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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
二章 みのたんのバーベキューと牧場長
5/68

5話

 卵。

 この材料自体の万能性は、この材料を扱ったことがある者ならば、誰もが実感していることだろう。


 焼いてよし。

 茹でてよし。

 煮てもいい。

 ただしこの世界においてあまり『生』という食べ方はされない。


 しっかり火を通す食べ方が主流だ。

 衛生面からの配慮ゆえに当たり前に行われてきたことだった。

 それゆえ生食という文化が根付いておらず、『生』という発想自体が乏しかった。


 素材を生や半生で食べる。

 そのことを勇者は、こう表現した。



「贅沢だな」



 炊事場。

 六人掛けの……よく考えれば、二人暮らし用の家なのに、まるで最初から同居人を増やせという神の意思があったかのような……六人掛けのテーブルには、勇者と魔王の娘が向かい合って座っている。


 朝食の時間だ。

 メニューは言わずもがなGYU-DONであり、勇者と魔王の娘の前には、すでに湯気立つどんぶりがあった。


 その横に――卵の中身が入った小鉢があった。

 勇者には半熟卵。

 魔王の娘には、生卵。


 女神は鍋のそばに立っていて、二人の食事シーンを見ている。

 昨日あたりから定着の気配を見せ始めている、いつもの立ち位置だった。



「どうぞ、召し上がってください」



 断じて女神が調理をしたわけではないはずだが、彼女の声には少々の緊張があった。

「いただきます」という声が重なる。

 そして食事が始まった。


 勇者はまず、半熟卵を使用せずにGYU-DONを食べた。

 味の確認というわけでもない。ただ単純に寝起きで空腹だったので、せっかく増えた『半熟卵』の使用を単純に忘れただけである。


 GYU-DONの『牛肉とタマネギの煮込み』がほぼなくなったあたりで、勇者は半熟卵の存在を思い出した。

 そうして、小鉢を手にして――戸惑う。

 これはどう食べればいいものなのか、わからないのだ。


 まずはスプーンで小鉢に入った半熟卵をつついた。

 ぶにぶにとした感触だ。かなり柔らかい。固体とも液体とも言えないものであり、果たしてこれがスプーンに大人しくおさまってくれるかどうかは、不安なところだ。


 スプーンを刺す。

 すると――トロリ、と黄色い部分が割れて、粘性のあるものがしみ出してきた。

 勇者はスプーンを引き抜き、その黄色い部分を舐める。


 ねっとりとした食感。味は甘く、濃厚だ。かすかに塩のような味もある。

 舌触りは蜜に似ていた。けれど蜜ともまた違う。



「GYU-DONの本場の世界では、GYU-DONの上に乗せて食べるようですよ」



 女神が言う。

 ならばそうするか、と勇者は半熟卵を、白米とツユが残るのみのGYU-DONへとのせた。


 スプーンを刺し白米と同時にほおばる。

 これが、うまい。


 GYU-DONというのはしょっぱめの『牛肉とタマネギの煮込み』を炊いた『白米』の上に乗せていただく料理だ。その相性を実感したからこそ、甘めの味付けが合うかどうか、不安もあった。

 しかし、払拭された。


 蜜のような粘性あるものが炊いた白米にからみつき、今まで知らなかった味が開拓される。

 それは米粒一つ一つが存在感を増すような不思議な感覚だった。

 一度噛む。甘みがしみ出す。

 二度噛む。さらに甘くなる。

 噛めば噛むほど米の甘みと卵の甘みが調和し、混ざり合い、いつまでも噛み続けたいような心地にさせられる。


 だが、せっかちな胃袋は『早くこちらへ』と勇者を急かす。

 飲み込む。

 すると、今まで気付けなかった、新たなうまさを発見する。


 それは『のどごし』だ。

 今までは濃厚な甘みにばかり着目していたが、飲み込んだ時、ずるりと喉奥に滑り込んでいくような、そんな爽快感があった。


 勇者は器を見る。

 そして、スプーンで何度か中身をつついた。


 わかったのは、この『のどごし』を支えているのが、半熟卵の白い部分だということだ。

 それは今まで認識できなかった地味な存在だった。


 黄色い部分に比べれば味もないし、粘性もないし、なんだかよくわからない、液体だか固体だかもわからないオマケ部分――

 そう思っていた。

 その真価を見抜けなかったのだ。


 黄色い部分や白米は粘度が高い。舌の上では強みを発揮するそれらはしかし、腹に落とす時に『喉に引っかかる』という危険性をはらんでもいた。

 だが――ここで、白い部分が働く。


 白い部分とともに飲み込むことで、ずるり、とすんなり腹に落ちていくのだ。

 うまいものが、うまいまま、快感さえともない、胃へ降りる。

 だから――二口目、三口目と、すぐに続く。


 勇者は後悔した。

 今日もまた、気付いたら食べきってしまっていた。

 もっとゆっくり味わいたい、いくら無限に湧くからといって、しっかり噛みしめ感謝しながら食べないのは食材に対し失礼だ――そう思っているのに、そうできない。


 半熟卵。

 怖ろしい存在だ――勇者はそいつが入っていた小鉢を見つめた。



「女神、おかわり。あと半熟卵をもう一つくれ」

「はい」



 女神は微笑み、勇者のどんぶりを受け取る。

 ほどなく、どんぶりいっぱいのGYU-DONと、新しい半熟卵がとどけられた。



「これはいいな。俺はこれさえあれば生きていける気がする。見ろ、魔王の娘も夢中で食べてるぞ。きっと生卵もうまいんだ。次はあれ食べるからな」

「はい。……あの、勇者様、ところで相談があるのですが」

「なんだ?」

「新しいメニューほしくないですか?」

「まだ増えるのか!?」



 勇者は思わず立ち上がりそうになった。

 GYU-DON。

 半熟卵。

 そして――生卵。


 これだけでもかなり豪華な食生活が送れそうなものだが、さらに上があるのか。

 こんな贅沢をしてバチが当たらないのか、不安すら覚えた。

 しかし――



「増えるなら、増えてほしい。うまいものは、いっぱい、色々、食いたい」

「そうですか。それでですね、どうにも、同居人が増えると、メニューが増えるらしく……新しいメニューを増やしたいのでしたら、同居人を増やさないとならないのですが……」

「捜そう」

「ちょっと、ちょっとお待ちを! ……しかし、このあたりに、人がいないじゃないですか」

「そうなのか?」

「いえ、だって大陸の端ですよ? いないでしょう、普通に考えて」

「でもコイツいたぞ」



 勇者が魔王の娘を指さす。

 彼女は「ん?」とご飯まみれの顔を勇者に向けて――



「なんの話だ?」

「同居人が増えたらメニューが増えるから、同居人を捜したい。でも、このへんには人がいないって女神が言う。でもお前がいた。だから他にもいるんじゃないかって俺は思う」

「いるぞ!」



 魔王の娘が立ち上がる。

 どんぶりを片手に、女神へと向き直った。



「このあたりは、わたしの他にも逃げてきた魔族がいるはずだ!」

「……そうなんですか?」

「うむ! だって人族西にいるし、生き残った魔族は東に逃げるしかないだろ!?」

「まあそう言われればそうなのですが……実際問題、心当たりとかは?」

「うーんと……あ、そうだ。人はいないかもしれないが、とりあえず牧場があるからそこに行ってみよう。誰もいなくても、ミノはいるかも」

「みの?」

「ミノタウロスだ! おいしいミノ肉を育てる牧場があるんだぞ! 王族御用達だった! 王族って人のじゃなくて魔族の、つまりわたしだけど!」

「……ああ、なるほど。たしか――牛肉に近い味の生き物でしたっけ」

「そうだ! 魔族には『牧場長』っていう役割もいるから、そいつかそいつの子供が生き残ってたら牧場にいると思う!」

「なるほど。行ってみる価値はありそうですね」

「うん! 誰もいなくてもミノ肉が手に入るし!」

「……しかし、普段からGYU-DONを食べて、そのうえまた肉ですか……あの、野菜とかそういうものは、心当たりないので?」

「うーん……農場はなあ……ちょっと西寄りなんだよなあ……でも、わたし、肉好きだから、肉でいいよ!」

「……」



 肉食の生き物どもめ、と女神は思った。

 まあ、女神は付き合い以外で食事をとらないので、本人たちがいいならそれでいいのだけれど。



「……それでは、食事が終わったらミノ肉の牧場に行く……でよろしいですか?」



 女神は勇者を見た。

 彼はどんぶりからわずかに顔をあげて――



「うん」



 とだけ言って、再び食事に戻った。

 魔王の娘も気付けば食事に戻っている――立ったまま。

 女神は二人の食いしん坊っぷりに笑うしかなかった。

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