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1私の狐  作者: 川本千根
第二部
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人違い

知らないおばあさんにいきなり名前を呼ばれて面食らった。

小関さんも不審な顔して私を見た。あんたたち知り合いだったの?的な。


私は首を振る。


小関さんと私は目を見合わせて一つの結論を出した。

多分人違いしてるんだと。


「あら、繭ちゃん、髪型変えたのねぇ。いいわ、そっちの方が」とおばあさんは私の髪型を褒めた。

そして小関さんの方を向いて「あら、静ちゃんと繭ちゃん知り合いだったの?」と言った。


「この人はね、お宅でお店始めた人。

咲子ちゃんに聞いてない?

大家さんに挨拶しておきたいっていうから連れてきたのよ。

律儀でしょ、今時の若い子にしては」


「ああ、そういえば、咲子が、家の借り手がついたって喜んでた。

そう

…あなたが借りてくれたの。

わざわざ来ていただいて悪いわねえ…なにさんっておっしゃるの?」


いやいや、おばあさんさっき繭ちゃんって…


「…美代さん、さっき繭ちゃんって呼びかけてたじゃないの」と私の代わりに小関さんがつっこんでくれた。


「あらそう…

繭さんっておっゃるの…」


うーん、ちょっと前のこと速攻忘れてんじゃん。

まだらボケのレベルかなあ。


小関さんがひそっと私に「今日は頭の調子の良くない日みたい」と耳打ちしたので、私は挨拶の後お土産だけおばあさんに渡して、『ほっこりの里』を出た。


小関さんは『ほっこりの里』に残った。

話してるうちに頭がはっきりしてくることもあるらしいのでもうすこしここにいると言って。




その晩、バイト先の居酒屋での私のミスは多かった。

注文聞き違えたり、お客さんにおしぼり出すの忘れたり。


私は昼間の出来事を引きずって、仕事に身が入らなかった。

あのおばあさんに繭ちゃんって呼びかけられたのが、なんか気になって。


繭なんてありふれた名前じゃないのに…あのおばあさん、繭って名前の知り合いがいたんだ…

いったいだれと勘違いしたんだろう、私の事。


もう一つ気になったのは髪型のことを触れられたことだ。


実は私、デコっぱちなのがコンプレックスで長年おでこを前髪で隠してきた。

けど、食べ物商売するんで、清潔感が大事と思って前髪を横に分けてピンで留めるようにしたんだよ、最近。


あら、髪型変えたのねって…

なんだか本当に私の事知ってたんじゃないかという気にさせられる。


でも…

知らないおばあさんだったよな…


うーん。


う〜ん。


「繭ちゃん!三番テーブル早く片付けて!」


「あ…ハイッ!」


まずいまずい、またぼーっとしてたよ。

しっかりしなきゃ。




モツ鍋と広島風お好み焼きが人気の居酒屋で、私は十年近くバイトさせてもらっている。

ここは福岡出身の大将と広島出身女将さんの人の良さが時給に反映されている。


家の近所でこの夫婦が居酒屋を開いてくれたのはラッキーなことだった。

仕事が終わって徒歩5分で家に帰れる。


この店クビになったら困る。

時給が良くて、まかない美味いこの店を。




その日は家に帰ったのは12時過ぎだった。

だるいけど、お風呂に入る。


もう何もする気になれなくて、髪を乾かしてすぐベッドに入った。

ミスをした日は普段の何倍もの疲れが体を襲って来る。


少し気分を変える必要があるな。

そう思い私はベッドの中でスマホをいじり、雛が贈ってくれた赤ちゃんの写真をチェックした。


はぁ、かわいい。

かわいすぎる。

ほっぺプクプク。


この赤ちゃんの名前は絹と言う。


今どきちょっと古めかしすぎない?

絹って…

そう思ったけど口には出せないわな、妹夫婦が娘につけた名前に。


直くんの話によると、私の繭と言う名前つながりで雛がつけたらしい。

どんだけ姉好きなんだって直くん、苦笑してた。


絹ちゃん…

夜泣きしないでぐっすり眠りなね。


おばちゃんも、もう…寝る。





…ちゃん


繭…ちゃん


スイカ…たの…ね…


お腹…く…なっちゃっ…の…


気をつけて…帰り…さい…ね…




翌朝。

今ひとつスッキリ起きれなかった。

なんか懐かしい夢見てたような気がする。

内容はよく覚えてないけど。


ああ、ぼーっとしている時間はない。


着替えてきつね屋に行かなければ

行って美味しいサンドイッチ作らなきゃ。


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