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1私の狐  作者: 川本千根
第二部
47/51

ラッキー

思いがけないことが起こった。


ラッキーなことに夕方のローカル番組でうちの店を取り上げてもらえたのだ。


タレントが街を探索するコーナで、「あ、こんな住宅街に店がある」とふらり寄ってくれてTVで紹介された。

あれってほんとにアポ無しなんだね?


放送日の後は一時的にお客さんが爆発的に増えた。


二ヶ月たった今は落ち着いたけど、コンスタントに50個くらいのサンドイッチが売れるようになった。

近所のショッピングセンターに来たついでに寄ってもらえてるみたい。


先月の売上は30万あった。

それだけあると家賃が払える。

少しだけど私の給料もでる。


ま、油断はできないからバイトは続けてるけど。




さて、店が軌道に乗ってくると心配なのは…

この家のおばあさんの寿命だ。

ここで店を続けるためには死なれちゃ困る。


ちょっとおばあさんの健康状態が気になったので、確認のため店を閉めたあと、ほっこりの里に顔を出すことにした。

今日は夜のバイト入れてないから。




小関さんと行ったときのように名簿に名前を書いて、職員さんに声をかける。


今日はおばあさん自分の居室にいるそうで二階の部屋番号を教えてもらった。


はて、どちら様?って言われるだろうなーと予想しながらドアを大きくノックする。


「どおぞ」と中から声がしたので「失礼しまーす」とドアを開けた。


おばあさんは私の顔を見て「あら、繭ちゃん」と言った。

けれど私はおばあさんに挨拶ができなかった。


あまりにも、驚いて。

おばあさんのベットの横にいた人の姿に。


ベットの横に立っていたのは…

お弁当箱だった。


上は半袖の白のポロシャツ着て、下は鼠色の作業ズボンみたいなのを履いていた。


お弁当箱は無表情で私に視線を向けたあと、おばあさんに「じゃあ私はこれで」と言って私が開けたドアからスルリ廊下に出てていった。


…おい…かけなきゃ…


私はいったんおばあさんのもとに駆け寄り、耳元で「また来ます!」と叫びおばあさんの部屋を後にした。


廊下に出たらお弁当箱はもういない。

施設内を走って、走って、玄関を出た車寄せの所でお弁当箱に追いついた。


「待って!おじさん!」


私はお弁当箱の後ろ姿にそう叫んだんだけど、お弁当箱は完全無視してスタスタとほっこりの里の敷地の外に出ていった。


逃さない!

せめて名前を聞きたい!

そしてちゃんと謝りたい!


ほっこりの里の前の道路でおいつきお弁当箱の腕を掴む。

さすがに彼も立ち止まった。 


なんとも言えない緊張感がはしる。

すごい怖い顔して睨まれてるから。




「あの…おじさん、覚えてませんか?私のこと」


「…覚えてる。稲荷ずし食った人」


あ…嬉しいこの答え。…睨まれてるけど。


「前にはすみませんでした。お昼ご飯横取りしちゃって」


「別に」


「あの…お名前…なにさんっておっしゃるんでしょうか。」


「なんで…教えなきゃならないの?」


そう冷たく言い放たれて私は心が折れた。

もともと積極的に人に関わるタイプじゃない。

だけどすごく頑張ってこの人に近づこうとしてるのに!


人通りも車通りも多い道でお弁当箱の腕を掴んだまま私は号泣してしまった。


「わっ、わったしは…ただ謝りたかっただけなのにっ!」


私がどんなにあなたに会いたかったかを知りもせずその冷たい態度はなに?!




なんだなんだと歩いていた人が立ち止まって遠巻きに私達を取り囲んだ。

「別れ話?別れ話のもつれ?」などとヒソヒソつぶやく周りの声が聞こえてきた。


お弁当箱もさすがにばつが悪くなったのか、人目を避けるために私の手を引いて大通りから脇道に入った。

脇道に入ってからもしばらく私の手を引いて歩いた。

めちゃくちゃ早足で。


泣きながら歩いたので息が切れてくる。

心臓もひどくドキドキしてる、手…つないでるから…


自分の荒い呼吸音と8月末に頑張って鳴くセミの声が頭の奥で響き渡ってる。


三十メートルくらい歩いたところで、息切れした私の手をぱっと放してお弁当箱は「じゃあ」と言ってくるっと方向を変え走って再び表通りに逃げていった。


…っ

逃がすかっ!


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