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1私の狐  作者: 川本千根
第一部
12/51

お返事

火曜日


私は家に上がらず、環さんの家の玄関先の梅の木の下でお話をさせてもらった




「環さん、やっぱりいいです無理して付き合ってくれなくても」


「ずっと考えてたんだけど、環さん前の彼女さんに未練ありますよね」


「似た人を探したいんでしょう?」


「私のこと、もしかして元カノに似てるかもって思って声をかけてくれたんですよね?」


「でも、ちがったんでしょ?」


「…探してください、元カノさんに似た人」


「見つかるといいですね」


「あ、漫画ありがとうございました、面白かったです」


そう言って私は環さんに紙袋に入れた漫画を手渡した




「…」


「ふーんそう、わかった」


と言って環さんは漫画を受け取った


やっぱり…引き止めてくれないんだ


当然だよね

魅力ないもん、私

人としても女子としても中の下くらい


元カノさんとも似てなかったわけだし…


あ、いかんいかん

また卑屈になっちゃった


ここはいいもーん

私環さんのことなんか好きじゃないもーん

って思うところでしょ


そして…

それをこの人に知らしめてやれ、私よ


「じゃあ」と明るい顔をしてペコリとおじぎ


踵を返し庭に敷いてある小石を踏んで元気よく外に向かう

このなんとも言えない微妙な感情を気取られないように




この家の敷地を出る間際体が前に進まなくなった


突然後ろから抱きつかれた

環さんに


びっくり…

何!?


後ろから抱きついたまま環さんが


「昔、繭が言っていた」


「自分を守ってくれる存在は大きく見えて、守ってやらなければならない存在は小さく見えると」


「今ひどくあんたが小さく見えた」


「守ってやらなければならない存在だと認識した」

 

「今世はあんたと付き合うことにする」


と言った



あんたと付き合うことにする…

それは、環さんの意志なの?




振り返った私はそのまま環さんの胸に吸い寄せられてしまった


ああ、この人なんの匂いもしないと思いながら胸に収まる

その代わりに木になった梅の実の微かな匂いを感じる


私を抱いた環さんが、


「一緒にご飯食べて、映画見て、デデニーランドに行こう」


と言った


なんて静かな淡々とした言い方

私の心臓の音のほうがよっぽどけたたましい

でも、これが環さんの素なんだよね


感情が言葉に乗らない質なんだよね?


環さんの言葉に私は思わずうなずいてしまった


環さんがそう言うなら…

私、環さんと付き合う

別に私はそんなに好きじゃないけど


環さんがそう望むなら…

私の

好意で

思い切って苦手な男女交際してあげてもいい


うん、何事も経験値が上がるのはいいことだろうし

書く小説のネタになる


でもきっと環さんは繭さんに似た人に出会ってしまったら、ダッシュでそっちに行ってしまうだろうから、心の全ては捧げたくないな…


巻物…

読めなかった元カノの繭さんからの引き継ぎ書

なんて書いてあったんだろう

環さんと付き合う際の注意事項


私は環さんの胸でそんなことを考えた



我にかえった私はらしくもなく外でラブシーンもどきを演じてしまった自分にうろたえた

家に上がれと言う環さんの言葉に促されて、慌てて建物に逃げ込んだ


わびしい感じの環さんの部屋に入ったとたん脱力


まさかこんなコトになるとは…

嬉しいような困ったような


あー私、今どんな顔してるんだろう


感慨深く部屋を見回す

これが私の初彼の部屋かぁと


お昼を食べてないと言ったら環さんはまたサンドイッチを作ってくれると言った


パンのミミがついたサンドイッチはあまり好きじゃないんだけど、この前のは美味しかったな

中身の牛肉にはパンのミミがあってた


今日も牛肉のサンドイッチかなと思ったら、卵のサンドイッチを作ってくれると言った


「繭、隣の部屋にお祖母さんの娘が置いていった漫画がいっぱいある、待つ間読んでていいよ」と言うので隣の部屋を覗かせてもらった


わっ


部屋を見て驚いた

すごい蔵書数だ


3面の壁を埋め尽くすように本棚が置いてあって漫画本がぎっしり詰まってる

気のせいか重みで畳がたわんでるような…


古い漫画本に混じってそこそこ新しいのもある

きっと娘さんが読まなくなった本をここに収蔵しに来てるんだろうな


娘さんと言っても相当のおばさんだよね?きっと


私は割りと新しいのを選んで環さんの部屋に戻り布団の上に座って漫画を読み始めた

でも内容はちっとも頭に入ってこなかった

さっきの環さんの言葉が何度も何度も頭の中で繰り返されていて


私は漫画を閉じてテーブルの上で手を組み考え事をした


自分が今まで歩いて来た道とは違う、何か脇道に入ってしまったような気がする


これから自分の知らない道を歩んで行くことに不安を感じる


だけどそれを上回るなにか…

この幸せな気持はなんだろう




ん…それにしてもなんかこの万年床環さんには似合わないな

多分座布団の代わりも兼ねているんだろうな


環さんのほうこそミニマリストじゃんね?



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