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1私の狐  作者: 川本千根
第二部
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雨降り

6月に入り日曜定休にしたとたん、疲れがどっと出て毎朝起きるのが辛い日々が続いている。


本当は日曜日はファミレスとかで働こうとおもっていたんだけど、無理。

約二ヶ月間休みなしで働いてきたツケが回ってきたのかもしれない。


親は私が日曜家で過ごすのを喜んでるけどね。雛も。




「繭〜夜はお父さんと三人で、回らないお寿司食べに行かない?」とソファーに寝転がる私にお母さんが提案してくる。


「…いいよ、もったいないから回るお寿司で」


「いや、お母さんいい雲丹うに食べたいし…あんたもずっと休みなかったから、全然一緒にご飯食べられなかったじゃない?ね、久しぶりに梅寿司行こうよ」


「はあ、じゃあまあいいよ」


そんな会話の後、お母さんは梅寿司にいそいそと、予約の電話を入れた。




お母さん、ほんとは私にいい雲丹食べさせたいんだよね…

最近、私が痩せたの気にしてたから。

私、ホントみんなに心配かけてる…

今だけのことじゃなく、将来のことも心配してんだろうな。


申し訳ないな、不安定な生活を選んじゃって。

でも、お店に関して言えば希望の光もちょっと出始めている。

近くの竜雲寺からたまに大量注文が入るようになったのだ。


お寺で行われる茶話会のお茶請けに、うちのあんバタサンドをローテーションに入れてもらえるようになった。

そして竜雲寺で食べて気に入ったひとが店に買いに来てくれたりもする。


竜雲寺の奥さんがうちのサンドイッチを食べるきっかけを作ってくれた小関さんに感謝感謝。


小関さん…老後の面倒…は無理だけど、風邪ひいたときくらいは面倒見ますからね!

なんかあったら言ってくださいって言ったら、小関さんは私はここニ十年くらい寝込んだ事がないよって笑った。


うん、やっぱり元気なおばあさんだ。


うちの店は近所のおばあさんたちに支えられている。

おばあさんの支持を得られた要因の一つはパンだと思う。

野菜や小豆や牛肉は厳選してるけど、パンはふつーにスーパーで売ってるやつを使ってる。

だから食べ慣れた味に感じてるはず、おばあさんたちは。

年寄りは食べ慣れたものを好むからね?


あ、おばあさんといえば…この家のおばあさんは元気だろうか。

市内の病院や老人施設で、感染症が流行っているとニュースで言ってた。

そのうちまた様子を見に行ってみよう。




さて、昨日水につけておいた小豆を煮なきゃ。

明日は四十個の注文が入っている。

アンコは当日煮たのより一日寝かせたもののほうがどっしりした味を出す。


アンコのアクを取りながら少し寂しい気がしているのに気づく。

ホントは牛肉のサンドイッチがお薦めなんだけどな…

お客さんはアンバタと他のサンドイッチを組み合わせて買っていくことが多い。


何か…

問題があるのかな。

牛肉のサンドイッチ。


こんなに美味しいのに…

作りたての牛肉サンドを一つ食べる


うん、美味しいや。

なんとも言えない幸せを感じる味。


おばあさん中心の店だからこれが売れないんだろうか…

それとも何か根本的な原因があるのかな…


考え込んでるうちになんだか泣きたくなってきた。

商売が上手くいかないからじゃない。


上手くいかないのは覚悟していた。

そうじゃなく、そうじゃなくって私はなんかずっと悲しい。


いつも悲しい。


いったい何が原因なのか分からないけど。




泣きそうになった私の鼻先に埃っぽい匂いがしてきた。

あ、この匂い…


雨の降り始めの匂いだ。


台所の窓を開けてみたら、やっぱり雨が降っていた。


…大降りになるといいな…

雨の日はお客さんこなくなっちゃうんだけど、工事もきっと中止になるよね?


来ないかな…

お弁当箱…


やだな…

今まで恋愛にうつつをぬかす人たちを散々バカにしてきたのに、いざ自分が恋を知ると、仕事より恋を選ぶダメウーマン…


雨が嬉しい。

ほんの少し希望がもてるから。




その日は降水予報30%とは思えないほどの大雨になった。


そしてお客さんは全く来なかった。

もちろん、お弁当箱も。


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