それほど違和感はなかった。
舞踏会の開始時間が迫り、哲也がそろそろ受付を閉めようとしているところへ、今日一番の高齢者と思える女性がやって来た。
「ああ、坊や。ダンスホールはここなの?」
「ダンスホールというわけではありませんが、こちらが舞踏会の会場になります。あ、お待ちください。先に更衣室でお着換えください。まもなく始まりますので、どうかお早めにお願いします」
「ええ、ええ、わかってるわ」
ところが、十分以上待っても女性が更衣室から出てこない。年齢が年齢だけに、哲也は心配になって更衣室の中を覗いてみた。
すると、すでに女性はキラキラとラメが光る王女さまのようなドレスに着替えており、大きな鏡の前でうっとりと自分自身の姿に見惚れていたのである。




