58話
「はあ、あなたが――『名付け師』さん、ですか……」
昼下がりのことだった。
女神が庭に洗濯物を干していると、来客があった。
女神の視線の先にいるのは、『不審者』である。
真っ黒いフード付きのローブは、頭からつま先まですっぽり隠していて、顔も、体型もよくわからない。
右手には角の生えた動物の頭骨と見られるものをくっつけた樹の杖を持っている。
だが、杖をつかなければならないほど歳を重ねているという様子でもない。
「そうそう。オレが『名付け師』って呼ばれている――まあ、魔族の歴史をつないでいくみたいな役割を負ってる者だよ」
声は、若い男性のものだった。
……とはいえ、魔族の年齢はよくわからないところがある。
基本的には不老不死だという話を以前聞いたことがあった。
見た目――は、すっぽりかぶられたフードによりよくわからないが、声から受けるイメージと実年齢とは、また違うのだろう。
「あの、お顔を拝見してもよろしいでしょうか?」
女神は言う。
しかし、名付け師「チッチッチッ」と指を振った。
「綺麗なお姉さん、そいつはできない。なにせ名付け師は『正体不明であること』『時期が来れば魔王に名を与えること』が運命だ。つまるところ、顔を隠すのはアイデンティティー。これをとられたら、オレは死んだも同然なのさ」
「なるほど」
魔族に運命を持ち出されたら、納得するしかない。
彼らにとって、『運命』というものは、生き方そのものだったり、いずれ打倒するものだったり、色々な意味を持つ。
別種族どころか、そもそも地上界の者でさえない女神が口を出すのはマナー違反だろう。
「ところで綺麗なお姉さん、現魔王たちから状況は聞いているかい?」
「状況?」
「この北東の山中に魔族の集落があって、そこで暮らす魔族たちは、今のところ、現魔王の配下にはなっていないっていう話さ」
「……ああ」
近場にそういう集団がいるらしい。
勇者や魔王が、ちょくちょく行って、GYU-DONをとどけたり、パンなどをもらったりしている。
ちなみに女神は詳しい場所までは知らない。
その集団と、魔王との関係は、今名付け師が言った通りだ。
魔族というのも一枚岩ではなく、『魔王だから』という理由で必ずしも従うわけではないのだと――『魔王に従うこと』が運命に組み込まれた種族ばかりではないのだということのようだ。
……まあ実際。
この家で暮らし、遊び、GYU-DONを食べ、眠る魔王に『カリスマ性』とか『王者の風格』みたいなものはないので、無理もないかなと思わなくもない。
「今のところ、その『魔族の集落』は、名付け師を――ようするにオレを中心にまとまってる。まあ、名付け師は古株でね。『昔からいた』っていうのはリーダー性を測る一つの指標たり得るわけさ」
「はあ」
「で、『時が来る』までは二つに分かれててもいいんだが、そろそろ時が来る感じなので、魔王に名と力を与えて、魔族を一つにまとめるべきだと思うんだ」
「……時が来た、とは?」
「準備を終えたってことだ。色々あるんだよ、名付け師にもさ」
「なるほど」
なにをどう準備したかは知らないが、知る必要もないのだろうと女神は判断した。
魔族と神は種族的には対立しているので、距離感がちょっと難しいのだ。
「まあそんなわけで、そろそろ『魔族の集落』は現魔王のもとに集うことにした」
「な、なるほど」
「しかし連中はまあ、なんだ、その……アンタの家でお世話になってる魔族たちと違って、大人もいるからな。大人が従う相手を変えるのは、なかなかめんどうな手続きとか『箔』――あるいは儀式が必要なんだ。わかるだろ?」
「あ、はい。わかります」
「そこで、ここからがあんたに相談――と、その前に、あんた、女神だよな?」
「はい」
「あんたが噂の女神だと見込んでの相談なんだが、魔王たちと、集落の全員を交えて、儀式をしたいんだ」
「……儀式、ですか……あの、私はたしかに女神ですけど、そういう儀式というのは、すべて人間が勝手に考えたものなので、神はあまり儀式に詳しくないのですが……」
「ああ、違う違う。宗教的なのはやろうと思ってねーよ。なんつーの? オレが頼みたいのはその、あんたらの家でやったとかいう噂の、そういうのだよ」
「……ええと」
「集落じゃ『魔王はいい暮らしをしている』『魔王はいつでも楽しくおいしものを食べている』って評判だぜ? GYU-DON持ってきた時に漏らしてたんだろうな。現魔王はなんだ、いつも楽しそうだから。……まあ、オレは直接現魔王とは会ってねーんだが」
「……えっと」
「ああ、悪い悪い。話が逸れた。ようするになんだ……あー……歳をとるとなかなかうまく言葉が出ねーんだが、女神さんもそういうことない?」
「いえ」
「あ、そう? 神様だから実年齢は結構なもんかと思ったんだが」
「私の年齢よりも、ようするに、あなたは私になにを求めていらっしゃるんですか?」
女神はこれ以上年齢にかんする話を進められたくなかったので、問いかけた。
名付け師は「あー」「うー」とうなりつつ考えてから――
「みんなでワイワイうまいもん食いたいんだが、その『うまいもん』が思いつかないから、なんとかして。得意なんだろ? うまい食い物考えるの。現魔王が言ってたってよ」
非常に簡潔に。
……なかなかの無茶振りをしたのだった。




