正直
「環さん、最初から正直に自分の正体を教えてくれていたんだね、私に」
急に不安が襲う
「あっ、ねえっ、おばあさんはどうしたのっ、いないけど」
「まさか、食い殺したりしてないよねっ?」
そう尋ねた私に「今日は老人会の旅行に行っている」と環さんは答えた
それでリラックスして狐の姿をしているのか…
「繭、私を妖怪か何かと勘違いしていないか?」
「え…そうじゃないの」
「私は神の使いだ」
「稲荷神の」
「眷属と言う」
なんか聞いたことある
神社にたまにいるよね対で
「私もともと神に仕える大きな意識の一部だった」
「その大きな意識からちぎれて四百年前に個としての意識を持った」
「?」
「よくわかんないけど…どうして意識がちぎれたの?」
「どうして大きな意識からちぎれてしまったのかはわからない」
「どんなタイミングで意識が生まれて、また消えていくのか自分でもよくわからない」
「多分、私としての意識がない間は眷属としての大きな意識に吸い込まれ眷属として神に仕えているのだろう」
「やはり私と同じようにちぎれて個としての意識を持つものもいる」
「それを繰り返しているものも多い」
「私は四百年前に初めて意識を持った、個としては若く力の弱い狐なのだ」
「こうして空中の原子を集めて具現化するのが精一杯の」
「半年前私は気がついたらこの家の漫画部屋にいた、この姿で」
「本棚にあった漫画の一冊を読み、それを参考に必要な原子を集め人に化けた」
「そして竜雲寺の蔵に忍び込みあの巻物を手に入れた」
「四百年前、繭からもらったものだ」
「繭は流行病でなくなる前にあれをしたため私に託したのだ」
「環さんは癖があるから、次に環さんと関わる人間が困らずに済むようにと」
「繭が死んでからはあの巻物が私を支え続けた」
「繭はいなくなってしまったけれど、私はなるべく長く個としての意識を保っていたかった」
「意識があるかぎり繭どの思いでで心を満たしていられる」
「それでも数年後意識が吸収されるときはやってきた」
「それを予感した私は巻物を竜雲寺の蔵に隠した」
「そしてそれは他の書物とともに現在まで
保存されていたのだ」
私は環さんの話に混乱しつつもスタバーで差し出された巻き物のゴワゴワとした手触りを思い出していた
環さんの前の彼女が残してくれた環さんと付き合う際の注意書き
なんて書いてあったんだろう
読みたい…
けど、意地でも読むもんか
前の彼女からの引き継ぎ書なんて
それでなくても気になってることがあるのに
環さんが私を「繭」って呼ぶときの幸せそうな優しい声
あれって絶対前の繭さんを思い出してる
っていうか環さん、声に出して繭って言いたいがために私と付き合ってるんじゃない?
イライライライラ…
なんだろうすごくムカついてきた
「ねえ、環さん!私の名前が繭だったのが気に入って私をこの家に連れ込んで襲ったんでしょうっ!」
突然意地の悪い事を大声で言った私に
「最初はな」と狐は苦笑いした
…ように見えた
最初は…ってことは…今は?
え、今は?
やだ、なんだか勝手に体がもじもじしてきちゃう
「何を照れている」
「別にっなんでもないよっ」
私はなんか心の中を見透かされたような気がして、照れ隠しのためにふざけて狐の尻尾を踏もうとした
そしたら環さん踏んづける瞬間すっと尻尾を動かしたものだから私は調子が狂ってつんのめりそのまま前に転んでしまった
狐は踏み付けようとしたことのお仕置きとばかりにフサフサの尻尾で転んだ私のお尻をペシペシと二回たたいた
…ナニこのじゃれ合い
楽しいーっ!!
私も負けてないもんね
背後に回って狐に飛びつき背中に乗って前足の脇のあたりをくすぐる
そこが弱点だったのか狐はビョンと真上に飛び上がった
で、狐が畳に着地した拍子に私は転げ落ちた
畳に転がった私が立ち上がれないよう狐はみぞおちのあたりに前あしを乗せてマズルを私の首筋に寄せてきた
一瞬噛み殺されると思った
だって人間の急所だよ
でも狐はクンクン首筋や髪の匂いを嗅いだあと、ぺろりと私の鼻先を舐めた
ひゃっうぅうーんと変な声が出た
その声に狐は天井を向いて大笑いした
「そんな変な人間の声を初めて聞いた」
「やっぱりあんたは地味に面白いな」
「ひねてはいるが、私に対しては素直だ」
素直?
「そんなこと初めて言われた」
「ずーっと繭のへそ曲がりって言われて生きてきた」
「ふ、素直にスタバーに来て素直にこの家について来た」
「え?あの時環さん私に術か何かかけたんじゃないの?!」
「具現化しているときには物質に囚われてそんな能力は出せない」
「私の本質は気なのだ」
「この姿も象徴としての仮の姿にしかすぎない」
「あの日、繭は自分の意思でついて来た」
そんな…
「さっきも可愛い声を出して別れようとしたことを謝った」
「素直、素直」
「…充分かわいい」
この最後の充分かわいいという言葉を聞いたとき、誰かと比べられている気がした
文句を言おうと口を開きかけたとき
「繭、泊まっていくか」と見下ろしながら狐は聞いた
あ…
お泊りしたい
こうしてずっとじゃれ合って一晩過ごしたい
でも
お母さんは友達の家に泊まると言って騙せても、雛は騙せない
私の保護者を気取る妹は




