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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
十三章 コロッケと人類の危機
53/68

53話

 その建物の中からはおいしそうなニオイと楽しそうな声が聞こえてきて、彼女はいつも入口前で止まってしまう。

 だって目の前の建物からは『家族』の気配が漂っている。


 大人の声、子供の声。

 男性の声、女性の声。

 幸福。


 夕刻。

 柔らかな赤い光に照らされたその建物には『幸せな家庭』がぎっしり詰まっていて、彼女はなんだかうまくなじむことができなかった。


 それでも。

 それでも――彼女はあの家に入らねばならない事情がある。


 助けが必要だった。

 だから彼女は荷車三台分の荷物を一人で引いてここまで来たのである(常人には無理)。



「……こんなことで、兄さんたちの手をわずらわせたくはないんだけれど……」



 身につけたマントが風でなびく。

 彼女は長い金髪を指先でもてあそんだ。

 建物を見据える青い瞳には、決意が宿っている。



「……」



 建物の入口そばに立つと、勝手に扉は開いた。

『自動ドア』とかいうのらしい。

 この家に住んでいる女神の言だと、『異世界』では一般的な設備なのだとか。


 ドアが開くと同時に、どのような楽器を用いているのかまったく想像がつかないような音が響く。

 これはこの家における鳴子らしい――ようするに『侵入者が来たよ』と家中の者に報せる防犯設備であり、防犯目的の設備は、彼女が確認したところ、これだけだった。


 もっとも、こんな大陸東端の秘境じみたところで、対人用の防犯設備も必要あるまい。

 うっそうと生い茂る木々に隠されたこの場所は、魔族や人間というくくりなく誰もが幸福においしいものを食べられる理想郷なのだ。


 ……だから彼女は、来客に反応して人が出てきてくれるまでの時間、背後を振り返る。

 そこにはいくつもの麻袋が積まれていた。


 中身は――

 ……『アレ』をどう表現していいか、彼女は言葉を持たない。


『アレ』こそが、今日、彼女がこの家をおとずれた理由であり――

 この家に住まう魔族たちに知恵を借りねばならない苦境へと彼女を――否、人類を追い詰めた原因なのであった。



「あら、甘いものの人さん」



 出迎えてくれたのは、女神であった。

 輝かんばかりの黄金の髪に、薄い金色の瞳を持つ美女である。

 女性らしいプロポーションをしており、その視覚的な柔らかさは、同性である彼女――『甘いものの人』とかいう呼び名が定着してしまっている彼女さえ、目を引きつけられてしまう。


 ただこの女神、妙に所帯じみたところがある。

 特に今、サンダル履きでパタパタ音を鳴らしながら、地味なエプロンで手をふきつつ現れた姿など、悲しいほど主婦感があった。



「本日はどうされました? あ、どうぞどうぞ、立ち話もなんですから、中へ……」

「……ごめんなさい女神さん。『これ』を中に持ち込んでいいものかどうか……」



 甘いものの人は背後の荷物へ視線をやる。

 荷車三台分の荷物。

 満載された麻袋の中には、一瞬で王城を物理的に誰も住めぬ地と変えたおぞましき物――大量にある『それ』の一部が詰まっているのである。



「あら、重そうな荷物ですね? また『甘いもの』の材料ですか? 勇者様も子供たちも喜んでくれると思いますよ」

「……あれは、そういうのじゃないの。なんていうか……人類が魔王領から略奪した品なんだけれど、保管庫で異常に増殖して、王城をあっというまに埋め尽くした……たぶん、植物だと思うのだけれど……」

「そ、それは穏やかではありませんね……」



 女神が苦笑した。

 甘いものの人は目を伏せ、頭を下げる。



「お願いします女神さん。『これ』がなんなのか知らないと、人類はこの植物に住む場所を追い出されてしまう……そのために、魔族の知識が必要なの。魔王の娘さんに、知恵を借りたいのだけれど……」

「わかりました。でも、その前に、危険物だといけないので、私が一度中身を検めても?」

「……ええ」



 甘いものの人は、緊張しながらもうなずいた。

 もし女神になにかあれば、勇者をはじめ、子供たち――魔族の子供たちも悲しむだろう。

 もしもこの謎の植物が、なにかしてきたら、女神を守れるように心構えをする。


 女神はサンダルをパタパタ鳴らしながら荷車に近付き――

 麻袋の口を、開いた。


 その時である――ドサドサと、麻袋いっぱいに詰めこまれた、謎の植物があふれだし、地面にこぼれ落ちた。

 どうやら道中でも地味に増殖を続けていたらしい。

 女神はこぼれた――丸くそれなりの硬さがある――植物を踏んで、バランスを崩した。



「女神さん!」



 叫びながら、甘いものの人は女神が倒れる前に駆け寄る。

 どうにか転ぶ前に女神を支えることに成功し――



「大丈夫ですか?」

「ええ、びっくりしました。ずいぶん無理に袋に詰めてあったんですね……」

「いえ、どうやら道中でまた増殖したようで……」

「増殖ですか」

「はい。……忌々しい植物です。もっとも、魔王領にあった時には、ここまで異常増殖はしていなかったようなので、人類がした『なにか』が作用してこんなに増えてしまったのでしょうけれど……」



 甘いものの人は、地面にこぼれた植物をにらみつける。

 それは、ゴツゴツと醜い姿をした、手のひら大の歪な球形の物体であった。


 表面は茶色のような灰色のような色合いで、触った感じはガサガサしている。

 握ると硬く、独特な――土臭い、とでも言おうか――ニオイがするのだ。

 植物の球根を連想させるので『植物』として扱っているものの、実態はなんなのかわからない。


 ともあれこれのせいで人間の王都は大混乱である。

 それゆえに魔王領に詰めていた甘いものの人が、緊急で王都へ呼び出された。

 そしてこの植物らしきものの正体を探り、増殖を止める使命を帯びたわけなのであった。

 ……もっとも、甘いものの人だけが呼び出されたわけではなく、魔王領で調査を行っていた小隊の長全員が呼び出されたわけだが。



「女神さん、こんな厄介ごとを持ち込んでしまってごめんなさい……でも、このままでは、人類がこの謎の物体に押しつぶされてしまう……私は兄さんやみんなの味方だけれど、人類を見捨てることも、できないんです」

「いやあ……その、押しつぶされはしないと思いますけど……」



 女神は苦笑している。

 その反応を見て、甘いものの人はハッとした。



「まさか――正体がわかるんですか!?」

「わかります。まあ、魔族の文化には疎いですし、そんな異常増殖するものという記憶もないので、ちょっと私の知る『アレ』とは違いそうですけど……近いものなら」

「これは……これは、なんなのですか? 異常増殖して保管庫を突き破り、王城を『これ』まみれにし、そのうち世界のすべてを征服してしまいそうな、この物体は……」

「『じゃがいも』です」



 女神はハッキリ言った。

 甘いものの人は首をかしげる。



「……『じゃがいも』?」

「そうですね。細かい生態などは確認をとらないとわかりませんが、形状やにおいや触った感じなどは、間違いなく『じゃがいも』で――」



 女神は笑う。

 やっぱり、苦笑だったけれど。



「――れっきとした、食べ物ですよ」



 人類をおびやかす『魔族以来第二の人類にとっての脅威』は――

 どうやら食べられるらしかった。

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