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1私の狐  作者: 川本千根
第一部
14/51

シネコン

本当に環さんは下島コーヒを辞めてしまった

シフトの関係ですぐには辞められなくて、辞めると言った三週間後に


ほんとに、ほんとに私と付き合うために辞めたんだろうか

なんかそうだとしたら責任感じるから、きっともともと辞めたいと思っていたんだろうと思うことにする


ちょっと変だもんね環さん

周りの人と合わなかったんだよきっと

でもできれば辞めないで欲しかったな


せっかくかっこいい彼氏が出来ても無職じゃあなぁ…と思ってしまう超俗っぽい私


一匹いたら百匹いるゴキブリのように、ひとつ俗っぽところがあるってことは百個俗っぽいところがあるってことだよね

よくこんな自分に目をつぶり、俗っぽい奴らをあざ笑って生きてきたな、私よ


恐怖の思い上がり女…




環さんとはあれから三回会った


環さんの休みの日に学校サボってお家に遊びに行き、リクエストして牛肉のサンドイッチを作ってもらった


そしてお願いして私のお気に入りの環さんの鎖骨を心ゆくまで触らせてもらった


実は…

スタバーでお茶したとき、着ていたカットソーの襟ぐりからチラチラ見えていた鎖骨が素敵…って思っちゃってたんだよね、私


最初はうぇっ、くすぐったいって言いながら、悶ていたていた環さんだったっけど、じゃあ俺は繭の肩甲骨を触わるって言ってTシャツを脱がされた


で、襲われるかと思ったんだけど、環さんはほんとに私の肩甲骨をなぞっただけで、あとは脱がしたTシャツの匂いをかいでた


そして明らかに恍惚の表情を浮かべた


きもっと思った

普段無表情なだけにギャップありすぎ


でもなんか失礼

中身には興味をあまり示さず脱いだTシャツに飛びつくとは


ちょっと返してよおとシャツの引っ張り合いしたりしてふざけあった

その時は環さん、珍しく笑ってた


ああいうのいちゃつくっていうのかな

ああ、何だか今頃恥ずかしくなってきた

明らかに私が仕掛けちゃってたよね

くうっ自分がこんなにはしたない人間だったとはっ


赤くなった顔を手であおいでいるところに環さんが来た


「待った?」



「いえ、待ってません今来たところです」


シネコンのロビーで私は嘘をつく

目が早く覚めちゃったし、バスの時間の都合で二十分前に着きました


この日の環さんは白いシャツに黒のパンツをはいていた

足元は黒のスニーカー


何人かの女子のグループがちらちら私達を見ている


私は、黒いカットソーに白いパンツをはいてきたから、なんかオセロみたいに見えるのかな

それとも環さんを見てるのかな


美形だもんね

それにこの人ニュアンスのある髪型が素敵


環さんは周りからの視線を全く気にしていない

ただ私だけを見ている


…幸せだ




環さんがどんな映画でも付き合うと言ってくれたので、私は自分の好きなアメリカの女優の出ているラブコメを選んだ


大学の友達と見るときは気取って社会派の映画見るんだけどね

そういうのも本当に好きなんだけど…


環さんにはあらゆることが見透かされてしまうような気がして、純粋に今かかってる中で一番見たいのを選んだ

環さんは快く承知してくれた


雛の彼氏はSF以外は一緒に見てくれないって言ってたっけ

環さんは少女漫画読むくらいだもんな

キャパが広いんだなって少し喜んだんだけど…


映画見終わったあと

ロビーに出てきて


「これで一つ行事をこなしたな?繭」


「次はデデニーランドだな」


って言われてすごく悲しくなった

ただ無性に悲しくなった


その時ロビーに流れていたキャラメルポップコーンの陽気で幸せそうな匂いが余計に私の悲しみを際立たせた


どちらかというとここは映画の感想を言って欲しかった

こんなのが好きなんだ?とか

くだらなかったね、もうこの手の映画には付き合わないよ、なんて言ってくれてもかまわない


ニートでもいい

少し頭のおかしい人でもいい

私は環さんが好きだ


あのとき…

私は踏ん張れなかった

深い谷底に落ちてしまった


違う


きっともっともっと前

初めて声をかけられた時に…

気づかないふりしていたけど、心の底からときめいた


できれば環さんにずっとそばにいてほしい

ずっとこうして一緒に出かけたい

けれどこうして行事をこなすことが別れへのカウントダウンのような気がする


そして今の環さんの一言で私との付き合いを早く終わらせたがってるのがわかる

ヒタヒタと近づいてくる別れを予感してびくびくして過ごすよりは、いっそ…


「…環さん、いいです」


「デデニーランドは行かなくても」


「私は…」


「作ってくれたサンドイッチ一緒に食べて、後ろから抱きしめてもらって、黄色が似合うって褒めてもらって、鎖骨触らせてもらって、映画を一緒に見てもらって気が済みました」


「もう充分責任とってもらいました」


「満足しました」


「だから…」



「繭!」


いきなりシネコンのロビーで環さんが大声を出した


券売機に並んでる人やソファーで開場を待っている人たちが一瞬私達の方を見る

私もちょっと驚いて言葉が止まってしまった


この人大声を出すようなタイプじゃないのに


環さんはいつも以上に冷ややかな目をして私を見下ろした後、黙ってロビーを去っていった


みんなの注目を浴びながら赤い絨毯を出口に向かって歩く環さんの印象的な後ろ姿


私はどうしたらいいかわからなかった

けれど体が勝手に環さんを追いかけた

複合施設の七階のシネコンからエレベータでもなく、エスカレーターでもなく、階段で下に下って行く環さんを


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