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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
二章 みのたんのバーベキューと牧場長
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8話

 その日の夕食は、家の外で振る舞われた。

 一角だけ整備された土の地面の上、『4LDK』の家の明かりに照らされながら、パチパチとかすかな音が聞こえる。


 炭火が焼ける音だ。

 足の細い台の中、熱せられた炭火が赤々と燃え、その熱が周囲を温める。


 空には星があった。

 絵筆に白い絵の具をつけて、バッと黒いキャンバスに散らしたような、一面の星空。


 勇者と魔王の娘、それから女神は炭火を囲み、待っている。

 そこに――切り分けた『みのたん』を乗せた皿とトングを持って、牧場長が到着した。



「お待たせしただす」



 ミノタウロスは、かなりでかい。

 だから、舌――『みのたん』だけでも結構な量になる。


 牧場長の抱えた皿は大きくて、そこにはたくさんのお肉が乗っている。

 すべて、『みのたん』だ。

 ただし切り方が違う。


 牧場長は炭火の入った台――バーベキュー台のそばに置いたテーブルに、皿を乗せる。

 そして、語った。



「『みのたん』はどう食べてもうまいけんども、やっぱり代表的なのは『薄切り』『厚切り』の二種類の食べ方だすな。薄切りの方は軽く塩をふってあるだす。厚切りの方は特に味をつけてないだす。まずは、薄切りの方からいただくだす」



 そう言って、トングで薄切り『みのたん』を、バーベキュー台の網に乗せた。

 瞬間響いた音の、なんと心地よいことか。


 ジュウ、という音。

 そして肉が焼けるにおい。

 薄切りの『みのたん』は、火が通るのも早い。焼けたことにより肉が縮み、ぽたりぽたりと脂がおちて、火の勢いが強くなる。



「片面を焼くだけでいいだす。食べてみるだす」



 勇者たちはみな、小型のトングを持っていた。

 それで焼けた薄切り『みのたん』をとると、直接口に運ぶ。


 うまい。

 GYU-DONの肉のように、とろけるわけではない。

 だが、薄切りとは思えない歯ごたえに、ほどよくふられた塩味がマッチして、噛めば噛むほどうまみがしみ出す。

 これを食べて、勇者はふとつぶやく。



「炊いた『白米』がほしいな」



 そのつぶやきは、魔王の娘と女神にも共感できるものだったらしい。

 女神がすぐさま動いて家に入ると、トレイに四つのどんぶりを持って戻ってくる。


 中には――炊きたての、『白米』。

 それから、フォーク。


 勇者はさっそくどんぶりを受け取り、次なる薄切り『みのたん』を、今度はフォークで網からあげた。

 白飯の上に乗せる。

 そして、薄切り『みのたん』で白米を巻いて、フォークを突き刺し――一口でほおばった。


 まずはその熱さ。

 はふはふと口の中で冷ましながら噛んでいく。

 ――予想通り、うますぎる。

 塩味、歯ごたえ、肉の風味――GYU-DONで『肉と米』という組み合わせの威力は知っていたが、これはGYU-DONとはまた違う方向で、うまい。

 まずは味が素朴なのだ。

 塩のみ。

 だからこそ引き立つ肉の風味と、煮込まれた肉にはない歯ごたえ、それに炭火の香りがマッチしていくらでも食べられそうな気がする。


 実際、食欲は尽きることがなかった。

 同じ味。単調なはずなのに、どんどん口に入っていく。

 噛めば噛むほど幸せで――

 だから。



「そろそろ厚切りが焼けただす」



 その、厚切り『みのたん』が焼けるまでの時間が、まったく苦にならなかった。

 勇者はどんぶり片手にフォークをかまえる。

 視線で捉えるのは、厚切りの『みのたん』だ。


 なんというか、まず見た目がすごい。

 厚切りなのだから当たり前なのだけれど――厚い。


 その迫力、巨大さたるや、焼けるにおいと相まって、見ているだけでよだれが出るほどだ。

 勇者は緊張した面持ちで厚切り『みのたん』にフォークを刺す。


 すさまじい弾力!

 これを口に入れたらどうなってしまうのか――



「ナイフをお持ちしましょうか?」



 女神の声。

 勇者は首を横に振るのみで応じて――

 がぶり、と厚切りの『みのたん』にかぶりついた。


 歯を押し返すような感触。

 それでもどうにか噛みちぎれば、あふれ出す肉のうまみ。


 弾力はあるが、硬いという印象はない――適切なのだ。

 薄切りに比べるとしっかりと火が通されていて、見た目はややコゲたような部分もあったけれど、なるほど、これだけしっかり焼いているからこそ、外は香ばしく、中はほどよい食感となっているのだろう。


 一口目を何度も噛んで、やっと飲み込む。

 なんという満足感だろうか。


 薄切りと厚切り、わずかな切り方、わずかな味のつけ方だけで、こうも違いが出るものなのか。

 するするいくらでも食べられる薄切り――

 そして、一口で心が幸せいっぱいになる、厚切り。


 同じ『ミノの舌』なのにまったく違う幸福で、胸がいっぱいになる。

 これで終わってもいい。

 心は満足した。

 ――しかし、体が、もっとほしいと求める。

 つくづくたまらない料理だった。



「……うまい」

「よかっただす。世話してたとうちゃんも報われるだす」



 牧場長が言う。

 勇者は彼女に向き直った。



「俺は――俺は、こういうこと言うべきか、わからないけど」

「……」

「すまなかった。俺は戦いの結果をなんにも考えてなかった」

「……とうちゃんは運命に負けたんだす。お前らなんか、敵じゃないだす」



 と、魔族特有の考え方を述べた。

 そのあとで――



「でも、勇者から謝ってもらって――なんか、整理がついた気がするだす」

「……整理?」

「うまく言えねえけど、そんな感じだす。……そういえば、ウチもまだお礼を言ってなかっただす。ミノをこうして食えるのも、勇者が無茶してくれたお陰だす。それから……家に招いてくれたことも、感謝するだす」

「屋根がないのはつらいからな」

「ここなら牧場も近いし、ミノどもの世話も続けられるだす」

「ミノの世話なら俺も手伝う。お前じゃまだミノに食われる」

「……お願いするだす。でもいずれは、とうちゃんみてえに、一人でミノの世話できねえとならねえだす。ウチはがんばって立派な牧場主になって、自分の名前を名乗るだす」

「がんばれ」

「女神さんも、それでいいだすか?」



 急に水を向けられる。

 女神だって名乗ったか――そう考えたが、まあ、勇者と牧場長とのあいだで、そういうやりとりがあったんだろうと推測した。



「私は、勇者様がよろしいなら、それで。……なぜか部屋も余り気味ですし、食卓は六人掛けですし……まるで最初からこういうことが想定されてたみたいに……」

「そうだすか。んなば、世話になるだす。よろしくだす」

「ええ。よろしくお願いしますね」



 かくして話はまとまり――



「おかわり!」



 という魔王の娘の声が響く。

 どうやら一心不乱に食べていたらしい。

 網の上には、肉がなかった。


 女神と牧場長は顔を見合わせ――笑う。

 そして。



「どんどん焼くだす。今日は魔王さまさ見つかったお祝いだす」

「私、ご飯のお代わりをお持ちしますね」



 それぞれの役割をこなす。

 神と魔王と勇者の食卓――

 星空の下、笑い声と肉を焼く音が響き続けた。







 翌朝。

 女神が誰よりも早起きして、炊事場に入ると――見慣れないものがあった。


 それはシンクの横に設置されていた。

 ……気のせいか、炊事場自体が若干広くなっているようにも感じる。


 ともあれ、女神はその新しい設置物をながめる。

 外観は――外観は、なんだろう、説明できない。


 四角い透明な箱、だろうか。

 中にはきざまれた野菜が入っているように見えて、その箱の下にはわずかな隙間がある。


 なんか見たことあるような……

 たしかそれは、GYU-DONという食事があるのと同じ世界で……



「……ええと、ドリンクバーの機械?」



 そんなようなもの、だった気がする。

 しかし目の前にある装置の中身はどう見たってきざまれた野菜だ。


 女神は装置の前で軽く指を振る。

 すると、指の軌跡に光がはしり、そこに神界の文字で説明書きが表示された。



「『信者が増えて女神の力が強くなったので、サラダがメニューに追加されました』……やっぱり信者じゃなくて同居人じゃないですか……あの子たち、私のこと信仰してないですよ……なんなら女神かどうかも信じてないですよ」



 装置の横に備え付けられたドレッシングを見ながら、女神は嘆く。

 偉大なる神の諸先輩方にこんなことを言うのもなんなのだが……



「もっと姿現わしたり景気よく奇跡を起こしたりしてくれれば、私が女神かどうか疑われないでもすんだのに……」



 ガックリと肩を落とす。

 まあ、信じてもらえないことは別にいいのだが――


 この装置は掃除が大変そうだな、と。

 なにげに毎日家中の掃除をしている女神は、もう一回ガックリと肩を落とした。

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