47話
勇者はオークをゲットした。
ただし新しい住人はゲットできなかったようだ。
その代わり――
「北の山中で魔族の集落を見つけたぞ」
生存者がいたらしい。
それは喜ばしいことだ――女神や勇者は立場を思えばおおっぴらに喜べないかもしれないが、少なくとも魔王の娘にとっては嬉しい事実のはずだった。
だというのに、帰ってきてから、魔王の娘は沈んでいる。
炊事場。
シンクの方では牧場長によってさばかれたオーク肉が、マンドラゴラ屋により調理をされているところだった。
あたりにはカラカラと油でなにかを揚げる音がして、空気自体が非常に香ばしい。
コンロのあたりには魔族たちが集まり、マンドラゴラ屋の手際を見て、おどろいたり騒いだりつまみ食いしようとして影武者に怒られたりしている。
そんな中、食卓の自分の席で、魔王の娘が突っ伏していた。
疲れて気絶している――というわけでもないらしい。
たまにコンロの方をチラチラ見ている。
しかし魔王の娘の席からでは、なにを揚げているかは見えないだろう――見えるのは調理中のマンドラゴラ屋の後ろ姿と、漁師の尻と、影武者の長い髪と、コカトリス飼育員の毛布ぐらいなものだ。
気にはなっている。
だが、突撃していく元気がない――魔王の娘は、そういう様子だった。
「わたし……王扱いしてもらえなかったんだ」
魔王の娘がポツポツと話し始める。
女神は勇者をチラリと見た。
勇者はその視線を受けて――
「なあ、ところで今日の夕飯はなんなんだ?」
――どうやらシリアスな話は彼抜きでするしかないと女神は悟る。
勇者には「たぶんもうすぐできるのでお待ちください」と笑顔で言って――
女神は、魔王の娘の背中を優しくなでた。
「魔王の娘さん、『王扱いしてもらえなかった』とは?」
「うん。あのな……北の山の集落では、生き残った魔族たちが集まって暮らしてたんだけど、そこでのリーダーが王で、わたしは王じゃないみたいなんだ」
「ええっと……」
「わたしは魔王だけど、つらい時にみんなを導いたのはわたしじゃないから、わたしよりも、そこのリーダーが、集落の連中にとっては魔王なんだ」
「……ああ……なんとなくわかりました。仮の指導者が精神的支柱になっていて、今さら入り込む余地がなかったんですね?」
「………………たぶんそんな感じ」
魔王の娘がため息をつく。
女神は彼女の頭を撫でた。
「そんなに気を落とさないで……きっとみんな、いずれ、あなたを魔王だと認めてくれますから」
「そうじゃないんだ。……わたし、もっと魔王になりたい。でも魔王ってよくわかんないんだ。どういうのが魔王なのかなあ? なにしたら魔王かなあ?」
「それは私にはわからないことですが……最初っから全部を完璧になんかできませんよ。あなたはまだ子供で、できることと、できないことがあります。全部を全部背負いこんだら、つぶれてしまいますよ」
「わたしが弱いから?」
「まあ、そうですね。でも、いち種族の命運を全部背負えるほど強い人なんか、そもそもいないと思いますし……気に留める必要はあるけれど、気に病む必要はないと思いますよ?」
「女神はたまに大人みたいだ」
「……まあ、いちおう、年上なので……」
「女神を自称する変な人なのに……」
「まだ信じてもらえていなかったんですか!?」
「うん」
「ええええ……」
わかり合えてきたと思ったのに、根本のところでつまずいていたらしい。
魔王の娘は顔をあげ、ニカッと笑う。
「うん。でも、できることと、できないことは、たしかにあるな。わたし、箸とか使えないし。使いたくもない! よし、完璧な魔王はやめた! なんかもっと現実的な魔王に、わたしはなるぞ!」
「現実的な魔王……」
非現実的なセンテンスだった。
想像できない。
「そういうわけで――とりあえずご飯!」
「はい。今日の夕食はですね――」
「ううん。そうじゃなくって、明日あたり、ご飯持って、また集落行ってみようと思う」
「……ああ、なるほど」
「王として未熟なのに、王みたいな態度で行ったのがまずかったんだと、わたしは気付いたぞ。あっちはあっち、こっちはこっちって勇者は言ってたけど……」
「言ってたんですか?」
「うん。勇者は言ってた。でも、わたしはそう思わない。だからとりあえず、一緒にご飯食べに行こうと思う。でも今日はわたし、もう動けないから明日な!」
「そうですね。もう暗いですし」
「うん! それで、今日の夕食はなんだ?」
「ああ、今日の夕食はですね――」
女神が答えようとしたタイミングで――
コンロの方から、マンドラゴラ屋が言う。
「女神、揚げ終わったわよ」
言いながら、マンドラゴラ屋は横にどけた。
真っ白いウェーブした髪と、褐色の肌の向こうにあった『揚げ終わった』ものとは――
「アレは――唐揚げか!?」
衣に包まれた、平べったい楕円形のもの。
魔王の娘の知識だと、唐揚げに近い物体だ。
実際、素材は鶏肉が豚――オーク肉になったぐらいで、唐揚げとそう変わらないだろう。
ただしアレを唐揚げとは普通呼ばない。
アレは――
「いいえ、『カツ』です。正確には『トンカツ』ですね」
もっと正確には『オークカツ』なのだが、まあその、そこらへんはなんていうか、意識しないようにしたい。
パン粉はつつがなく調味料と認められ、手に入っていたのだった――『パン粉なら大丈夫です。ただし生パン粉はだめです』と言われたので、実際ギリギリセーフだったっぽいが。
「じゃあ、今日の夕飯はトンカツなのか! わたし、揚げ物好き!」
魔王の娘が目を輝かせる。
だが、女神は笑顔で首を横に振り、
「いいえ、今日の夕食は『カツ丼』ですよ、『めんつゆ』も用意してありますからね」
ここにいる全員に耳慣れない、その料理名を告げた。