表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1私の狐  作者: 川本千根
第一部
6/51

行こう、繭

するどい!

実は今日何を着てくるかで迷った


店員さんに声をかけられた日は着古した黒のカットソーにユニ○ロのデニムを履いてた


なんだか誘われたことを喜んでるように見られたくないと思って今日もあの日と同じような格好をしてきた

だけど値段が違う


今日の黒のサマーセーターはあの日着ていたものの倍の値段

着るのも今日が二回目の新しいやつ

デニムも今日のはブランド物だ


黒のトップスにデニム

この姿をおしゃれしているとは思わないだろう


だけど私なりに今日はおしゃれしている

ちなみに履いてるコ○バースの白のスニーカーはあの日と同じものだけど洗って乾いたばかり


なんだかせっかく勢い良く断ったのにその裏の誘われたことに対する微かな気持ちの華やぎのようなものを見透かされたようで恥ずかしくなってきた


私はただ店員さんが私の名前を知ってたわけが知りたかっただけで…

ただそれだけで…


いい、この質問には答えず席を立とう

と思ったけど、やっぱり体が動かない


私はひどく困り果て動揺していた


「なんだか泣きそうな顔してるな」


「こんなとこで泣かれても体裁悪いから…出よう、家に行こう近いんだ」


「もう少し口説きたいし」


そう言って店員さんは肩がけのバックに巻物をしまい、トレーを2つ重ね手際よくコーヒーカップを返却台に返してから席に戻ってきた


「行こう、繭」


と言われたとたん私は体が軽くなり立ち上がることができた


この人…絶対心理学か睡眠術を学んだ人だ

そうじゃなきゃこんなに操られるように後ろをついて歩いたりしない、私


戸惑いとわけのわらない怖さで手先が冷たくなってきた





店員さんの家はほんとにアピ○の近くだった


共に歩いた道は車がスピードが出ないように定期的にクランクのようになっている


その道を北に五分も歩かず店員さんの家についた


閑静な住宅街の中にあるブロック塀に囲まれた、こじんまりとした古い2階建ての家


家の手前に小さな庭があってその真ん中に玄関まで小石が敷かれている

その両側は観賞用の草花や雑草が入り混じって繁っている

家の右手には梅の木が植えられている

引き戸の玄関の扉の横の壁には小さい錆びた郵便受けが打ち付けられていて側には焼き物の傘立が置いてある


なんだか全てが古くさい


年代的には私の住んでた家のほうがきっと古い

けど私の家にはもっと重厚感があった


マジか…

私、ほんとにこの人の家についてきちゃったよ…




「ばあちゃんただいま」


と言いながら店員さんは玄関の引き戸を開けた


パタパタとおばあさんがスリッパの音をたてて奥から出てきて、私を見て「あらあら」と言った


「彼女連れてきた」


彼女じゃないっつーのと心の中で突っ込む


「二人で過ごしたいからお茶とか持って来ないで」


環さんはおばあさんにそう言った後振り返り


「繭、上がれ」


と私に声をかけた


なんとなく頭がぼうっとしていた私はなぜか素直に靴を脱いでしまった


なんで…拒否しないんだろう私

自分が理解出来ない


おじゃましますと言って上がるべきなのだろうけど、私はただペコリとおばあさんに頭を下げた

おばあさんもペコリと頭を下げた


私はなんだか夢遊病者みたいに店員さんの後をついて狭い少し急な階段を手すりにつかまって上った


キシキシと踏み板が鳴る


上がった先には小さな踊り場があって変色した襖の戸が2つ


二階は二間なんだ…


店員さんはその手前の襖を開けた

ここが店員さんの部屋?


うわあぁ…


六畳間に布団がひきっぱなしになっている


日に焼けた畳の上にシーツのかかってないオレンジの地に黄色や紫の大きな菊の模様の古い昭和っぽい敷布団

その上にクシャッと薄い掛け布団

掛け布団は白いカバーがかけられている


あとは本が何冊か乗ってる折りたたみ式の小さなテーブルが布団の際に置かれているだけ


突き当りのくもりガラスの窓からの光がなんとも言えない気だるい雰囲気をこの部屋に与えている


なんだろう少しだらしない感じの光景だろうに、この部屋人の暮らしている気配がしない…

テレビもパソコンもないからだろうか


突然頭の中に雛の言葉が蘇ってきた


「ショッピングセンターのスタバーなら人目があるから安心だし」


人目があるから安心…


さっきの店員さんの言葉も


「二人で過ごしたいからお茶とか持って来ないで」


思わず入りたくないって心の中で叫んだのに体はこの部屋に吸い込まれていく



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ