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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
十三章 コロッケと人類の危機
57/68

57話

「行くのか」



 深夜。

 甘いものの人は、ようやく帰途に就くこととした。

 けっきょく、魔王たちにせがまれて、彼女らが眠るまで付き合わされてしまったのだ。


 狭く長い廊下を歩き家の玄関を目指していると、背後から声がかけられた。

 振り返れば、そこにいたのは黒髪の青年――勇者であった。



「兄さん、珍しいわね。見送ってくれるの?」

「いや、トイレに行くところだった。なんかいたから声をかけたんだ。女神に前『声ぐらいかけてあげて』みたいなことを言われた気がしたから」

「……そこは嘘でも『見送るよ』と言ってくれていいのよ?」

「ミオクルヨ」

「…………やっぱりいいわ」

「そうか」



 勇者はなぜか『うむ』という感じでうなずいた。

 相変わらずなにがなにやらわからない人である。



「……じゃあね、兄さん。また来ると思うわ」

「……お前は」

「え?」

「お前は、ここで暮らさないんだな」

「……そうね。ここは、なにか……」

「魔族は嫌いか?」



 甘いものの人は、目を見開く。

 その質問は意外だった――勇者がそんな質問をしてくること自体も、そして、質問の内容そのものも。



「……兄さんから見て、私は、魔族のみんなのこと、嫌いみたいに見えた?」

「いや」

「じゃあ、なんでそんなこと聞くのよ」

「なんかお前がおとなしいから」

「……私はいつでもおとなしいけれど」

「たしかにそうだ」

「…………あの、もう帰った方がいいかしら?」

「うーん、待ってほしい。そういうのじゃない。うまく言えない。お前はおとなしいけど、この家でのお前のおとなしさは、なんか違うんだ。なんか……」

「……」

「そうだ。お前が、なんか、他人みたいで――」

「……」

「だからお前は、魔族が嫌いで、距離を置きたいのかと、俺は思った。違うのか?」



 違う――

 そう即答は、できなかった。



「……実際、複雑ではあるわね。兄さんほど過去を気にしない人間、そうはいないもの」

「そうなのか?」

「まあ、それをうらやましいと言えば、勇者になるために色々と捨てさせられた兄さんに申し訳ないのだろうけれど……本音を言えば、ちょっとうらやましいわ」

「つまり、うらやましいのか」

「……そうね。兄さんの相手は本当、やりにくい。言葉を飾って本音を隠すことが難しいもの」

「よくわからない」

「でしょうね」

「でも、魔族が嫌いで、それでも仲良くなりたいなら、俺に言うといい」

「……」

「仲良くはなりたいんだろ?」

「どうしてそう思うの?」

「かわいがってるからな」

「……そうね」

「お前を見てて思い出したんだ。お前が魔王とかと接する感じは、昔、小動物に触ろうとして、でも怖くて触れなかった様子に似てる」

「そのたとえはどうかしら……まあ、魔王さんは小動物的ではあるけれど……」

「今の俺は、難しいことを理解したり、言葉の裏にある気持ちを感じたり、できなくなってる。自分の名前さえ、わからない」

「……そうね」

「だから、困ってるならハッキリ言ってほしい。色々差し出したけど、記憶だけは差し出さなかったから。お前は今もまだ、俺の妹だ」



 勇者の言葉は――つたない。

 途切れ途切れだし、ところどころ、会話になっていないような感じだ。


 だけれど、気持ちは伝わった。

 甘いものの人は、笑う。



「でも兄さん、妙に鋭いから、自分で思っている以上に人の機微を読み取れてるわよ」

「そうなのか?」

「ええ。まあ、だから、ハッキリ言うわ。……あの子たちは好きだけれど、接し方はわからない。私が『魔族』というくくりで見てしまっているように、あの子たちにも『人間』というくくりで見られていないかは、ちょっと不安ね」

「……つまり、仲良くしたいのか、したくないのか、どっちだ」

「仲良くしたいわ。次から手伝って」

「そうか。わかった」



 勇者は重々しくうなずいた。

『ぼんやりしていてなにを考えているかわからない』と勇者の勇者時代――人間側の尖兵として魔族を倒していた時代に、王宮で評判だった表情だ。



「……じゃあ、兄さん、そろそろ私は帰るから。トイレ行きたかったんでしょう?」

「………………そうだった」

「自分の体のことまで忘れないで……」

「心配するな。俺は我慢強いんだ。空腹以外ならたいてい耐えられる」

「我慢しなくっていいでしょう。ここは兄さんの家なんだから」

「そうだな」

「……もう、本当に……女神さんにあんまり迷惑かけないでよ」

「気を付ける」

「じゃあね。……私はまだ、人間の方でやることがあるから」

「そうか。終わったら住むか?」

「……終わる日が来たら、それもいいかもね」



 甘いものの人は肩をすくめる。

 そして、家をあとにした。


 感圧式の自動ドアを抜ければ、深夜の森が広がっている。

 三台の荷車はすっかり空で、めんどうくさいので置いていきたかったが、これも貴重な備品だからと自分に言い聞かせる。


 暗い森。

 先が見えないことはないが、帰り道はなかなかつらそうだ。


 だけれどまあ、それもいいだろう。

 だって、暗くてつらい道が続くほど――

 のぼる朝日はよりきらめいて見えるだろうから。

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