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1私の狐  作者: 川本千根
第二部
51/51

繭の見た夢

あれ…


ここはどこ?

私は誰?


いやいや私が誰かはわかるぞ。

私は萩原繭だけど、ここはどこ?

なんかすごく濃い霞がかった世界。

天…国なのかな?


え、うそ!私ほんとに死んだの?!と動揺する。


しばらくすると霞が晴れて私の目の前になにやら三角のモノが2つ見えてきた。


なんだこれ?


ピクッと目の前の三角のモノが動いた。


あ、あ、これ!

狐の耳じゃん。


すっごい至近距離にいつも夢に出てくる狐がいた。

息がかかりそうなくらい近くに。


狐は背後の私に全然気づいていない。

いつもの通り二足歩行で木になってる葡萄を物色してる。


あ、私今夢見てるんだ。


よし、それならば…

今日こそこいつを捕まえてやろう。


私は忍び足で狐の跡をつけた。


狐が立ち止まり手頃なところに成ってる葡萄に手を伸ばしたかけたとき、私はすかさず腕をムチのようにしならせ狐の首に巻き付けた。


キュウ!と狐は驚いた声を上げた。


しゃあっ、首をしっかりホールドした。

狐のフサフサの喉元にガッチリ腕が食い込む。



あれ…?

あれ、あれ?


私、この狐の喉元の肌触りに覚えがある…


あ、あ、あ、こいつ!


この狐の正体は!


締め上げられ苦しそうな声を上げてバタバタしていた狐が急に静かになってグダっとした。


あ、やばい、落ちた?と少し喉に巻き付けた腕をほんの少し緩めたらその隙に狐は下にくぐりぬけようとした。


うっ、演技しやがって!


「動くんじゃないよ!アンタも散々私の首をこうやって締めたよね、環さん。いや、お弁当箱って呼んだほうがいい?!」


私がもう一度首を締めあげながらそう言ったら狐のはキュウウ…と困ったような声を出して鳴いた。


はいはい。思い出しましたよ、私っ!いろんなことをっ!

今いろいろ不思議に思っていた一つ一つの点が全部つながった!




「ねえ、私あのとき言ったよね?二度と会いたくないって

なのになんでまた私の前に表れたの?

ってかあれからまだ十年くらいしか経ってないじゃん。

アンタ、眷属としての仕事は?」


「キュウウ…」


「女はね、仕事に生きる男が好きなんだよ?

仕事サボって葡萄(女)物色してんじゃないよ!」


「キュウウ」


「なんで…また私の前に現れたの?

あのとき私に稲荷ずし差し出したの?

まさか…上手に作れるようになったから私に食べさせたかったなんて言うんじゃないでしょうね…」


涙声の私のこの質問に狐の耳はピクッとした。


「もしそうだったら…ちょっと喜んじゃうところだけど…


アンタ私に会いにくる前に雛に会いに行ったでしょ!

でも雛が妊娠してるの見て諦めて私のとこに来たでしょっ?!

そういうの超ムカつくんだけどっ」


私は狐の後ろにいたので、狐の表情は見えなかったけど、多分ふんって顔をしているような気がする。


環さん、歩が悪くなると逆ギレするところがあったから。


ほんとムカつく。

もう少し締め上げてやろうか?

そう思い私は狐に絡めた腕に力を入れた。


「どうよ?私力強くなったでしょ。肉体労働で鍛えてきたからね。

…私はね、環さんに作ってもらったサンドイッチが好きすぎてサンドイッチ屋を開いちゃったんだよ。


そこに至るまではほんとに大変だったんだからっ。


なんで自分が社会のレールから外れててこんなにサンドイッチにこだわるのかわからなかったし、心の中がいつもスースーしてる原因も分からなかった。


ねえ、もっときれいさっぱり私の記憶を消すことはできなかったの?

私の心はあれからずっと環さんと別れた悲しみが支配していた。

私はそれに苦しめられてきた。


環さん別れるとき散々私のことディスってくれたよね?

未熟だの、格が低いだの。

あのときはその言葉にずいぶん傷つけられたよ。


でも今は…

それがなんだっつーの!って思っている。

自分の価値が見いだせなかった大学生の時も、地域社会に溶け込む店の主になった今も私は同じように足掻きながらも一生懸命生きている。


自分の価値は自分が決めるよ!

環さんに決めてもらう必要はないっ!


あのとき環さんが散ってしまうことになったのは私のせいじゃない。

環さんの気持ちの問題だったんじゃない?


ただ、私のことより雛が好きだったってことだよね?

それを…なんか私の問題みたいにすり替えたてっ! 


あのとき環さんが上手に私の記憶を消してくれなかったせいで私の人生は軌道を大きく外れたよ。

意識のうんと底にあった環さんとの思い出での断片を地図にして環さんを求めて今日まで一人歩いてきた。


環さんが作ってくれたサンドイッチは心のよりどころであるのと同時に人生の足枷になった。


なんだかすごく囚われちゃって…


私が店を開くまでどんなに頑張ってきたか…苦労してきたか環さんわかる?!」


そう叫んだら少し狐がうなだれた。


「私…お弁当箱が店に来るのずっと待ってた。

稲荷ずし食べさせてもらったとき、環さんの魂の匂いを嗅いでしまったから…

どんなに違った容姿に化けても、お弁当箱からは環さんの匂いがした。

記憶がなくてもその匂いに私の心はときめいてしまった。

だからあれ以来お弁当箱に会いたくて会いたくて…


ちょびちょび稲荷ずし持って私の前に現れたくせに、どうしてその後店に来てくれないの?


ほっこりの里で会ったとき、どうして逃げたの?

どうして私に対してあんなに冷たい態度をとったの?」


そう責めたら狐はブイっと斜め上を向いた。


あ?こいつ今お前は二度と会いたくないて言ってたじゃないか、二度と関わりたくないと言ったのはお前じゃないかって思ったな?

俺は悪くないって。


さては私が前に言ったことを未だに根に持ってるな…


このアホ狐。

屈折した女心を少しは推察しろ。


狐はカジカジと私の巻き付けた腕をかじりなんとか逃げようとしている。




バカ、逃がすか。

二度と。


もし逃げられてしまっても私は何度でも追いかけて捕まえる。

環さんが誰を好きでも、どんな姿で現れようとも。


だってあなたは私の…だもの。












『私の狐』おわり

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