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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
三章 TEMPURAとマンドラゴラ屋
9/68

9話

 野菜サラダ。

 その料理をしかし、勇者はあまり食べた経験がない――昨日食べた卵もそうだが、生ものを食するという機会はそうそうおとずれないものなのだ。

 もちろんそれは衛生面の問題というのが大きいのだが――


 一度こっそり食べた経験から言えば、単純にまずいのだ。

 思えば、今まで勇者が巡り会った食材たちは、生ではとても食べることのできないものばかりだったように思う。


 それがどうだ。

 朝食。

 この、小鉢に盛られた『生野菜サラダ』は――うまい。


 まず歯触りがいい。

 シャキシャキとした食感。広がる濃厚な野菜のうまみ。

 肉が噛めば噛むほどうまいのは、わかる。だが――野菜が噛むほどうまいというのは、初めての経験だった。


 濃厚、というのか。

 甘い、でもない。しょっぱい、でもない。

『キャベツ』『コーン』『キュウリ』『トマト』。

 それぞれが持つ味が、濃厚に混ざり合い絡み合う。

 まるで一流の調理人の手からなるとっておきのひと皿。

 野菜が自然になるものならば、それは自然が――ひいては神が作りだした、人の手ではならぬ『神の手料理』なのだろう。


 勇者はテーブルに置かれた透明な筒を見る。

 筒は三種類あって、それぞれ、違った中身が入っているようだった。


 真っ白いもの。

 茶色で、中に小さな粒が浮いたもの。

 そして桃色と白を合わせたような、不思議な色合いのもの。



「ドレッシングをかけて食べると、よりおいしく召し上がれますよ」



 女神は言う。

 だが、勇者は戸惑っていた。


 このままでうまいもの――『神の手料理』に、こんなものをぶっかけてしまっていいのか?

 すでに完成しているものに、余計な手を加えて、めちゃくちゃにすることにならないか?


 しかし――神の言葉だ。

 神の手料理に、もうひと手間加えるとよりおいしいのだと、他ならぬ神が言うのだ。


 勇者は女神を信じる。

 そして、一番近くにあった、真っ白いものを手に取る。


 透明な筒の上部には、細長い角のようなものがある。

 容器を逆さにして軽く握れば、その角部分から白いものが出る仕組みなのだ。


 勇者は『ドレッシング』をサラダにかけた。

 白い『ドレッシング』は意外と粘性があった。どろり、と野菜の上にこぼれていく様子は、不安を覚える光景でさえある。


 本当にうまくなるのか?

 おそるおそる、勇者はドレッシングがかかった部分にフォークを突き立て――口に運んだ。


 予想外の強い酸味が舌を刺激する。

 味が、濃いのだ。しかもドレッシングの濃さは、『紅ショウガ』にも似た、多すぎると食べられなくなるたぐいの濃さだ。


 かけない方がよかったのではないか――

 そう思いながらも、はき出すのはもったいないので、咀嚼する。


 と、勇者は口の中の変化に気付く。

 味の濃さが、だんだんと和らいでいるのだ。


 舌が慣れたのかと思ったが、違う。

 水分だ。


 噛むほどしみ出す野菜自体の水分により、ドレッシングの濃さが中和されている。

 今までドレッシングなしで食べていた時も水分は出ていたが――なにせ、水分だ。うまいはうまいが水気でしかなく、その存在を大して気にすることはなかった。


 だが、どうだ。

 ドレッシングと野菜の水分が合わさることで、中和され、ソースとなる。

 ソースと野菜のうまみが合わさり――一つの料理へ、変化していく。


 それは『牛肉とタマネギの煮込み』を初めて食べた時に似た感動だった。

 味付けと素材の味が渾然一体になる感覚。複数素材と調味料が混ざり合うことで、お互いのうまみを何倍にも引き出すという奇跡。それが『野菜サラダ』と『ドレッシング』の組み合わせにより起こっているのだ。


 ――そうか、これが、サラダなのだ。

 今まで食べていたのは、サラダではなかった。

『生野菜の盛り合わせ』であり――それはもちろんおいしいのだけれど、ドレッシングをかけて初めて、勇者は『サラダ』という料理を食したような、そんな感動を覚えていた。



「……うん、野菜もいいな」



 満足感とともにつぶやく。

 サラダと卵、GYU-DONの組み合わせは、ものすごく――いい。

 お互いの足りない部分を、お互いが補い合っている感じだ。


 これからずっと、好きなだけ、これを食べられるのだ。

 こんな幸福で本当にいいのかと、勇者は少しだけ不安を覚えもする。



「ご満足いただけたようでなによりです。私も毎日の食事に野菜が足りないと思っていましたので、増えたのがサラダでよかったですよ」



 女神は言った。

 彼女はあいかわらずエプロン姿で鍋のそばに立っている。


 そういえば、彼女がGYU-DONを食している姿を、勇者は見たことがなかった。

 昨日の夕食である『みのたん』も一緒に食べはしたが――あまり食べていなかったような。



「女神は肉、嫌いなのか?」



 野菜の登場を喜んでいることといい、GYU-DONを食べないことといい、そうなのかなと勇者は考える。

 しかし女神は苦笑し、首を横に振った。



「いえ、そもそも、我々神は食事をとらないのです。味覚はありますから、珍しい物を少しいただくことはありますが、空腹とは無縁と申し上げますか……」

「そうか。今まで俺が見てきた宗教の中には、肉食を禁じるものもあった。だから神はひょっとして肉を食いたくないのかと思った」

「なるほど。しかしそれは、そういう神を信仰しているというだけでしょう。信仰は神の数だけありますからね」

「そうか」

「ところで――今日はどうされますか?」



 この質問は、実際のところ、あんまり意味のあるものではなかったりする。

 どうされますかと聞いたものの、朝にその日のスケジュールを決める必要もないのだ。


 なにせきままな隠居生活である。

 食うに困ることもないし、一日家でごろごろしていたって、特に問題はない。

 だが――



「今日の予定! あるぞ!」



 そんな言葉とともに立ち上がる少女がいた。

 魔王の娘である。

 真っ黒い長い髪に、白い肌。赤い瞳。

 服装はあいかわらず勇者のマントとシャツだけを身にまとっている少女で――

 人とは少し違った文化で生きる魔族の長……の、予定の人物だった。


 その隣には昨日から同居を開始した牧場長もいる。

 赤い髪の少女で、頭の左右には角が生えている。

 服装はかなり攻めた感じで、体にぴったりしているし、露出も多い。

 しかし格好のイメージとは反対に、本人はかなり気が小さいようだ。

 いきなり魔王の娘が立ち上がったので、びっくりしてどんぶりを落としそうになっていた。


 女神は魔王の娘に視線を向ける。

 そして、たずねた。



「なんでしょう?」

「うん、そろそろな、わたしも働こうかと思うんだ」

「…………」



 言葉が出なかった。

 働くのは素晴らしい――とも、魔王の娘の場合は、言い切れないのだ。


 なにせ彼女は本来、勇者および人族の敵対者なのである。ついでに強くなった魔王は、神の地上への影響力を弱める。

 その彼女が働くというのはすなわち、勇者および人を害する目的で行動を開始するということであり……賛同できるようなものではない。


 それをわかってか、わからずか――

 勇者はうなずく。



「おう、がんばれ」

「がんばれじゃない!」

「じゃあがんばるな」

「そうじゃなくて! ……ほら、わたしって将来は魔王になるじゃないか」

「そうか?」

「そうなの! ……わたし、昨日のことで痛感したんだ。このままじゃいけないって」



 昨日のこと――

 昨日あったことといえば、ミノ牧場まで行って、牧場長を拾い、ミノをシメたりさばいたりして、みんなで『みのたん』バーベキューをしたことだ。


 ……なにか『このままじゃいけない』と痛感するようなことがあっただろうか?

 女神は首をかしげる。


 勇者の方も心当たりが思いつかなかったらしい。

 だからか、彼はたずねた。



「なにがいけないんだ?」

「わたし――体力がない」



 そういえばそうだった。

 あと記憶力が悪くて方向音痴だ。



「そうだな」

「だから、体力つけないと」

「がんばれ」

「だからそうじゃなくって! お前がわたしを鍛えるの!」

「……俺が? なんでだ?」

「だってお前、強いだろ!? それにお前、わたしを育てないといけないだろ!?」



 いけないということはないはずだった。

 勇者が魔王の娘を世話しているのは、別に義務だからやっているわけではない。

 だが――



「そうか。じゃあ、鍛えるか。暇だし」

「暇で鍛えられるのもなんか違うけど……とにかく、頼む!」

「でも俺、人を鍛えたことないぞ?」

「勇者がやってたのと同じことしたら、勇者と同じぐらい強くなるはずだ! だから、勇者がどうしてそこまで強くなったのか、教えろ!」

「じゃあ最初は野菜泥棒だな」

「…………は?」

「孤児院に入る前は泥棒やってた」

「いや、それ……強くなるかなあ?」

「わからない。俺は気付いたらこんな感じだった。とにかく最初は野菜泥棒だ。農家の人はカマ持って追いかけてくるから、足とか斬られないように注意するといい。最悪手は斬られても足が無事なら逃げ切れるから。ふくらはぎとか、ふとももとか斬られると、足が止まって、捕まって、二度と帰ってこられない」

「…………いや、ううんと」

「でもこのへん農家の人いないから、野菜泥棒楽だな。それとも人里まで行くか?」

「それ本気で殺されるヤツじゃん!? わたし、魔王の娘だよ!?」

「俺の時だって、農家の人は本気で殺す気で追いかけてきたから大丈夫だ」

「なにも大丈夫じゃないよ! もっとこう、軽いのから始めないのか!?」

「…………軽い…………つまり、持って逃げる作物が軽いという意味か?」

「そうじゃなくて!」

「……じゃあどうなんだ?」



 勇者は困り果てていた。

 困り果てたいのは周囲で彼の話を聞いている方だった。

 人生が壮絶すぎる。


 魔王の娘はなにかうったえたいことがあるようで、手振りをしようとしたり、口を開きかけてやめたりというようなことを繰り返した。

 しかし、けっきょく、かたちにならなかったらしい。



「……わかった。野菜泥棒やる」

「そうか。ええと、ここから人里までだと……」

「このへんで! このへんでやるから!」

「このへんに農家あるのか?」

「ええと……マンドラゴラを育ててる農家があったはず……ミノとかマンドラゴラとか、一歩間違うと危険な畜産、農産は王都……あ、魔族の王都な。そこから離れた、このへんで行われてると思うし」

「そうか」

「マンドラゴラ屋も逃げてきてるかもしれないし……いやでも、どうかなあ……」

「そうか」

「マンドラゴラはな、揚げて食べるとうまいんだ。カリカリしてるのにジューシーで、わたしは野菜ならマンドラゴラが一番好きだな!」

「そうか、楽しみだ」

「そう考えたら楽しみになってきたぞ! よし、マンドラゴラを抜いてダッシュして、今夜はマンドラゴラを食べよう!」

「ああ!」

「やるぞ!」

「おう!」



 勇者と魔王の娘がハイタッチした。

 その光景を見ていた牧場長が――



「……なんか仲いいだすな」



 米粒を口の端につけて、つぶやいていた。

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