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Ep.IV 生物艦艦隊戦

 Ep.IV 生物艦艦隊戦


「…このくらい…かな」

 僕は最近まずい、と言われ続けている、コーヒーを作る練習をしていた。

 やっぱり、作ってあげるならおいしく作ってあげたい。

「…僕的には上出来なんだけどなぁ……」

 空気には万全を期してるからなかなか食物は腐らないけど、いつ壊されるかわからない戦艦の中に高い豆を入れてはおけない。

 安い材料と安い器具でおいしいのを淹れるのは、なかなか難しい。

 メーカーを限定して、最高の組み合わせを探すしかない。

 …とか何とか言ったって、きっと伝わらないと思う。

「…あの……」

「うわっ!」

 後ろからシューエが見ていた。

「あっ! す、すみません!」

「い、いいよ。別に」

 何だか、悪いことをした気分だ。

「…一杯、頂けますか?」

「ああ…でも……」

 カップ一杯分のコーヒーが出来るにはもう少し時間がかかる。

 でも、持っていく必要があるほど時間はかからない。

「もうちょっと、待ってて」

「…わかりました」

 シューエが休憩室にあった椅子に腰を下ろす。

 そして、椅子を僕の近くに寄せると、落ちるコーヒーの一滴一滴をじーっ、と観察しはじめた。

「……」

 滅多にない機会だから話してみようかと思ったのに、これでは話せるわけもない。

 シューエは腕を組んで机の上に乗せると、その上に顎を置いてさらにじーっ、と観察しはじめた。

「…楽しい?」

 場の空気(というより僕の個人的な空気)を保とうと、何とか声を出した。

「…おもしろいです」

 顎で頭を支えているため、話すたびに頭が上下する。

「…どこが?」

「…んー…水滴が」

 …あんまり答えになってない。

 シューエって知的なイメージがあったけど、意外とこういう天然っぽい…っていうより、子供っぽいところもあるのかもしれない。

「…おもしろいですよ?」

「…そう?」

 僕も椅子を引っ張ってくると、同じような姿勢で眺めはじめた。

 厚い耐熱ガラスのせいで落ちたときの音は聞こえないが、どことなく聞こえてくる感じがする。

 最初はゆっくりだと思っていた水滴が落ちてくる感覚がどんどん短くなっていって、ついには八秒単位で落ちてくるような錯覚に陥った。

「……」

「……」

 頭の中には聞こえてくるはずのない、水滴が落ちる音が聞こえている。

 完全に心を乗っ取られた感じ。

 ずっとこのままでいたい。

「…な……」

 ファリエナの声が聞こえた。

 きっとこれも錯覚だろう。

「…なに…やってんの?」

 なかなか本音をつくことを言う。

 確かに二十代も後半に入った僕たちがこんなことをやっているのは、確かに変な構図だ。

 でも、どうでもよくなっていた。

「…聞いてる?」

 頭に軽い痛みが走った。

 そろそろ体が警告しているのだろうか。

 それ以上行ってはいけない、と。

 でも、どうでもよくなっていた。

「…一人で何やってんの?」

 …一人?

「え?」

 一瞬でわれに帰る。

 そこにはゆうに五杯分はたまっているコーヒーと、ファリエナの姿があった。

 シューエの姿は無かった。

「あれ? シューエは?」

「シューエ? そこで本読んでるけど」

 タイムスリップした気分だった。

 異次元にいたのかと考えるほど。

「あれ? コーヒー……」

 器に触れるととっくに冷めている。

 時間を確認すると、なんとゆうに一時間弱はこれを見ていた。

「何やってんのよ。ほんとに」

 そういってファリエナは冷めたコーヒーを注ぐ。

「それ……」

 冷めたコーヒーなど、おいしいわけがない。

 また吹きかけられる。

「…うまいじゃない。完全に冷めてるけど」

「え? それブラックじゃないの?」

 たとえ冷めたとしても、何もしていないのだからブラックのはず。

 一番最初にファリエナにブラックを注いだときは、吹きかけられるどころじゃなかった。

「何言ってるの? 砂糖入ってるじゃない」

 僕は近くにあったカップにコーヒーを注ぐと、飲んでみた。

 僕の好みじゃないけど、確かにおいしい。

 今までに作ったことのない味だった。

「ほんとだ……」

「何を言ってんだか。自分で入れたに決まってるくせに。

 ま、うまけりゃ私はどーでもいーけど。

 これ、冷蔵庫入れとくわね」

 そういってそのまま冷蔵庫の中に入れた。

「さてと。また副艦長でもなじってくるとしますか」

 そう言ってファリエナは出て行った。

 僕も立ち上がろうとする。

「いっ!」

 変な体勢で長時間座っていたため、足が痺れている。

 正座は慣れてるはずなのに……

「う…うあ……」

 僕は無理やり立ち上がると、悶絶しながらシューエの元へと向かう。

 シューエがいる机までの距離がやけに長い。

「…シューエ?」

 助けを求めようと思ったのに、本に集中しているせいでこちらを向いてくれない。

 仕方なく自力で反対の椅子に座った。

「…なんですか?」

 本に目を向けたまま、今頃返事が返ってきた。

 本に集中したいだけらしい。

「あのさ、コーヒーに味付けしたのって、シューエ?」

「…秘密ですっ」

 どこかの魔法少女のような声を出す。

 少し驚いた。

「でも、どうやって?」

 ずっとコーヒーが垂れるのを見ていたのなら、砂糖なりなんなりが入ってくるのが見えたはずだ。

「私、付属能力が幻覚なんですよ」

 付属能力……

 SC値に関わらず、ある一定の確率でSC能力者に精神通信以外の能力が現れることがある。

 ちなみにギャルシュは念力を持ってるけど……

「そうだったんだ」

「その人が発動する前まで見ていた映像を繰り返すことしかできませんし、体に何かが当たったりしたぐらいで解除されますけど」

 SC付属能力は戦闘時どころか実生活でもほとんど役に立たないものが多いって聞いたけど、これでは本当に役に立たない。

 シューエがそれについて言う必要もなかった。

「どうしてあんなにおいしいのを?」

 きっと、家が喫茶店だったりしたのだろう。

「あ…えっと……」

 シューエが本から目を離してまで返事をしようとしている。

 何か言えないわけがありそうだ。

「言えないなら、別にいいけど?」

「あ、いえ。その・・・コーヒーは子供のころからよく飲んでいたので、味がわかるだけです」

「…ふーん」

 今、理由を思いついたような言い方だったけど、話をこじらせるのも悪い気がしたのでその理由で納得しておいた。

「さてと…僕もシュミレーションで少し飛んでくるかな」

「あ・・・それなら私も――」

「レーダーに敵影確認!

 雷撃艦十隻、生物艦五隻が角度百三十五度で接近中!

 至急、各乗組員はフェイス2にて待機!」

 シューエが本に枝折を挟んで立ち上がる。

「行きましょう! レステアさん!」

「う…うん!」


「敵に捕捉されていない可能性は!」

「75%です!」

 生物艦を相手にこれ以上好ましい数字はなかった。

「全艦、現隊形を維持し敵艦隊に接近!

 生物艦が槍を放ち次第、その時点での距離を維持しながら槍を迎撃!

 攻撃が終了次第、反撃に出る!

 念の為、カリーナのF2を準備しろ!」

「了解!

 全艦、隊形を維持し敵に接近!

 槍迎撃後、速やかに反撃へと移れ!」


「…遅かったわね」

 そこには不機嫌なファリエナがいた。

 別にゆっくり来たつもりはないのに。

「す、すみません……」

「シューエはいいの。レステアよ」

 何で僕ばっかり。

「何で僕だけなんだよ」

「気に食わないからに決まってるじゃない」

 僕とシューエのことを交互に見る。

 何があったんだろ。

「そ、そんな理由って――」

「ええ。そんな理由よ。何か悪い?」

 格納庫内に嫌な空気が漂い始める。

「ファリエナ、そろそろ――」

「分かってるわよギャルシュ。

 ちょっと機嫌が悪かっただけよ」

 本当に何があったんだろ。

 でも、これ以上話しかけるのもマズそうだったから、声をかけるのはやめることにした。

 と、いつもの宇宙服じゃないカリーナさんが来た。

「ひっさしぶりに私の出番かしら?」

 通常の宇宙服よりもさらに服が薄くなっていて、ほぼ着ていないに等しい。

 僕も最初の頃は目を背けていたほどだ。

 …SCを使うF2だから仕方ないのはわかってるけど、少し開発者の趣味を疑う。

 カリーナのヴァルキリーには他とは違う特殊な装甲が至る所につけられていた。

「超範囲SC圧砕機…ねぇ……」

 カリーナがいつも使うF2は紫電苛粒子砲。

 でも、特殊時にはこの超範囲SC圧砕機を使う。

 単純に言えば、範囲内にいる全ての生物を、SCを使って脳死させる。

 SCが一万を超す人しか使えないし、敵味方関係なく殺しちゃうから味方もついていけない。

 でも、艦隊を一つ壊滅させることができるほど、強力なF2だ。

「…他の艦の頑張りに期待するしかないわね」


「発射された槍の数は!」

「計五十です!

 一斉にこちらへと向かってきます!」

 生物艦が放つ「槍」。

 その中には人を軽く超える大きさを持つ昆虫、セルリリスが実に数百匹も乗っている。

 彼らは肉食であり、特殊な環境下で育ったためか、あるいは何か細工をされたのかどうかはわからないが、鉄の骨格を持っている。

 人が扱う重火器ではまず撃退不可能であり、宇宙空間でも生存可能。

 最低限、ヴァルキリーに登載するような武器でないと、倒すことはまずできない。

 SCによる撃退も可能ではあるが、何百匹といるため、全体の撃退は不可能。

 槍に刺されたり、セルリリスに取り付かれた戦艦は、制圧が時間の問題であるため、艦を捨てて自爆させるしかない。

 故に、絶対に通り抜けさせてはならない。

「射程範囲内に入った戦艦から攻撃を開始!

 全力をもって撃退せよ!」

 赤い光の線と黄色い光の点が飛んでいく。

「非生体主力戦艦、攻撃を開始!」

 続いて、黄色い光の線が飛んでいく。

「非生体駆逐艦、攻撃を開始!」

 しばらく八隻だけの攻撃になる。

 そして、目の前が光の海になった。

「生体艦、半生体艦、攻撃を開始!」

 凄まじい光の弾幕。

 それでも、レーダーに映る槍は少しずつしか減らない。

「非生体護衛艦、攻撃を開始!」

 除々に槍が減っていく。

 しかし、数本ギリギリまで来るものもあった。

「全艦、迎撃しつつ後退!

 生体艦は敵左翼、右翼に展開!」

 半数以上がまだ残っている。

「雷撃艦、攻撃を開始!

 展開した生体艦を撃っています!」

 …やはりか。

 だが、こうでもしないと非生体艦のほとんどを失ってしまう。

「生体艦は現地点を維持!」

 大のために、小を捨てる。

 いやになった。

 だが、捨てる命の大きさはこの方が断然少ない。

 そう考えて下唇をかんだ。

「第十非生体防御艦、槍の攻撃を受けました!」

 その艦だけが赤く光っている。

 刺さった地点は左防御翼端。

 これならなんとかなる。

「第十防御艦を自動操縦に切り替え、中央に放置!

 搭乗員の避難を優先!

 残る艦は第十防御艦を避けつつ盾にし、陣形を整えながらさらに後退!」

 見れば、残る槍も、少ないものとなっている。

「カリーナ発艦!」

「了解!

 カリーナライギャラクシエア・ファジエナ、発艦!」

 第四半生体艦から一つの点が飛び出す。

「槍の撃退を確認!」

「全艦、カリーナを援護!」

 点が敵艦隊の中央へと接近する。

「SC範囲内に敵艦隊が入りました!」

「F2使用許可!」

 途端に宇宙に波動が描かれる。

「F2使用を確認。

 敵艦隊、完全に攻撃を停止しました」

「わかった。

 第十防衛艦に照準」

 後始末だ。

「放て」


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