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1私の狐  作者: 川本千根
第一部
25/51

聞くか?

マジでヤバイ


同好会の小冊子に載せる小説の締め切り、夏休み明けなのにまだ全然かけてない

小説を書けてないだけではなく、最近本も全然読んでない

中学のころから月三冊くらいのペースで読書してきたのに、環さんと出会ってからの私の読書量はゼロ…


夏休みに入る前の提出物もぎりぎり合格できる程度のクオリティだったし…

私、地味に身を持ち崩してる気がするよ

今までの自分を失ってるっていうか…


まずいまずい

どこか一人になれる所探して書かなきゃと思うものの、つい足は環さんの家に向かってしまう


今日も…

来ちゃった


しょうがないよね?来ちゃったもんはと、心の中で言い訳をしながら部屋に入ると、環さんがえらいハードルボイルドな顔をしてこっちを向いた


いつもの少し脱力したような表情じゃなくて顔に力が入っている

なんかすごい眼力

見ればテーブルの上には数冊の漫画


ゴル○13だ


ぷっ

面白い

影響されてる


「あはは!環さん、その漫画は参考にしないでよ?」って笑ったら、すごい眼力のまま「わかった」って言ったものだから、余計おっかしくなっちゃって爆笑してしまった


すでに手遅れ!


環さんはなんで笑ってるんだ?って怪訝そうな顔でこっちを見た

そんな環さんに声をかける


「…ねえ環さん、たまには外でよ?」


この人の正体は狐だけど、せっかくイケメンに化けているんだから、ちょっと見せびらかしたい


あーはいはい

馬脚表しました〜

私はそんなこと考える俗物ですよー


ビバ俗物 

俗物で何が悪いっ

今まで高尚な人間気取ってきて申し訳ありませんでした〜

と開き直ってみたりして


低俗な偏屈女

自分をそう認めてしまえば、楽に生きられる

うん




真夏のジリジリする日を浴びて私たちは歩いてア○タに向かった

アピ○内のスタバーでお茶しようと


「おばあさんに日傘借りてくればよかったな〜」


「暑〜」


「これだけ暑いと暑さを理由にいろんなことを怠けられるよね?」


「ねぇ環さん、環さんも神様のお使いの一種でしょう?」


「あの…いいの?…お仕事しなくて」


「リストラとかされない?大丈夫?」


歩きながらそんな質問をしたら横を歩いていた環さんは、少し私の前に行って振り返えり「繭は…小さいなぁ」と言った


なにそれ?

答えになってないじゃん

それに私身長160あるよ、女子としてそんなに小さくないよ


あ…人物として小さいってことかな

小物…

はい、否定はしません


でも…

私を選んでくれたんだよね

なんとなく私のことが好きなんだよね?


最近は別れ際名残惜しそうに私を見るし

家にいるときはとにかくひっついて来るし

相変わらず匂いかいでくるし

前よりは笑ってくれるようになったし…


好き…なんだよね?


「なに?」と環さんに尋ねられ、自分が環さんをガン見していたことに気づく


「何でもない、早くアピ○行って涼も?」


そう言って私は環さんの手を引っ張り早足で歩いた

うわ〜私らしくない女子っぽい言動と思いつつ




アピ○のスタバーでは環さんがアイスココアとワッフルをご馳走してくれた

無職の環さんにご馳走してもらうのは心苦しいけど、ありがたくご馳走してもらう

なぜなら新しい服や靴買っちゃって今月は少しピンチなので


今日着ている服もその一着

いつも通り黒だけど袖には黄色い花が縦に刺繍されている

…黄色似合うっていからさり気なく取り入れてるんだよね


環さん…気づいてくれているかな…?


うーん

それにしてもここのスタバーっていつも混んでるな

なんか初めてここでお茶したときのこと思い出す

あの日も平日だけど混んでいたっけ


「環さん、なんだかここすでに懐かしいよね」


「あの席で環さん私を口説いたよね?」


そう言って私は店の出入り口に近い席からあの時座ったガラスの壁の際にあるソファー席を眺めた

今は老夫婦が座ってお茶している 


環さんもちらりとそちらに視線を向けた

そしてその後「繭、このあと本屋に行ってでデデニーランドのガイドブックを買おう」と言った


ちょっとビクッとする


正直、私、デデニーランド行きたくないんだよね…

行ったら終わってしまいそうな気がする

なにかが


なんだか怖い


「…環さん、ガイドブック買うのは今度にしよう」


「デデニーランドはもっと涼しくなってから行こ?」


そう言ったら環さんは私の瞳をのぞき込み「繭、何が不安?」と訊いてきた


…環さん、やっぱり気づいてるんだ、私の気持


私、正直何もかも不安

ある日突然環さんの前に前の恋人に似た人が現れないかとか、急に環さんが消えちゃったらどうしようとか、そんな思うと苦しくて泣きそうになるよ

だけどそれを口にできない

口に出したらほんとうになってしまいそうで


だから環さんの問いには答えず、話題を変えた


「別に」


「ね、おばあさんに頼まれた買い物して帰ろ?」


そう言って私は環さんを促しスタバーを出て、おばあさんに頼まれたスイカを買うために二人で広い食品売場に向った




アピ○からの帰り道、環さんは右手に丸々一個のスイカを持ち、左手は私の右手と繋いでいた


アピ○の東南の正面玄関を出て1分くらい北に歩いたところで、その繋いでいた手に一瞬力が入った

なに?と思って私は立ち止まって環さんを見る


「聞くか?繭」


…何を?


「私のかつての恋の話を」


え、何?急に


「…ヤダ、聞きたくない」


突然の申し出にそう答えたら環さんは


「…弱いなぁ、お前は」


とため息混じりに言った


私は環さんのその言葉にカッとなった


恋人がかつて好きだった人の話を聞きたくないって思うのは責められるようなことなの?

それでなくても環さんは前の繭さんへの想いが断ち切れてない感満載なのに!


「帰る」


感情的になった私は環さんの手を振りほどいて方向を変え、アピ○の前のバス停に向かって駆け出した

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