Ep.IX 遭遇
Ep.IX 遭遇
「撃墜隻数二、投棄隻数四、航行可能レベル5の戦艦四隻、レベル4の戦艦十四隻、レベル3が十七隻、レベル2が一隻。
たった一度の戦闘で、このザマか…・・・」
敵が強かったから仕方が無かった、などという泣き言は言ってられない。
現に、目標の敵主星、ファーリルまでの予定距離はわずか30MI。
第二侵攻艦隊は今しがた出港し、あと一日でこちらと合流する。
もう少し。
本当にもう少しでこの任務も終わる。
そうすれば、俺を含め、ほとんどが昇格し、さらに上を目指せる。
残酷だが、犠牲は構っていられない。
死んでいったやつらも、それは承知の上だ。
でも今は。
少しだけ休みが欲しい。
――レイ。
――…お父様。
かなり痛むらしく、その気持ちが心からあふれ出てくる。
無理も無い。
人間にとってみれば、腕を吹き飛ばされたも同然。
これで痛がっていなければ、むしろ不自然だ。
――いい。無理をかけるなら話さなくても。
――話しているほうが、安心できます。
入っているのはただの液体とも固体ともいえない、ただのどろどろの物体なのに、ここは一番落ち着く。
いわばここは、子宮と同じようなところなのだろうか。
――かけるのが遅すぎるが、大丈夫か?
――遅いだなんて、とんでもありません。大丈夫です。
レイの傷口は見てみた。
剥き出しな皮下脂肪が攻撃と紫外線で焼けているのがわかった。
今は機械で感覚を完全に遮断されている状態にある。
レイが受け取れるのは、SCだけだ。
――辛くは無いか?
――私は辛くありません。だって、お父様が一番辛いはずです。
つくづく健気なやつだ。
――ありがとう。レイ。しばらくいてもいいか?
――はい。…いえ、だめです。みなさんの不安な感情が伝わってきます。行ってください。
――…わかった。
仕方がない。
行くしか…ないか。
ろくに髪も乾かさないまま指揮室に向かうのは、さすがに不快だった。
「どうした」
「レーダーに反応はありません…ただ……」
何を慌てているんだ?
「隕石ではない、直径八千kmと思われる物体が本部隊の侵攻航路に接近中です」
重力に関係なく突き進んでいる、ということか。
「地点の特定は」
「ファーリル系より約150SI、秒速2MIで接近中です。
十分後に物体が確認でき、一日後に衝突します。
方角は、進行方向に対し右に35度、その先にシィーア系があります」
シィーアを滅ぼした戦艦…?
いや、そんなことはありえない。
作れるわけがない。
一番考えられるのは、未確認の戦艦による超大規模艦隊。
次に考えられるのは、新たな文明の参戦。
前者であれば連合軍本部に連絡し、対策を練る。
後者であれば戦闘はできるだけ避け、連絡後、対策を練る。
どちらにせよ、この艦隊だけで何かできる問題ではない。
「正体を突き止めてから対策を練る。
できるだけ詳細な観測を頼む」
「了解」
「接近中の物体を確認。モニターに出ます!」
モニターに画像が映る。
かなり画像は荒いが、確かにそれは確認できた。
巨大な鉄の壁。
しかし、それにはしっかりとした翼のようなものが確認できる。
紛れもない。
戦艦である。
しかも、鉄丸出しの戦艦から推測するに、鼎皇軍のもの。
「…通信用に生体艦を連合軍本部に送れ。今すぐに!」
「了解!」
不測の事態というのは起こりうるものだ。
こんなときに限って。
「敵艦の大きさは!」
「全高約八千二百km、全幅約六千km、全長は推定一万kmと思われます!」
地球の約半分の大きさの戦艦…だと?
そんなものを動かすほどの能力があの国にはあるのか……
「全艦航行続行! 軍の命令があるまで通常航行!」
「了解!」
とりあえず、ここまで巨大な敵だとすると、連合軍の意見が無いとどうにもすることができない。
それに、シィーアを破壊してきたというのなら、衝撃ミサイルも当てられたはず。
なのに、それらしき痕がどこにもない……
防ぐ術があるのか…?
いずれにしても、撤退はほぼ免れないな。
ここまで来たが…仕方がない。
「どうして撤退なのよ!」
ファリエナを僕が無理やり引きとめる。
「まだ決まったわけじゃないよ!」
「別に部隊が解散するわけじゃないんですから……」
ギャルシュが止めに入ろうとする。
「私の天下はもう終わりなわけ!?」
やっぱりそこなんだ……
「それは仕方ないよ。年上の人たちだっていっつもなってるわけじゃないし」
「でも、私より絶対下手糞なのよ!? 小惑星帯さえ満足に抜けられないくせに!」
気持ちはわからないでもないけど……
「カンリイだっていつ指揮官になれるかわからないのに……」
へー、心配してるんだ。
「ますます航宙機隊隊長の座が遠のくじゃない!」
…結局それなんだ……
「部隊解散…ですか……」
シューエがどことなく憂鬱そうに言う。
「どうかしたの?」
ファリエナが抵抗をやめる。
「部隊解散しちゃったら、次はいつ再編成に加われるのかなぁ、って」
…そういえば、シューエは最後にカリーナさんが誘った一人だっけ。
入隊から三年目で初部隊っていうんだから、大変だったんだろうなぁ……
「大丈夫よ。また私が誘ってあげるから」
カリーナさん…たまにはまともなこと言うんだ。
「カリーナ…さん……」
「大丈夫よ」
でもなんか、カリーナさんの陰謀のような気がしてきた。
結局は彼女が欲しいだけだったりして。
シューエは押しに弱そうだしな……
「ま、どのみちこの部隊が解散するなんて、私がいる限り無いわね。
そうでしょ? レステア」
「それを言うなら僕もでしょ?」
…ちょっと出過ぎちゃったかな?
怒るかも。
「まあ、少しはね」
お…怒らなかった?
今日は宇宙に雪が降るかな?
「もちろん二人は解散しても一緒にいるのよね?」
カリーナさんが僕たちを見て言う。
「当たり前じゃない」
「そうだと思うよ」
何かおかしいことがあるのかな?
「母艦が破壊されても?」
「ええ」
「うん」
「天地が避けても?」
「うん」
「…ええ」
「死ぬまで?」
「うん」
「……」
あれ? なんでファリエナ答えなかったんだろ?
「へー。死ぬまで一緒にいるんだー」
ファリエナ、顔が赤くなってる。
恥ずかしいより…むしろ嬉しい方?
「…どうかしたの?」
「う…うるさいわね! なんでもないわよ!」
…叩かれた。
なんか悪いことしたのかなぁ……
「通信用生体艦から通信が届きました」
ものの数時間で決着がつくとは、意外と決断が早かったな。
「本艦隊及び第二侵攻艦隊は即時撤退。
各艦隊は解散…だそうです」
指揮官としての任務はこれまでか。
あっけなかったな。
「半生体艦、及び生体艦は準備が出来次第地球にダイブ。
本艦も非生体艦を収容しだい、ダイブする」
「了解。全ハッチオープン。非生体艦はすみやかに着艦してください」