49話
その日、朝起きた魔王の娘は、勇者とともに『魔族の集落』に向かった。
『魔族の集落』とは避難所だ。
先代魔王が倒れた。
残った魔族も人間たちの攻撃を受けちりぢりになった。
そんな魔族たちが安全に暮らせるよう集った場所こそ、『魔族の集落』と仮称される、北方の山中にある場所なのである。
そこではどうやら、自給自足の生活ができているようだった。
しかし魔王の娘は王として扱ってもらうため――
勇者はあわよくば『魔族の集落』の面々を家に招き、住人を増やし、メニューを増やすため――
『魔族の集落』で生活している魔族たちに、GYU-DONの材料をタッパに詰めて会いに行くことにしたのであった。
……あるいはさらに、『オークをもう一頭ゆずってもらうため』という下心も、勇者の方にはあったのかもしれない。
ともあれ勇者と魔王の娘は、『魔族の集落』に朝イチで向かい――
そして、昼に、帰って来た。
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「……なんでご飯の力で全部の問題が解決しないんだろう……」
昼。
炊事場の長いテーブルでほおづえをつき、魔王の娘が一人でたそがれていた。
ああして遠い目をして大人しくしていると、魔王の娘はそれなりに美人であった。
真っ黒い長い髪にはよく手入れされているかのような(風呂嫌いなのに)ツヤがあり――
髪色とまったく真逆の真っ白い肌は、病弱な深窓の令嬢といった様子だ。
赤い瞳は思わず吸いこまれそうな輝きを宿しており、まさに黙っていれば美女という様子であった。
しかしまだ幼い。
今はぶかぶかな勇者のマントにぶかぶかな勇者のシャツのみという格好でもまだギリギリ微笑ましいが、成長すれば『微笑ましい』ではすまなくなるだろう。なんていうか――エロすぎる。
それにしてもよほど衝撃的らしい。
先ほど魔王の娘は、魔族たちが避難している集落に行った。
そして『働かなくてもご飯が食べられるからうちに来い』という旨の説得をしたところ――
――断られた。
それがどうにも前代未聞のショックだったようで、魔王の娘は帰ってきてからずっとあんな調子だった。
「おかしい……毎日食べ放題なのに……GYU-DON食べ放題なのに……」
魔王の娘の中では『食べ放題』というのが殺し文句らしかった。
魔王の娘は食べ物で釣れる。
が、どうにも魔族すべてが食べ物で釣れるわけではないらしい。
女神はコンロの前で魔王の娘の様子を見ながら――
「ちなみに勇者様、具体的な交渉内容などは覚えていらっしゃいますか?」
――チラリ、と真横の勇者を横目で見上げる。
彼は髪を掻きながら、ホットスナックの什器にある『無限わきするフライドチキン』をバクバク食べつつ――
「働かなくても食えるって言ったのに、『いい』って断られた」
――勇者にとって『働かなくても食える』は殺し文句なのだった。
勇者は食べ物で釣れる。
「あの……そうではなく……その、まさか『働かなくても食えるぞ』『いい』以外に会話がなかったわけじゃないですよね?」
「そういえば、今日はオークもらってこれなかったな……」
「食べ物の話ではなく……その、今後の予定と言いますか、『魔族の集落』とこの家の面々はどういった付き合いをしていく感じなのか、みたいな……」
「…………GYU-DONをあげたぞ。オークのお返しに」
「そうではなく、その、もっと外交的な会話というか……」
「……?」
「……まあ、その、なんでもありません」
勇者も魔王の娘も、食べ物で解決できない事態を前にショックを受けすぎだった。
彼らは食べ物の力を信じすぎている――いやまあ、この家において、たしかに食べ物で解決できない問題はなかったような気もするのだけれど。
そもそも、勇者と魔王の娘二人だけで行かせたのも悪かった。
さらに言えば、魔王の娘はどうにも、『魔族の集落』と今後どう付き合うか具体的な方針をなんら抱いていないっぽい。
食べ物をあげたらみんな仲良し。
そのぐらいの考えだったのかもしれない。
まあ、この家に集う面々だけ見ていると、そのぐらいの考えでも問題なさそうだが……
全部が全部そうもいくまい。
なので女神は、魔王の娘に言う。
「あの、魔王の娘さん、具体的にどうしたいかを決めてみませんか?」
「え? 女神なんか言った? なんの話? 今晩の夕食のメニュー?」
「違います。『魔族の集落』と、具体的に、どういう付き合い方をしていきたいかを、考えてみませんか?」
「具体的? 『仲良くしたい』『王としてあがめよ』じゃダメ?」
「うーん……」
この、予想通りの思考回路。
女神は思わず魔王の娘をなでたくなるのを我慢しつつ――
「えっと、状況を整理しましょうか」
「うん」
「『魔族の集落』は、現在、魔王の娘さんではない指導者のもと、動いているんですよね?」
「そう」
「それで、魔王の娘さんは、その状況は、イヤなんですか?」
「イヤっていうか……うーん……別にイヤじゃないけど、でもわたし、王だし……王なのに臣民が従わないっておかしくない?」
「王政について、私は神なのでなんとも言えませんが……魔王の娘さんは、『おかしい』『間違っている』『ダメだ』と思うんですか?」
「ダメとは思わないけど……うーん……あ」
「どうしました」
「ひょっとして運命との戦いなのかなあ……」
魔王の娘はつぶやく。
女神は「ああ」と声をあげ、
「……そういえば、魔族の方々は『運命』というものを生まれつき抱えていて、それに抗うことを美徳としているんでしたっけ」
「そうだぞ。そしてだいたいの魔族は『魔王に従うこと』っていうのも運命……の、はず!」
「そこは明確ではないんですね……」
「あ、でも……ってことは、『魔族の集落』のみんなは運命に抗ってるってことかなあ? だったら邪魔するのよくない? 牧場長とかも従わない方がいいのかな……」
「あなた方の価値観は私にはよくわかりませんので……まあ、そのあたりもふくめ、一人で考えてもわからないようでしたら、魔族のみなさんに聞いてみたらいかがでしょう?」
「そうだな! そうする!」
「今はみなさん仕事中でしょうから、帰ってきてからですかね」
「いやっ! たまには臣下をねぎらう意味で魔王自ら行くぞ! おにぎり持って!」
おにぎり持って。
女神は苦笑する。
「えっ、いえ、あなたと勇者様はいなかったので知らないかもしれませんけど、先ほどみなさんお昼は終えられましたけど……」
「でも、みんなおにぎりぐらいなら食べるよ!」
「……まあ食べそうですね」
女神は納得した。
そして――
「では、手早くおにぎりを作ってしまいましょうか。私もお手伝いしますよ」
「じゃあ影武者も連れて来る。あと、漁を終えて寝てる漁師も」
「漁師さんは休ませてあげていいのでは……」
「じゃあ声だけかける」
「それぐらいがいいかと」
「これが、えっと、なんだっけ……王様が家臣の様子を見にこっそり行くヤツだな!」
「そのままですね……」
お忍びとか、視察とかだろうか。
神界に『王』はいないので、女神は王の行動を現す言葉にはあまり詳しくない。
「勇者は!?」
魔王の娘が問いかける。
勇者はフライドチキンをモゴモゴ食べながら――
「俺はこっそりついていく」
「そっか、わかった!」
どうにもそういうことらしい。
なお『こっそりついていく』と堂々と申告した勇者の意図は不明だ。
女神以外は気にもしていないようだったけれど。