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第一話 鮫島さん会社辞めるらしい

会社を辞める理由は人それぞれだか、鮫島が辞める理由とは……

「三課の鮫島さん、会社辞めるらしいですよ」

 人事課長の倉谷にそう教えてくれたのは、営業二課の柳沢だった。

「え、だってあの人、あと三年で定年だろう」

「そうなんですよ。三年辛抱すれば退職金を満額もらえるのに、なんでだろうってみんな言ってますよ」

「うーん。何かあったんだろうな」


 会社を辞める理由は、人それぞれである。

 中でも一番多いのは『人間関係』に悩んで、というものだ。表向きは別の理由であっても、実は『人間関係』という場合も含めると、理由の大半を占めると言ってもいいだろう。

 倉谷だって悩んだ時期があったが、辞めて今の『人間関係』をチャラにしたところで、次の勤め先でまた新しい『人間関係』に悩むのは目に見えている。辞めずに今の『人間関係』を改善する方が得策だと思って、今日まで我慢してきたのだ。

 一応、鮫島と同じ営業三課の人間にこっそり聞いてみた。

「いやあ、それはないと思うね。あの人は図太いというか、無神経というか、厚顔無恥こうがんむちというか、まあ、そんなタイプでさ。むしろ、周りの人間が悩んてたくらいだよ」


 次に多いのは『家庭の事情』というやつだ。家業を継ぐためとか、配偶者が転勤になったとか、子供の進学先に一家で引っ越すとか、内容は様々である。

 別の人間に聞いてみた。

「あら、あの人はバツイチで、お子さんもいなくて、ご両親もとっくに亡くなっていて、一人暮らしですってよ」


 意外に少ないのが『独立起業』だ。結局、資金的なバックがないと莫大ばくだいな借金を背負ってのスタートになり、リスクが大きいからだろう。

 念のため聞いてみた。

「そりゃないでしょう。独立するようなお金もツテも、あの人にはないと思いますよ」


 理由が何であれ、いずれ人事課長の倉谷のところに来るはずである。そんなことを思っているところへ、来客が告げられた。

「倉谷課長、営業三課の鮫島係長がお見えになってます」

 ついに来たか。とりあえず、何も知らないフリをしようと、倉谷は考えた。

「面談室にお通ししてくれ」

 やりかけていた仕事を一旦中断し、倉谷が面談室に入ると、かなり頭髪の薄くなった鮫島が待っていた。

「お待たせしました」

「とんでもない。こちらこそ突然押しかけてすまん。忙しいんじゃないかね」

「ご心配なく。ちょうど手が空いたところです。何かありましたか」

「いやいや、別にトラブルとかじゃないんだ。ちょっと、その」

「遠慮なさらずに、何でもおっしゃってください」

「うん」

 鮫島は、なぜか頬を赤らめている。

 はて、これは意外な理由かもしれないぞと、倉谷は思った。金持ちの家に婿むこ入りでもするのだろうか。それとも、宝くじでも当たったのか。

「何かいいお話のようですね」

「そ、それほどでも、ないんだが」

 倉谷はちょっとれてきた。

「何でしょうか」

「ああ、うん。実は、会社を辞めようと思ってね」

「え、どうしてですか」

 ちょっと驚き方が足りなかったかなと、倉谷は反省した。

「笑わないでくれよ。来月、デビューすることになったんだ」

「デビュー?」

 鮫島は真っ赤になった。

「あの、ほら、倉谷くんも知ってると思うけど、テレビによく出るダンスグループがあるだろう」

「はあ」

「そのオーディションに受かったんだよ」

 今度は本当に驚いて言葉が出ない。かわいそうに、妄想にとりつかれているようだ。

 しかし、倉谷は心を鬼にした。この際、辞めてもらった方が会社のためだ。

「それは、良かったですねえ。がんばってください。応援しますよ」

「ありがとう、ありがとう。君ならきっとわかってくれると思っていたよ」

 倉谷は鮫島の退職手続きを粛々しゅくしゅくと進めた。


 倉谷が腰を抜かすほど驚いたのは、その翌月である。

 テレビで華麗なステップを披露する鮫島を見たのだ。今の世の中、何が起きるかわからない。

「倉谷課長、営業部の吉岡部長が来ておられます。会社を辞めたいそうです」


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