Ep.II 雷撃艦艦隊戦
「今日もあたしのは絶好調みたいね」
「飛ばせばいいってもんじゃないと思うけど……」
航宙機隊用シュミレーターをした後、僕達はなんとなく二人だけで話していた。
「いいじゃない。別に死ななかったんだし」
「小惑星帯をあの速度で駆け抜けるのはかなり間違ってると思うよ。いろいろと」
ファリエナは何年か前にやった筆記テストで覚えさせられたはずの「小惑星帯航行に関する速度」という項目を忘れているのだろうか。
でも、この艦隊の航宙機隊隊長である限り、それくらいはわかっているはずだと思う。
ましてやカンリイくんが選んでくれたんだし。
「あたしはね、機械が教えてくることには極力頼らないの。
別にあの速度でも飛べないわけじゃないけど、今までもあれ以上の速度で飛べないとできなかった作戦なんて何回もあったじゃない」
「それはそうだけどさ…僕はファリエナが心配だから言ってるんだよ?
だってファリエナが死んじゃったら僕、どうすればいいのかわかんないよ」
「レステア……」
ファリエナが普段見せないような表情をした。
「ファリエナがいなかったら、どうやって起きればいいんだよ……」
「……」
…あれ?
僕、地雷でも踏んじゃった?
「…レステアァ!」
クリーンヒット。
どこを蹴られたのか認識する前に、僕の視界はフェードアウトしていった……
気がつけば部屋の中。 多分、ファリエナが運んでくれたんだろうな。
「感謝しときなさいよね」
「自分で気絶させたくせに」
と言うと、ファリエナが怒るのでそのまま気がつかないフリをして起きた。
すると、なぜかファリエナがまた普段見せないような表情をした。
「大丈夫? さっきの、結構痛かったでしょ?」
「…?
特に感じなかったけど……」
一応、補足しておくと「感じた」というのは、そういう意味じゃない。
…考えすぎかなあ……
「だってほら、レステアの…その……」
久しぶりのような気がする。ファリエナが恥ずかしがっているのを見るのは。
そういえば、今までいろんなことがあってもこんな関係をしてこれたのはファリエナのこの表情と笑顔があったからなのかもしれない。
…だって、かわいいんだもん。
「そ、そこに……」
「そこ?」
そういえばさっきから股が……
「うわあぁっ!」
千年殺しのように後から痛みが来た。
悶える。
一体どんな技使ったんだろ……
「あらら……」
まるで他人事のようにファリエナが見ている。
ファリエナのせいなのに……
そう。いつもこんなときだ。
「レーダーに敵影確認!
雷撃艦二十隻が角度百二十度で接近中!
至急、各乗組員はフェイス2にて待機!」
敵襲なんていうのは。
「行くわよ!」
僕の状態なんか気にせずにファリエナが駆けていく。
「ま、待ってよ……」
走り出した。
日常にけりを付けに。
「敵に捕捉されている可能性は!」
「83%です!」
捕捉されていない・・・と考えてよさそうだな。
好都合なことに、こちらのレーダー技術とあちらのレーダー技術ではかなりの差があることがこれまでの戦闘で分かっている。
ただ、あちらがわは条件によって索敵範囲がかなり上下するらしく、今までの戦闘条件から捕捉されているかどうかを判断するしかない。
しかし、あちらがわはレーダー範囲外にでも攻撃可能のため、油断はできない。
「通常艦隊戦隊形に移行後、第一、第二駆逐艦は左方へ展開、第三、第四駆逐艦は右方へ展開!
準備が整い次第ヴァルキリーを発艦! 敵レーダー捕捉75%時点で生体艦を空間跳躍!
十隻撃沈後、主砲一斉射!」
「了解!
各艦長に伝達してください!」
増援さえなければなんとかなるはずだ。
もっともまだここはG.A.F.の勢力範囲内。
増援はほぼ考えなくてもいいだろう。
さしずめ、流れてくる防衛衛星でも撃沈しようと思ったのであろうか。
さて、あと俺がやることはほとんどない。
あいつらが頑張ってくれれば、俺はどうにかなる。
…他人への責任の押し付けだが。
「またいつものやつ、決めてやるわよ」
「今回はF2無しだってさ」
F2……
僕達が乗るヴァルキリーのいわば最終兵器みたいなもの。
ちゃんと狙えば軽く戦艦一隻は撃沈できる。
どれもエネルギーを膨大に使用したり、搭乗者のスキルが高くないと使えない。
「久しぶりに二隻ぐらい潰そうと思ってたのに……」
「ま、仕方ないよ。僕はあんまり使いたくないし」
ちなみに、僕達第一部隊がいつも使うF2は紫電荷粒子砲。
…詳しいことはまた後で。
僕達は格納庫につくと素早くヴァルキリーに乗り込み、ハッチを閉じる。
様々なシステムが起動しながら機体全体が唸りをあげる狼のように振動していく。
「TMOV、接続!」
TMOV……
手短に説明すればヴァルキリーとカタパルトをつなぐただの台みたいなもの。
…ごめん、もう考えてる余裕ないんだ。
「ヴァルキリー、TMOVカタパルトへと移動開始!」
床が下がって六機のヴァルキリーが下りていき、各機が回転しながら移動し、一列に並んだ。
緊張が一段と高まる。
興奮と恐怖が同時に襲ってくる。
「カタパルト発射まで、3、2、1……」
覚悟を決める時間もなく、僕達は凄まじい重力に襲われる。
しかし、最高点に達する前にNGRが起動して艦にいるのと同じ感じになった。
「…ステ……」
こうなると、自分が数分後には光線が飛び交う戦場を駆けていることなんて忘れてしまう。
現実すぎる現実が現実を奪っていく。
「レステア!」
「わっ!」
ファリエナの声で現実へと戻ってくる。
ここは現実だったのだ。
「何ぼけっとしてんのよ!」
「…あ…ご、ごめん」
「…ったく。
各機、通常戦闘時の隊形を維持。
命令までTMOVの解除を禁じます!」
「「「「了解!」」」」
と、いつものように一隻の生体艦が僕達の周りを飛び回りながらやってきた。
「よろしくね、リボリア」
小さくつぶやいたはずなのに、即座にファリエナから通信が入る。
「あんたバカじゃないの?
聞こえるわけないでしょ。SC35のくせに」
そう…僕にはSC能力がない。
SC能力自体は誰でも持ってるものだけど、明確に定められたSC100の基準を上回っていないと能力としては全く意味がない。
でも、もともと今となっては珍しい、純粋な地球人の僕がSC能力なんか持ってるわけがない。
「こういうのは伝えることじゃなくて気持ちだよ。気持ち」
通信が切れていた。
「各艦ヴァルキリー第一部隊は敵レーダー捕捉範囲70%を通過!」
「攻撃の兆候はまだ一回もありません!」
完全に気付いていないな。
今仕掛けてもいいだろう。
「駆逐艦の航行速度を上げ、生体艦を空間跳躍!」
「了解!
各生体艦搭乗員、空間跳躍!」
レーダー上から一気に数百の点が消え、そして敵付近にそれらの点が現れた。
「敵艦、迎撃、攻撃を開始!」
「駆逐艦、及び各艦の攻撃開始!」
「了解!
全艦、戦闘開始!」
「全部隊TMOV解除!
各自攻撃を開始せよ!」
「了解!」
解除を終えた順にレーザーの飛び交う戦場へと飛んでいく。
「部隊機のTMOV解除確認」
「突っ込めぇ!」
ヴァルキリーが言ったのとファリエナが言ったのはほぼ同時だった。
また体が後ろに押しつけられるがNGRで元に戻る。
そう考えた瞬間に周りに表示されている敵艦の一つがカウントダウンを始めた。
「解散!」
そうファリエナが言うと僕たちは中央に穴を空けるようにする。
するとカウントダウンが消え、穴の中をレーザーが飛んでいった。
レーザーはもちろん光速で飛んでくるから撃たれた瞬間に狙われていればアウト。
つまり、撃ってくる前に避ける必要がある。
さっきのカウントダウンはいつ発射されるかが表示されていた。
主砲だったからまだよかったけど、対航宙機用のやつは撃つのに一秒もかからない。
それを避けるには、シミュレーションでは絶対わからない「勘」が必要になってくる。
それさえ修得できれば戦場ではほぼ死ぬことはない。
「私達が引きつけます。撃墜をお願いします」
「了解!」
他の部隊が先に行って雷撃艦の攻撃を受ける。
「直線に赤電で攻撃!」
「「「「了解!」」」」
赤電苛粒子砲を敵艦に向ける。
通り間際に全体に浴びせかける。
レーダー上から一つの巨大な点が消えた。
「やりぃ!」
ファリエナからそれを聞いた直後だった。
「全部隊、攻撃範囲より撤退せよ!」
「ヴァルキリーが撤退開始!」
「全機攻撃範囲より撤退後、即座に全艦主砲一斉射!」
「了解!」
…出た。
「放て!」
周囲から赤色や黄色の光が放たれると、敵艦隊に瞬時に届く。
レーダー上から十数個の点が消えた。
「敵残存勢力無し!
勝利です!」
直後に艦内が沸き立つ。
「ヴァルキリーの収容、生体艦搭乗員の救出はまかせた」
「了解」
「ご苦労だった。君も」
「あ…ありがとうございますっ!」
俺は未だ冷めていない指揮室をあとにした。
雷撃艦二十隻の艦隊。
この艦隊の人員と戦艦をもってすれば他愛もない敵だった。
作戦も最も簡単でそれぞれの特徴を生かしたもの。
小惑星帯でもなければ惑星重力圏内でもない。
勝って当たり前。
だが、ここからは帝国の勢力圏内。
大きな小惑星帯は四。
惑星は十七。
機動要塞は確認されているだけで四十。
地球が属する太陽系とシィーアが属するジシル系、二つの星系を足した数を既に超えている巨大な星系。
それに今からたった四十三隻の戦艦と五百十二隻の生体艦で挑むことになる。
最低限、敵の主星ファーリルに着くまでに越える必要のある小惑星は二つ、真っ向勝負になる惑星は一つ。
帰還してもいいことにはなっている。
所詮は「第一」侵攻艦隊。
だが、せめておおまかな戦力は把握しなければならない。
それまでに俺ができることは一つ。
レイを…いや、この艦隊を守る、精一杯のことをすることだけだ。