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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
十二章 カツ丼とオーク(材料)
46/68

46話

 オーク牧場はそう遠くない場所にあった。

 以前、マンドラゴラ農場を目指す際に魔王の娘が言っていたが、マンドラゴラやミノタウロスに代表される『一歩間違うと危険な農作物や畜産物』は魔族の王都より東側に集められる傾向があるらしい。


 女神の知るオークというのも危険な生き物なので、そう遠くない場所に連中の牧場があるのも当たり前と言えば当たり前なのだろう。

 とはいえ、今まででは、魔族の王都を除いてもっとも遠い場所へ向かうことになる。

 なので――



「魔王の娘さんは置いて行った方がいいんじゃないでしょうか……」



 女神は優しさからそのような提案をした。

 だが。



「えーなんで!? わたしいないと困るよ!」

「……ええっと……まあその、そうかもしれないですけど、でも遠いですよ?」

「でも、わたしいないと、ほら、その……交渉とか! オーク牧場の管理人とかに勇者が話しかけたらややこしいだろ!? わたし、役立つ! 連れてって!」



 というわけで、まあたしかにこれまで魔族たちと戦いに発展しなかったのは魔王の娘の力が大きいという実績もあったし――

 あと。



「いいんじゃないか? 俺が背負うし」



 勇者もそう言っているので、魔王の娘はオーク牧場に同行することになった。

 それらを加味したうえでパーティー編制が行なわれる。


 勇者――装備品は、聖剣、道案内妖精、魔王の娘。

 勇者の装備品はだいたい会話による意思疎通が可能だった。

 よく考えればすさまじいことであり、怖ろしいことでもあるので、よく考えない方が精神のためにいいだろう。


 同行者には牧場長とマンドラゴラ屋が選ばれた。

 これはオーク牧場という畜産系の場所を目指すのに、畜産系リーダーらしい牧場長がいた方がいいという配慮ゆえだ。

 マンドラゴラ屋は今一仕事終わってしばらく暇だから北方の土を見に行くらしい。


 留守番は女神、漁師、影武者、コカトリス飼育員となった。

 北方の山には雪が降っているという話を聞いた漁師が、『お尻が冷える』と辞退したのだ。

 ふんどし一丁なので仕方ない。


 ズボンかスカートをはくことを女神がおすすめしたがはぐらかされた。

 たぶんこだわりがあるのだろう――魔族特有の、他者には理解しがたいこだわりが。魔王の娘も下をはかないし……


 コカトリス飼育員は体力不足が心配されたので留守番だった。

 同じ家に住むメンバーの中ではもっとも体が小さいので仕方がない。

 それでも魔王の娘よりは体力があるはずだけれど、魔王の娘と違って、別に志願していないのだ。無理強いしてまで行かせる理由も特になかった。


 女神はさすがに北方の山へサンダルで行けると思えなかったので、留守番した。

 これは『神はサンダルしか履いてはならない』というルールのせいである。


 トレッキングシューズとか履いてパンツルックとかもやってみたい女神だったが、神界は色々ゆるいくせに服装――足まわりだけはとびきりうるさいのだ。

 靴どころか靴下を履いただけで神の座から降ろされかねない。


 素足にサンダル。

 その際は足の五指がすべて見えるものを履くこと。

 また、派手な色は厳禁。神としての自覚が見えるもの着用のこと――とルールにある。

 神の法を定めた者はきっと足フェチだったに違いない。


 魔王の娘と同行する大人が勇者だけになってしまうことへ申し訳なさもあったが――

 サンダルでついて行くと足をすべらせたりして自分が世話になる事態になりかねない心配もあり、今回は同行を断念することとしたのである。

 あと影武者は魔王の娘と同じ顔の者が二人いたら出会った魔族が混乱するだろうから、留守番だ。


 ……こうして整理していくと本当に大所帯になったものだと女神は感じる。

 かくして留守番組で探索組を見送り――


 家の玄関。

 留守番組の中で一番語彙力が高そうな影武者に、女神はたずねる。



「ところでオークってどういう味なんですか?」



 ほら、料理の準備とかしないといけないし。







 勇者が出向く以上食材の確保だけはなにをおいても絶対にやるだろうという信頼のもと、女神は本日の夕食を妄想する。

 どうやらオークは、豚肉に味の近い生き物らしい――まあ豚面なので妥当といえば妥当だろうか。


 とはいえ女神のオークに対するイメージは、『オーク』と検索エンジンに入力したら『くっ殺』『女騎士』と予測されそうな感じで、ようするにそういうものだ。

 あんまり食べたくない。


 だが、食いしん坊たちが手に入った食材をおあずけされて耐えきれるはずもないので、女神自身は食べなくとも、その調理法だけは考えねばならない。

 だから炊事場で意味もなくシンクをにらみつけながら、女神は腕を組んで考えこむ。


 豚肉。

 これもまた、利用法の多い食材だ。


 焼いてよし、煮てよし、揚げてよし。

 さすがに生食は色々とご遠慮申し上げたいところだったけれど、火さえ通せばどうにでもなる食材というのが、豚肉のイメージである。

 コカトリスを仕入れた時にも思ったが、普段料理をしないので、利用法の多い食材が来ても困ることが多い。


 女神が悩んでいると――

 炊事場に、ペタペタと足音を立てながら誰かが入ってくる気配。


 振り返る。

 すると、そこには留守番組の漁師、影武者、コカトリス飼育員がいた。



「あら? みなさん、どうされました?」



 女神が問いかける。

 三人は顔を見合わせた。


 そして、代表するように、黒髪に赤い瞳の、魔王の娘――

 ――とまったく同じパーツで構成された顔をしているのに、魔王の娘より数段気品のある雰囲気(たぶんドレスを着ているせいでもあるだろう)の影武者が、代表で口を開く。



「お箸の練習をさせていただこうかと思いまして」

「……あの、無理はしなくていいんですからね?」



 魔王の娘に泣かれたことを思い出す。

 まさか箸を試しに使わせたぐらいで泣かれるとは思ってもみなかったので、あの時はたいそう動揺したものだ。


 女神としては、泣かせてまで無理強いさせる気はなかったのである。

 だけれど、影武者は微笑んで言う。



「今は目の前にご飯がないので大丈夫ですわ」

「ああ……箸の扱いが難しいのがイヤなのではなくって、ご飯をおあずけさせるのがイヤだったんですね」

「ええ。ご飯をおあずけされるのはひどい拷問というのが、魔族の総意です」



 とんだ食いしん坊種族である。

 勇者の影響が色濃い気がしてならない。



「たしかにお箸の習得は困難をきわめるでしょう。しかし、我らにはお箸の扱いを覚える理由があるのです」

「え、なんですか?」

「お箸で食べるご飯と、スプーンで食べるご飯は、味わいが違うと女神さまがおっしゃっていらしたではありませんか。新たなる味わいのために、魔族は努力をおしみません」

「それが理由!?」

「あと暇なので。わたくし、いつも遊び相手をしている魔王さまがいらっしゃらなくて手持ちぶさたですし……漁師さまは朝に漁が終わると基本的に次の朝までやることがないそうです。コカトリス飼育員さんは、先ほど餌皿と水の交換を終えて、あとは暇だとか」



 どちらにせよしょうもなかった。

 だがまあ、暇つぶしでも覚えてもらえるのはありがたい――箸を扱えるようになるのはいいことだ。


 別にスプーンでGYU-DONを食べることがいけないというわけではない。

 スプーンも箸も使えれば、気分や調子によって使い分けることができるだろう――選択肢が増えるということが、いいことなのである。


 女神はうなずく。

 そして、シンクのあたりの引き出しから、箸を三膳取り出し――



「それでは勇者様たちが帰ってくるまで、お箸の扱いを練習しましょう。……まあ、私も扱いが完璧とは言いがたいんですけどね」

「そんな! 女神さまの箸使いは奇跡のようでしたわ!」



 魔族の中で『箸を扱えること』に対する評価がやたら高い。

 GYU-DONの世界における、忍者に対するアメリカ人の評価みたいな感じだ。

 ミステリアスパワーを感じるのかもしれない。



「……まあ、奇跡と言うのでしたら、私も女神の端くれですので、奇跡をみなさんに伝受しましょう」

「女神さま!」



 魔族たちが「女神さん!」「女神さん!」とたいそうな喜びようである。

 信仰の高まりを感じる。


 箸を使った程度で女神扱いしてもらえるならば、彼女らと初対面の時、いっそ箸をカチカチいわせながら登場すべきだったかなと女神は思った。

 箸をカチカチしながら現れる女神は、なにか邪神のオーラがないでもないが……


 ともあれ――

 箸の扱い習得に乗り気なメンバーが多いことがわかった。

 だから女神は決定する。



「今日中に覚えて、今日の夕食で使えたら、楽しいかもしれませんね」

「今日のお夕食はなんなのですか?」

「それはまあ――勇者様がオークを持ち帰るかどうかにかかっていますので、まだ秘密です」



 箸で食べるといいもの。

 それはやっぱり『丼』だろうと、女神は思うので――

 とりあえず『めんつゆ』と『パン粉』を仕入れようと女神は決意しつつ。

 パン粉が『集めればパンになるのでダメです』とか無茶言われたらどうしようと、密かに気をもむのだった。

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