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1私の狐  作者: 川本千根
第二部
37/51

古い民家

涼子と別れてから私は自分の店を開業する予定の古い民家に向った。



サンドイッチ屋さんをやりたいという夢はあったけど、開業はもう何年か先の予定だったし、場所については漠然と商店街の空き店舗を借りようかな?と思っていた。


けれどたまたま不動産屋さんの店先で見た民家の情報になんとなく興味を持ち、現地に行きその家を見たら、ひどく気に入って、この家の玄関にショーケースを置いてサンドイッチ屋さんを始めよう!と瞬間的に決めてしまったのだ。


で、家をお借りすることになった。


敷地面積三十ニ坪、建坪二十坪の小さなその家には高齢のおばあさんが一人で暮らしていたらしい。

でもそのおばあさんは認知症が進んでしまったので施設に入ることになった。


おばあさんの娘さんはその費用の足しになればと思い家を家財付きで貸し出すことにしたそうだ。


借りるに当たっての条件は、もしおばあさんが亡くなったら契約を打ち切ること。

娘さんは相続したらこの家を壊して土地を売るつもりなんだって。

娘さんと言ってもうちのお母さんと同じくらいの年だけど。


築五十数年、いつ返すことになるかわらないこの家をリノベーションするのはもったいないかな…とも思ったんだけど、保健所の許可下りないと嫌だから、台所だけは自腹で改修させてもらった。


あとはどの部屋もガンガン噴煙防虫剤を焚かせてもらった。

衛生管理には気をつけたいもの。


昨日念のためにもう一度全部の部屋で焚いた。


この家にあるものは自由に使っていいわよなんて言われたけど高枝切り鋏以外特に使えそうなものはない。


押し入れには布団なんかも入っているけど、他人が使ってたそんなもん使う気になれない。

ただ、二階に置いてある大量の漫画だけはたまに読ませてもらおうかな?なんて思っている。




古い民家に着いた私はブロック塀の内側に自転車を置いた。

この家に門はない。

ただ道路に面した塀の中央が2間ほど途切れている。


敷地の奥側に家が建っていて、手前には小さな和風の庭。

その庭の真ん中に塀の切れ目から家に続く短い砂利の道がある。


塀の内側に沿って植わっていた金木犀や橘の木や、家の手前にあった梅の木はどれも手入れが行き届かずボサボサしていたのを許可を得て刈り込ませてもらった、この家に置いてあった高枝切り鋏で。




庭の中の道をじゃりじゃり歩き、玄関の鍵を開ける。

玄関の扉は引き戸だ。


広くもない玄関の三和土には外に向けて小さな冷蔵のショーケースが置いてある。


その横から靴を脱ぎ体を斜めにして家に上がる。


ふ、この家を雛に見せたら、なんでよりによってこんなボロい家で?って言ったっけ。


確かにそうだよね…古民家というほどの歴史や風格のない、ただ古いだけの安普請の家。


でも、気に入っちゃったからな、ここが。

家はボロだけど店として使うのは玄関だけだし、小さな庭はそれなりに利用価値がある。


晴れた日はこの庭に置いた2つのベンチでサンドイッチを食べてもらうのもいいんじゃない?


そんなことを思いながら掃除機を持って各部屋を回る。

虫の死骸とか落ちてないかをチェックしつつ。




一階のおばあさんの部屋と居間はガッツリ生活臭が残っていて、あまり入る気になれない。

けど二階にある二間は割と気楽に入れる。


階段登った手前の部屋は何もない。

ただ古いテーブルが脚をたたんだ状態で壁に立て掛けられているだけ。


私、ここを休憩室に使うつもり。


この部屋の隣は本棚だけしかなくて、そこにはぎっしり漫画本が詰まってる。

始めてにこの部屋に入ったとき、奇妙なモノを発見したんだよね。


巻物?っていうのかなあ。

うん、巻物。

なんか古そうな巻物が漫画の上に置いてあったの。


なにか大切なものじゃないかなと気になったので娘さんにきいてみた。


この部屋の漫画は自分が集めたものだけど、巻物は知らない、多分おばあさんが骨董市とかで買ったものじゃないかなと言っていた。

おばあさんはそんなもん知らないって言ったらしいけど。


きっと忘れちゃったんだろうね、かなりボケてるらしいから…


でもおばあさん、長生きしてくださいよ?

あなたの寿命に私のお店の運命かかってますから。




このお店で売るのは五種類のサンドイッチと、牛乳とコーヒー牛乳だけ


牛肉のサンドイッチは一個三百円

卵、野菜、ハム、あんバタは二百円


「一切れ三百円は高い!誰が買うのそんなの?」って雛には言われたんだけど、私のサンドイッチ屋はこの牛肉のサンドイッチがメイン商品。

妥協せず、味の追及をするためにはどうしてもこのくらいの代金を頂かないと…


調理師学校時代の友人には「ねえ、なぜに焼肉?ローストビーフじゃだめなの?」って言われた。


外野、うるさい。

この牛肉のサンドイッチは焼肉をミミの付いたバンで挟むガッツリしたものに仕上げたいのだ。


ローストビーフなんて論外、論外。


バイト先の居酒屋の人たちには「店の名前が『きつね屋』って…蕎麦屋かっ」って突っ込まれた。


まあ、確かに。

これには反論できない。


この蕎麦屋とか和風小物の店っぽい名前は超適当につけた。


この家の近くに小さーいお社がある。

そこに小さい白い狐の陶器の人形が置かれていた。

それを目にしたとき、あ、店の名前きつね屋にしようって何気なく思ったんだよね。


たまに夢に出てくるあの逃げ足の早い狐は関係ない。

うん、関係ない。




私はサンドイッチ屋を生業にするつもりはない。

一生フリーターとして生きていくつもり。


だからサンドイッチ屋の営業時間は11時から2時までの3時間だけ

夕方からは今までどうりバイトする。


これから開くサンドイッチ屋はあくまでも私の作る美味しい牛肉のサンドイッチを誰かに食べてもらいたいがためにやる道楽のようなもの。


けっこういるよね?趣味にお金と労力をつぎ込む人。

私もそんな人たちの仲間。


結婚は多分一生しないと思う。


だってあと何日かで三十になるけど一度も恋愛とかしたことないもの。


過去1回だけ居酒屋のバイトの先輩に口説かれたことがあったけど、全然付き合う気にならなかった。


まあ、世の中には物好きな男がいるもんだと思ったくらいで。


心が柔軟な若い時に恋をしなかったんだからこれから先も人を好きになるコトなんかないんじゃないかな。


…きっとない。


だからこそ私には必要なのだ。

恋愛や結婚や子育ての代わりになる、生きがいのようなものが。

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