60話
「いやあ、宝の山でしたね……」
魔族の集落を見て回った女神は語る。
そこは食材の宝庫であった、と。
「食べ物系の職人魔族の方々が向こうに集中しているようで……すごいですね、魔族……『無からチーズを生み出す魔族』とか『石をパンに変える魔族』とか……なんていうか、こう……そりゃあ食糧に困りませんよね……」
魔族って、ずるい。
女神の家にいるのはせいぜい羽根から甘味料を振りまく魔族(道案内妖精)ぐらいのもので、石をパンにしたりなにもない空間にチーズを出現させたりするタイプの魔族はいない。
ミノタウロスもマンドラゴラも、きちんと『育成』あるいは『栽培』という過程を経て食卓に並ぶのだ。
「でもなー……やっぱりきちんと種から育てた野菜とか、育成した肉とかの方が、貴重でおいしいんだ。だから王家……つまり、わたしの食べるものは、そういうなんていうの……? 手間をかけた高級品だったんだぞ!」
と、胸を反らすのは魔王であった。
女神と魔王は、炊事場で隣り合って座っていた。
お互いに膝を突き合わせるようにして、近距離での会話である。
「やっぱり手間暇かけて長い時間の育成が必要なものほど、食材に込められる魔力量が多くなるから、おいしいんだ!」
「え……魔力は、グルタミン酸的なものだったんですか……?」
「ぐるたみんさん?」
「うまみ成分的な……」
「そりゃあ、マンドラゴラも、ミノタウロスも、専門の魔族が育てるんだから、専門の魔族はちゃんと食材がおいしくなる魔力の使い方を知ってるはずだろ!?」
その理屈はちょっと魔族が過ぎて、女神にはよくわからないが……
ともかく『無から生み出す大量生産品』と『じっくり育てる高級品』という概念が魔族にもあるということは、わかった。
「……あ、そういえば魔王さん、魔族の集落にオーブン的なもの……パンとか焼けそうなやつがあったんですけど、パンは石をパンに変える魔族がいましたし、オーブンを使う魔族とかって誰かいるんですか?」
「オーブンを使う魔族は、『オーブンを使う魔族』がいるな」
「……えっと、その魔族は、いったいなんのためにオーブンを使うので?」
「? オーブンを使う魔族は、オーブンを使う魔族だけど……」
「いえ、ですから、オーブンを使うからには、グラタンとか、パンとか、そういう物を焼く目的があるわけじゃないですか」
「ハッハッハッハ! 女神、愚かなり!」
そう言いながら、魔王が立ち上がり、近場にあったテーブルにのぼろうとする。
女神は応じるように素早く立ち上がり、テーブルにのぼりかけた魔王の腰あたりをつかんで、椅子の上に戻した。
「なんでのぼらせてくれないの!?」
「お行儀が悪いので……甘いものの人にも、怒られましたよね?」
「そうだけど、今はいないからいいかなって……」
「だめですよ? いいですか魔王さん、テーブルは、のぼるものじゃありません」
「うー……でも高い場所で格好つけないと格好つかない」
「そんな私一人の前で格好をつけないでもいいですから……それに、格好をつける機会なら、すぐに来ますよ」
「いつ?」
「魔族の集落が、あなたのもとに集う日が近いじゃないですか」
「えっ、そうなの!?」
「……あれ、言ってませんでしたっけ……」
「知らないよ! なんか食べる物ないかなってキッチンに来たら、いきなり女神に『いやあ宝の山でしたね』って言われただけだよ!」
「……すいません、失念していました。話そうと思っていた勇者様が、さっさとマンドラゴラ農場に向かってしまったもので……」
魔族の集落から帰ってきて、女神を家においた勇者は、『じゃ』と言葉を残してあっというまに去って行ったのだった。
行き先がマンドラゴラ農場だろうというのは、普段の勇者のスケジュールから女神が勝手に判断しただけである。
お陰で女神は言いたいことを言う相手が見つからず、ついつい寄ってきた魔王を捕まえてしまったのである。
「……実はですね、かくかくしかじかで、魔族の集落があなたのもとに集うことになったので、その親睦会のメニューを考えているところだったんです」
「そうなの!? 女神、なんか料理人みたいだな! 料理できないのに!」
「はあ、そうなんですよね……『なぜ私が』という思いはありますが、任命された以上は、あなたのためにも力を尽くすつもりですよ」
「すごい忠誠心……」
「忠誠心と言われるとちょっと……まあ、その、慈愛です。忠誠ではなく。女神なので」
「わたし、王としてがんばるよ! 女神の忠誠心に応えるためにも……!」
「……まあ、はい。がんばってください。それで話を戻しますけど……オーブンを使う魔族がオーブンを使う目的とは?」
「ハッハッハ! ……うーん、高い場所じゃないと調子が出ないな……」
「あの、無理にテンションを上げなくてもいいので……」
「えー……。まあいいや。あのな、女神、石をパンに変える魔族は、誰もパンを食べる魔族がいなくたって、石をパンに変え続けるものなんだ」
「はあ」
「牧場長は、誰も食べる魔族がいなくってもミノタウロスを育て続けるし、マンドラゴラ屋だって同じだ。他の魔族も、みんな、誰にも必要とされなくっても、自分の役割をきちんとこなすんだぞ」
「……」
「オーブンを使う魔族も同じだ。誰もオーブンを使わなくっても、オーブンを使い続けるんだ。いつか必要になる日に備えて、そのオーブン技術を連綿と受け継ぎ続ける……それが魔族なんだよ」
「なるほど……」
「だからオーブンを使う魔族は、巨大オーブンを重い思いしてどこにでも持ち運ぶんだ。その重みが先祖代々受け継がれてきた伝統の重みで……まあ、その、運命の重みでもあるわけなんだな」
女神が目撃したオーブンはかなり巨大な石窯式のものだったのだが、あれを持ち運ぶというのは相当すごい。
というかほぼ『住居の壁』という感じで、移動できるような代物ではなかったような……
……だが、『オーブンを見た』はイコール『オーブンを使う魔族が近場にいる』と受け取ってもいいようだと、今の会話からわかった。
やはり魔族は独特な価値観を持っていて、余人からは推し量りにくいところもあるが……
『必要とされるから』という対外的なものではない理由で己のやるべきことをこなし続ける彼らには、職人気質を感じた。
「……では、オーブンを使う魔族さんに役割を与えることができそうですね」
「そうなのか?」
「はい。オーブンを見た瞬間にメニューは決まったんです。問題は『オーブンを使う技術を持った方がいらっしゃるか』という一点でした。でも、いそうで安心しました。あとでいちおう、所在と協力の意思を……勇者様に確認していただきますけど……」
「オーブンを使う料理……つまり焼き『黄昏過ぎたる宵闇の暗澹たる世界に舞い降りし奇跡の果実』だな! あれはな、チーズをのっけてオーブンで焼くととてもうまいんだぞ!」
「ああ、焼きじゃがいもですか。それもよさそうですから、一緒に作ってもいいかもしれませんね」
「じゃあ違うのか?」
「ええ。肉を使って、野菜を使って、魚も使って……集落にいる魔族の方々から提供していただく材料も、こちらから提供できる材料も、全部使えるような、そんな料理――」
お好み焼きと同じコンセプトだ。
親睦会であり、歓迎会のようなものだ。
みんなで持ち寄った物を合わせて使える、自由度の高い料理。それは――
「――『ピザ』でも、作ってみようかなと、思っているんですよ」
女神は調理しないので、やや語弊のある言い回しであった。




