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1私の狐  作者: 川本千根
第一部
1/51

巻物

平日の昼間、ショッピングセンター内にあるカフェにはジャズが流れ、買い物ついでにお茶する主婦層で混雑していた


そのカフェのガラス張りの壁に近いソファー席で、環さんはすっと私に巻物を差し出した


巻物…


うん、巻物としか言いようがない

ほらあの『お宝買って〜団』で旧家のご主人が、蔵から持ち出して鑑定してもらってるような、源氏物語絵巻なんかが書かれてある長い紙をくるくるっと巻いた…


「な…んでしょうか?これ」


私は心底戸惑って環さんに尋ねた


「前の恋人からの引き継ぎ書」


シレッと環さんが答える


「前の恋人?引き続き書?」



「そう、前の恋人が次に付き合う人間が戸惑わなくてすむようにと俺と付き合う際の注意点を書いてくれてある」


環さんは伏し目がちになり「彼女は、至れり尽くせりの人だった…」と言った


は?次に付き合う人間が戸惑わなくて済むように?


いやいや、私はあなたとお付き合いするつもりはこれっぽっちもありませんが

ここにはちょっとした謎を解くために来ただけで…


どーでもいいけど…


もし仮に私があなたとお付き合いする気満々だとしたら、そうやって前の恋人のことを懐かしそうに話すのはNGだと思いますよ?


「環さんの元カノさんはなに時代の人なんですか?」


巻物を手にため息混じりにこの質問にをしたら


「戦乱の世が終わり徳川が治めていた」


と答える


ああ、江戸時代って言いたいのね


この人ってこんな不思議系の人だったんだ

声をかけられた時からなんか変な人だなとは思っていたんだけど…

もったいないな

見た目かっこいいのに


義理で、いや環さん何歳なんです?って突っ込む


「多分400歳前後」


うわっお決まりのだっさい返し

また義理で随分お若く見えますねって言ったら


「狐だから、化けている」


って言った


はあ〜?

狐だからって何

狐だからって


ああっ、なんだかお気の毒

神様は環さんに素敵な容姿を与えたけど、同時にひどい空想癖、もしくは虚言癖を与えたんですね…


私はため息をつきながら渡された巻物の紐を解いて少し広げてみた

ゴワゴワと紙の音がする


うっ!


読めねぇ〜

草書体って言うの?

これマジで古文書だよお


何なの一体!!


…ん?

そう言えば何ヶ月か前に古文書がなんとかって地方ニュースがあったな

どこかの寺の中古文書を収めていた蔵が荒らされていたって

けど高価な仏像なんかの被害はなかったから窃盗団の仕業ではないだろうってコメンテーターが言ってたな

あれって確かここの近くのお寺だったような…


まさかこれって…

まさかね?


私はソファーに浅く腰掛け少し体を前に倒して店内用のマグカップでコーヒーを飲んでいる環さんをマジマジと見た


こんなにじっくり正面からこの人の顔を見るのは初めてだ


変な人なのに

かっこいい…


あ、今かっこいい思ったのは私の感情ではなく客観的な判断に過ぎない

ほら、隣の席のおばちゃん二人組もチラチラ環さんを見て、なにやらヒソヒソしてるし


無造作なのか作り込んでるのかよくわからない少し癖のある黒髪

目頭の切れ込みが下がっている切れながの目

この目がこの人のクールな印象を決定づけてる

うつむくと鼻筋の通っているのがよくわかる


また今日着ているボートネックの生成りのカットソー似合うな

鎖骨にすごく色気がある


はぁ〜カップを持つ指も長くて細い

それでいて関節の節が男を主張している

…この人、色気と清潔感が不思議な同居をしている


はっ!

いや、鑑賞している場合じゃない

この人が一体どういう人かが問題なの


だいたいなんで私なんかに声かけてきたんだろう?




環さんは私がよく行くカフェの店員さんだった


月曜に投稿いたします。

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