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1私の狐  作者: 川本千根
第一部
10/51

サンドイッチ

私は出ていった環さんの後ろ姿を見送ってぼーとしてしまった


何これ…

あんたやっぱり俺の求めてた娘じゃないやってこと?


超低いところに成ってるブドウだけど

すげえ不味そう

食うに値しないやって感じ?


さっきの眉間にシワを寄せた環さんの顔を思い出す

ひどく失望したような顔


たとえ…自分の探していたタイプの娘じゃないと思ってもあんなふうに口に出したりする?


って言うか、私はただカウンセリング受けに来ただけなんですけどっ

カウンセリングしてくれるって言うからっ


誰にも言わずに来た泣き言私に言わせて

その挙句…


カウンセリングって結局…

性格が元カノに似てるかどうかの聞き取り調査…

で、失格のハンコ押されたわけね?私


面白〜い


「アハハハハ!」


つい声が出ちゃった


ここまで蔑ろにされるとかえって気持ちいい


はああぁ、幼稚な人格さらけ出しちゃったよ

あんな変な人に


ガードの固さが売りだったのに会ったばかりの人に心開いちゃった、バカみたい


心…開いちゃった?

あんな、いきなり女の子襲うような人に心開いちゃったの?私…


何だかひどくがっかりした気持ちと踏みつけられた悔しさとおのれの愚かさが胸で渦巻いてもうわけがわからなくなってきた


家に

とりあえず家に帰ろう


そう思ってテーブルの脇に置いたトートバックをつかみ、勢い良く立ち上がったとき、環さんが部屋に戻ってきた

トレーにマグカップ二つとサンドイッチを乗っけて


環さんは無表情だった


「座れ、繭」


そう言った後、トレーをテーブルに置いて「食え」ってサンドイッチを手渡してきた


「はあ」と私はしょう抜けた返事をする


いらねーよと思ったけど

うっかり受け取ってしまった


どうしよう食べる?

怒りで私のお腹は満腹だけど


このサンドイッチパンの耳がついてる

パンも厚いし

何挟んであるんだこの茶色いの

肉?


一口かじったら環さんがマグカップを私の側に寄せてきた

ミルクたっぷり入ってるコーヒー…なのかな


あれ?

このサンドイッチうまい

これ牛肉を焼き肉のタレで味付けたものを挾んであったんだ

一緒に入っているスライスした生の玉ねぎの辛味がいいアクセントになっている


うまーい!


コーヒーも一口いただく

甘い…

これも美味しい


実はコーヒーの苦味苦手

でも匂いが好き

だからいつもミルクや砂糖たっぷり入れて飲んでいる


「牛肉は人に幸福感を与える」


「あんたは栄養が足りてない」


「…いろんな意味で」


「心が体ほど育っていない」


そう言ってから、はあ〜とため息ついて


「どうする、繭」ときいてきた


「あんた、別に病んでるわけじゃあないな?」


「ただ自分の生まれ持った性質を肯定できずに苦しんでる」


「その性質は人間の集団の中で種族保存の一定の役割を成すために必要とされていて、たまたまそれを振り分けられてそう生まれてきた訳だから、実際にはあんたがあんたであることにすでに価値はある」


「自分の性質についての悩みは不必要な苦しみではあるが、逃れるのが最も難しいものでもある」


「さらにあんたは自分が自分であることに傷ついていることを必死で隠そうとしている」


「だからよけい苦しい」


「職業柄、ほおっておけない気がする」


「こうして今、目の前にあんたがいること自体何かしらの縁はあるんだろう」


「俺も情をかけられる女を探しているところだし…」


「あんたが希望するならしばらく面倒みてもいいけど」


そう言われてドキッとした

情をかけられる女を探している…

私、不合格だったんじゃないの?




環さんは肘をテープルに乗せて頬杖をついていた

顔は正面の私の方を向いていたけど視線は窓から射し込む光に向けられていた


どうしよう

…なんて答えよう

この失礼な態度を取る人に


今までの私なら強がって断っていた

でもこの人には泣き言を言っちゃったし全ての強がりが見透かされてしまう気がする


正直に言うと責任とってもらいたい

私に語らせた責任

あと、あの日指に擦り傷負わせた責任


でも、憂鬱そうに私から視線を外すこの人に責任とって付き合ってって言うのも…

だいたいこの人いきなり女の子襲う人だよ?


それにこの人が私に失望したのは確か

元カノに似ているかもと思ったのに全然違ったと


でも、こいつと関わっちゃったから…

カウンセラーとして少し面倒をみようかな、元カノと似た女に出会えるまでの間

ってとこかな

環さんの心情的には


…ふざけんな


がんばれ、私

今こそ強がる場面だろう


だけどほっこりしたこのサンドイッチの味と甘いコーヒーがほんの少し私に迷いを与えた

私はなんと答えていいかわからずもじもじしていた


ふと、テーブルの上の本に目が行く

トレーに追いやられ隅に積まれた


漫画…少女漫画だ、少し古い

『ときめきカフェ』 

なんとなく手にとってしまった

何気なくパラパラとページをめくる


アレッ、この漫画のこの男の人…

そっくり環さんに

容姿だけじゃなく話し方も


環さんも漫画を覗き込み


「ああ、化けるのにこの本を参考にした」


「絵がついているからわかりやすくて助かる」


「ほとんどが会話で成り立っているから人との会話にも役立つ」


「個としての意識を持つの本当には久しぶりだったから」と言った


…なに訳のわかんないこと言ってるの?

この人


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