お隣さん
売れない。
このニ週間、サンドイッチが三十個売れた日は一日もなかった。
ひどい日は十個も売れなかった。
特に牛肉のサンドイッチが売れない。
そして好調なのはやっぱりあんバタサンドだ。
好調と言ってもたかがしれてるんだけど。
店の隣の家に住む小関さんが三回ほどこのあんサンドを買いに来てくれた。
小関さんは一人暮らしのおばあさんで近所には娘夫婦が住んでいる。
年金暮らしの彼女は暇をもてあましていて、サンドイッチを買いに来るというよりは、世間話をしに来てついでにサンドイッチを買って帰るって感じ。
「ほら、この家の美代さんが施設に入っちゃったじゃない?
そしたら私もなんだか寂しくなっちゃって…
娘は一緒に暮らそうって言ってくれてるんだけど…
ふふ、それは口だけで、ほんとはそんな気ちっとも無いっていうのはわかってるからねえ?」
「そんな…」
「いや、ほんとなのよ。
まあ、私も人の世話になりたくないから別にいいんだけど」
「小関さんはこの家のおばあさんとは仲が良かったんですね?」
「うん、美代さんいい人だったの。
年は私より十上だったんだけど、あの人割りとハイカラだったから話が合って」
「へえ〜」
「あの人、イケメン好きだったのよ〜」
「へええ〜」
「若い人が見るようなドラマも見てたのよ」
「へえ〜そうなんだ」
少しこの家のおばあさんに興味が湧いたところで玄関に人が入って来た。
「あら、珍しい。繭ちゃんお客さんが来たわよ」と小関さんが言う。
…珍しい言うな。失礼な。
ふふ、でもホントのことか?
このときのお客さんは近所の小さな診療所に勤める若い看護師さんだった。
前にも一回来てくれたことのある。
「この辺コンビニ近くにないでしょう?お弁当持ってこない日のお昼はアピ○に買いに行ってたんだけど、アビ○広いから買い物に時間かかっちゃって…
ここにお店できて助かってます」
と言ってハムサンドと野菜サンドを注文してくれた。
ショーケースからサンドイッチを取り出し紙の袋に入れて手渡す。
小さな玄関に一つ置いた丸椅子に座っていた小関さんが「お姉さん、この店、あんこのサンドウィッチも美味しいよ」と彼女に声をかけた。
彼女はちらりとショーケースの中のあんバタサンドを見て「カロリー高そう…」と小さくつぶやき、肩をすくめた。
大丈夫ですという言葉の代わりに。
看護師さんが店を出てから小関さんも「今日はたまごサンドにするよ」と言って、たまごサンド一個買って帰って行った。
小関さんから大量注文が入ったのは四月の終わり頃。
小関さんは近所のお寺の御詠歌のサークルに入っていて、今月はそこのお茶当番なんだって。
お茶受けはお茶当番が用意するらしい。
そのお茶受けに小関さんはうちのあんバタサンドを選んでくれた。
その数なんと13個。
なにせあまりに売れないので一日に作るサンドイッチの数を20にしたばかりの私には嬉しすぎる数。
持つべきものは顧客様だ。
オープンして一ヶ月、小関さんはきつね屋の立派な顧客様になってくれていた。
顧客様は他にもいる。
そう、やっぱり近所のおばあさんたち。
この地域は新築の家とけっこう古い家が混在しているて、昔からここに住んでるおばあさんたちがたまに買いに来てくれてる。
美味しいけど高いわねぇ年金暮らしだからそうしょっちゅう買えないわあと言いながら。
今日は牛肉のサンドイッチが珍しく売り切れた。
買い物行くのが面倒くさくなった近所のおばあさんが「今日の夕飯は味噌汁とここのサンドイッチにするわぁ、おじいさんがそれでもいいって言ってるから」と言って買っていってくれたりして。
物事って自分の思った通りに進まないな…とつくづく思う。
ほんとは店構えや味的におしゃれ女子に受けるんじゃないかな?なんて自分では思っていたんだけど、蓋を開けて見たら掴んだのは近所の高齢者の心。
いや、掴んだとまではいかないな。
数的に売れてないもの。
さて、この一ヶ月店は無休でやってきたけど、定休日を作らねば。
体がしんどい…というよりは、バイトがしたい。
夜の居酒屋のバイトだけではこの店の赤字を埋められない気がする。
休みにするなら…
やっぱり日曜日だよな…
店に一番客来ないし、バイトの時給いいし。
うん、5月いっぱい告知して、6月からは日曜休みにしよう。
あ、工事やる人の休みって…日曜日だよね…
万が一お弁当箱が店に来るとしたら日曜だよね…
…
おっと、何考えてんだか私。
お弁当箱はこの店にはきっと来ない。
どんなに待っても。
だって頭のおかしい女の作ったサンドイッチなんか食べたくないだろうから。
よし。
日曜休み、決定。




