7話
「ところで勇者様、迷宮の道順などはご存じなのですか?」
「知らない」
女神による精霊魔法の光が浮かんでいる。
それでもあまり通らない視界の中、女神は勇者にたずねたら――
「……知らないって、この迷宮、外から見たらかなりの広さでしたけど。まさかカンで?」
「カン……あ、そうだ」
勇者は唐突になにかを思い出したようだ。
振り返る。
女神も振り返れば――
背後、五歩ほどの距離にいた牧場長が、ビクリと体をすくめた。
「な、なんだす!? ウチをどうする気だす!?」
怖がられた。
……服装や髪色がかなり明るく攻めてる感じだが、本人はどうやら臆病らしい。
ちょっとしたことでビクビクしたり、震えたりしている。
勇者は――どうにもそのあたりを気にするつもりはないようだった。
いたって普通に語りかける。
「ミノのいる部屋ってどのあたりなんだ?」
「それを知ってたら、ウチだってお腹減らしてな……いや、今ごろミノのご飯になってる気がするだす……」
「どのあたりっていうのは、迷宮の奥なのか、それとも中央なのかって、そういう意味だ」
「ああ、そういうことだすか。えっと、たしか迷宮の中央付近だす。道順的に順当に進んだら一番奥が真ん中なんだす。この迷宮はとうちゃんの作った傑作なんだす。正解のルートをたどらないと決してミノにたどりつけないんだす」
「つまり迷宮の真ん中にミノはいるんだな?」
「そうだす」
「わかった」
なぜだろう、女神は不安を覚えた。
勇者は少しだけ悩むような素振りを見せてから、背負っていた魔王の娘を地面におろす。
そして。
「女神、魔王の娘を頼んだぞ」
そう言い残すと――
突然、壁を殴った。
ズドン! という音が迷宮全体に響き渡る。
なんだ、と思う暇もなく――
勇者の殴った壁が壊れた。
「行くか」
「待つだす! な、なにするだすか!? ミノがおどろくだす!」
「だって道わからないんだから、壊すしかない」
「ええええ!? 頭を使って攻略したりは!?」
「俺、頭はよくない」
「……」
「俺にできるのは、ただ真っ直ぐ進むことだけだ。邪魔があったら排除する。だから、壁を排除した。このまま真っ直ぐ進めば、迷宮の中央あたりに着く。問題はあるか?」
「ミノがおどろくだす! せっかくおいしく育ててるのに、ストレスで肉が硬くなったらどうするだすか!?」
「でも、ミノのいる場所にたどりつけなかったら、せっかくおいしく育っても、誰も食べられないぞ?」
「……」
「それはミノにも悪い」
「……そうだすな」
「間違ってたら言ってくれ。俺は、俺に思いつくことしかできない。もっといいやり方はきっと他の誰かが思いつく。立ち止まって聞くぐらいはしようと思ってる。前は立ち止まらなかった結果、後ろからやられたし」
「…………」
「なにか、あるか?」
「……なんにもないだす」
「そうか。じゃあ壊すぞ」
「……壊す前に一言ほしかっただす」
「そうか。ごめん。次から気をつける」
「……ま、まあ……まあ……それならいいんでねえか?」
「わかった。じゃあ壊していいか?」
「……うーん……たしかに、他に思いつかねえし……わかっただす。やっていいだす」
「わかった」
「あ! でも、ミノのいる小部屋だけは壊さねえで、入口を探してほしいだす! ミノが万が一逃げたらもったいねえだす!」
「わかった。それっぽい場所がわかったらそうする。わからなかったら壊すかも。ごめん」
「そ、それはまあ……仕方ねえだす」
「じゃあやっていいか?」
「……いいだす」
そんな感じで、ミノの部屋まで直進することになった。
この時はまだ気付かなかったが――
あとから思えば崩落の危険があったなあ、と女神はのちにヒヤリとすることになる。
それはまた別なお話。
▼
極めて脳筋な方法でミノの小部屋までたどり着き、極めて手早くミノを一頭シメて連れ帰ることに成功した。
そこから先の作業は、牧場長がやることになる。
「牧場長一家に生まれたら、まずはミノのさばき方を教わるんだす。ウチに任せるだす」
とのことらしい。
勇者と気絶した魔王はミノをさばくシーンを見たが、女神は遠慮した。
ちょっと苦手だったのと――
家の炊事場で色々と用意する必要があったからだ。
そういうわけで、女神は自宅の炊事場にいた。
しばらくすると――
ピンポーン、ピンポーン。
そういう音がした。
どうやら勇者たちが帰ってきたらしい。
結構かかったな――そう思いながら、女神は手をエプロンで拭きつつ、炊事場入口の方を向く。
ガチャリとドアが開かれる。
そして入って来た勇者たちへ、女神は一礼した。
「お帰りなさいませ、みなさま」
「おう。ミノ肉は外の保管庫に入れたぞ。で、舌だけ持ってきた」
「では、手を……手と言わず全身を洗った方がよさそうですね。お風呂沸いてますので」
勇者と牧場長が、血まみれなのだった。
魔王の娘は無事のようだが……勇者に背負われているので、同じことだろう。
勇者はうなずく。
そして、牧場長を見た。
「風呂行くぞ」
「風呂だすか?」
「おう。こっち――」
勇者が風呂に行こうとする。
女神は慌てて声を出した。
「ちょいちょいちょい! お待ちを! だーあーもー……分けて入るという選択……ああ入り方がわからないのかあ……いや、えっと、勇者様は、とりあえず、お風呂はあとにして着替えてきてください」
「……なんでだ?」
「いやほら、その……女の子ですし。私がやりますから」
「別に俺が洗ってもいいぞ? 暇だし、子供だし」
「とにかく、ダメです」
「わかった。じゃあ任せた」
あっさりと勇者は引き下がる。
いや、ここで食い下がられたら、今後の接し方を変える必要がありそうだったので、引き下がったこと自体はいいのだが……
いくら子供が相手とはいえ、裸の付き合いに無頓着すぎではないだろうか?
それとも男性なんてそんなものなのだろうか?
女神は勇者のことがよくわからなかった。
……まあ、たぶん彼が孤児院育ちであることも、関係しているのだろう。
年下の世話なんて、男女問わずしていたようだし。
女神はエプロンを外しながら牧場長に近付いていく。
そして勇者とすれ違った時――
「そういえば、こいつ、うちであずかることにした」
ついでのように、勇者が言う。
女神は足を止めて彼の方向を見た。
「あなたの家ですから、かまいませんけど、なんで急に?」
「お腹空かせてるから。家もなかったみたいだし」
それ以上の理由はいらない――と言わんばかりだった。
言わんばかりというか、言うまでもなく、そうなのだろう。
彼は空腹の子供を放っておかないのだ。
それは空腹のつらさを実体験から知っているからかもしれないし、孤児院育ちということが関係しているのかもしれないし――
罪滅ぼしかもしれないし。
……ともあれ、彼の行動を見てはきたものの、彼の内面をつぶさに見てきたわけではない女神にはわからない思惑が、あるのだろう。
「そうですか。わかりました。じゃあ、お風呂からあがったら、さっそく『みのたん』を食べましょうか」
「おう。ところで女神は用事があるとか言って帰ったけど、なんの用事だったんだ?」
「あ、必要な調理器具の申請をしていまして」
「調理器具?」
勇者が首をかしげる。
女神は彼の背中から魔王の娘をあずかりつつ――
「いえ、やっぱりほら、焼き物だったら欲しくありませんか? ――網と、炭が」