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1私の狐  作者: 川本千根
第一部
2/51

店員さん

私は古い、やたら部屋数の多い家で育った

お父さんがお父さんの母方のお祖父ちゃんから相続した家


その家の建て替えのため、二ヶ月ほど前から家族と2LDKのマンションに住んでいる

だから今は一部屋を妹と共同で使っている


子供の頃使っていた二段ベッド、思春期に入ってからはそれをバラしてそれぞれの部屋で使っていたんだけど、この部屋では前のように二段ベッドとして使っている


二年になって、作家の吉村先生の講義を取ったものだから、創作系の課題が出るようになった


あと同好会も文芸部なので、文化祭に発行する小冊子に載せるものも書かなければならない


ファンジーやSFをを書く人の多いなか私は純文学を書いている

突拍子もない設定とか苦手

人の心を丁寧に書きたいだけ

なのに今回出された課題はファンタジーだ


ふぅ…


私、なんか人と一緒だと書けないんだよね

特に身内がそばにいる環境なんてもってのほかだ

だからマンションに引っ越してからは課題は大学の図書館とか、長居のできるカフェなんかですることが多い


マンションが面している同じ通り沿いに真四角の2階建てで黒い外壁に金色の文字で下島コーヒーと書いてあるスタイリッシュな外観のカフェがある


このセルフサービスのカフェが一番長居しやすかった

マンションから徒歩二分で行けたし


カウンターで注文するとき、この店ずいぶん美形の店員さんがいるなーとは思ってはいた

こんなに白いシャツに黒いベストが似合う人、そうそういないだろう


ま、私はイケメンに興味ないけどね




一年のときはスーパーのレジのバイトをしていたんだけど、やたら風邪を拾うので辞めちゃった

今は親からもらう月二万のお小遣いでお昼食べたり、服買ったり友達とお茶したりしている


常に金欠気味

なのでいつもここでは飲み物しか頼まないんだけど、その日フレンチトーストを食べてる人を見かけて、それがすごく美味しそうに見えたので私もハーフで注文した


「お席までお持ちします」って番号札をもらって私はコーヒーだけ持っていつもの2階席に向かった


2階にはお気に入りの席がある

中二階みたいになっている囲われた空間

あ、中三階か


三段ほどの階段を登って入るとそこには二人がけのテーブル席と小さなカウンター席しかない

三畳くらいの小さなロフトみたい


この狭い空間に他人と同席は生理的に不可能だ

だからここに先客がいると他の人は決して入ってこない

つまり、早い者勝ちの貸し切りの個室となる


良かった、今日は人がいない

割とここ競争率が高いんだよね

この天井の低い窮屈な感じのする空間が一人で作業に打ち込むにはちょうどいいから勉強する学生とかノマドワーカーに人気があって


二席しかないカウンター席に座って私はトートバックからノートとペンケースを出した

提出するときはパソコンに打ち込んだものを印刷するんだけど、私はなぜかペンを持って紙に向かわなければ話し自体が浮かんでこない


カウンターの左側は壁で正面と右側は衝立で囲われている

視線よりちょっと上には明り取りのガラスがはめ込まれている


ほんとここは落ち着くよ


ミルクコーヒを一口、二口飲んでシャープペンの芯をカチャカチャしている時フレンチトーストが運ばれてきた


あ、美形の店員さんだ


隔離された空間にフレンチトーストの甘い匂いが充満する 


店員さんが持ってきた黄金色のフレンチトーストの上でじんわり溶けていくバターをうっとり眺めていたとき店員さんに「かわいいね」と声をかけられたので、私はうれしくなった


「あ、これ、みんなにそう言われるんですよ」


「妹の手作りなんです」


私は店員さんに向かって誕生日に妹からもらったペンケースを持って振った

北欧のカバの刺繍がされたペンケース


すると店員さんはカウンターに手をついて「いや、あんたが」と私をのぞき込んで言った



ぎゃーっっ!!!

この人私の嫌いな軟派な男だ!


背筋が凍りついた


私が可愛いか可愛くないかは中学の時の出来事をご参照下さい




中一のとき、私は展示物の係だったので後ろの壁に貼ってあった各人の今学期の目標を習字の習作に張り替えていた

そしたらそれに気がついていない男子三人がクラスの女子談議をしていた


いろんな女の子を褒めたりけなしたりしているうちに私の番になった


「繭ってブスだよな〜」と小学校のときから同じクラスになることが多かった小林が言う


「えっ、そう?かわいくはないけど、ブスって言うほどのブスじゃないじゃん」と違う小学校から来た佐伯が言う


「びみょーだよびみょー」とお調子者の山科


もうなんかいたたまれなくなって、張替えの途中で私はそ~っと教室を出た


でも私の評価はあの時の奴らの会話に要約されていると思う

ブスと罵られる程ではないけれど特別かわいくもない

超普通な容姿なのだ


そして可愛く化けるスキルもない

っていうか可愛く見せたいとも思わないし

今日もショートが伸びかかった髪がダサくはねてる


だから顔面偏差値の高いこの店員さんにかわいいと声をかけられる筋合いはない

むしろ馬鹿にされているような気がする




何この人?!と頭の中では思ったけど、顔はほてって赤くなっていくのを感じた


そして体は瞬間凍結されたマグロみたいに硬くなった


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