45話
魔王には、四天王と呼ばれる部下がいました。
彼らは、みんな、強い魔族です。
一人は軍部を司る『参謀』。
たぶん死んでるので、大陸東の海中の隠れ家に、次代の参謀がいるでしょう。
一人は畜産を司る『牧場長』。
ミノ牧場のそばで張り込んでいれば、いつか出会うこともあるかもしれません。
先代はこれを書いている時すでに死亡確認済みなので、君も赤ちゃんのころ会ったことのある、先代牧場長の娘を、記憶を頼りに見つけてください。
一人は魔族の戸籍管理をする『名付け師』。
彼女は魔族の中で唯一『死なない』運命を持っているので、おそらく北方の山の中で隠遁生活をしていることでしょう。
性格が悪いので気をつけてください。父としてはあんまり会ってほしくないです。
四人目は
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「なんか四人目の項目の最後の方に『書くのしんどくなってきた』って書いてあるだけで、他に情報ないんだけど!」
魔王の娘が大声で言った。
炊事場である。
食事もほどほどに、魔族たちは全員が冷蔵庫前に集まって『先代魔王の日記』をのぞきこんでいた。
こうして団子状に一箇所に集まられると、女神としては『住人増えたなあ』と実感するばかりである。
さて、リビングメイルさんの話によれば童話風で子供でも読みやすい内容とかいうことだったが、書き手たる先代魔王は途中で力尽きたらしい(精神的に)。
先代魔王についての情報が手に入るたびに、『怖ろしく狡猾で強い魔王』から『飽きっぽくて人見知りして文化的な趣味をたくさん持つ魔王』というような印象に変わっていく。
偉大さの減り方がやばい。
「あ、次のページになんか書いてある! えーっと……『これを読む我が娘へ。お前のために童話仕立てにしようとしたけど書き出しから失敗したうえに、よく考えたらそんなことしてるほど時間もなかったので、簡単な説明と地図だけ描いておきます。四天王は基本危ない連中だから気をつけて。魔族の再興とかそんな一生懸命にならなくていいから パパより』……」
魔族たちが沈黙している。
先代魔王のあんまりな遺言に、全員が脳内で処理できていないという感じだった。
固まる魔族たちを尻目に――
シンク前の女神は、隣にいる勇者を見る。
彼は今シンクの上で『箸で豆を皿から皿に移す修行』の最中だったが、会話ぐらいはしてもらえるだろう。
「……あの、先代魔王ってどういう方だったんですか?」
「うーん……けっこうおしゃべりなヤツだった」
「そうなんですか。どんな会話を?」
「会話はしてない。むこうが話しかけてくるけど、俺は戦ってる最中にしゃべらない方だから、だいたい無視した」
「えっ……先代魔王かわいそう……」
「でも殺し合いだぞ? ペラペラしゃべる方がおかしい」
「まあそうなんですが……あの、他に、すごいところなどは……」
「先代魔王は、俺より強かった。だってしゃべりながら俺と互角だったからな。しゃべってると集中できない。きっと黙ったらもっと強かった」
「……」
現在、勇者は『箸で豆を皿から皿に移す修行』の最中である。
遠回しに文句を言われているような気がした。
しかし、そういうことではないらしい。
勇者の側から、話は続けられる。
「なんとなくだけど、先代魔王は戦うよりしゃべる方をしたかったんじゃないかと思う」
「どういうことですか?」
「俺はあいつのこと好きだけど、なんで好きかわかんなかったんだ。でも、きっと、あいつの話とか、あいつの価値観とか、聞き流してた言葉から感じられる雰囲気がよくって好きだったんだと思う。思えばあいつは仲良くしたがってた……ような気がする」
「なるほど……?」
「うーん……うまく言えない。俺ももうちょっと話を聞いておくべきだったかもしれない。そうしたらきっと、色々魔王の娘に伝えてやれた。でもまさか魔王の娘を世話することになるとは思ってなかったから……」
「まあ、そうですね。現状は奇跡みたいな偶然が重なった結果ですし、仕方ないかと」
「剣じゃなくてGYU-DON持ってきてくれたらなあ……食事中ぐらいは話を聞くのに」
「……勇者との戦いにご飯を持ってくる魔王ですか……」
仲良さそうだなと女神には思えた。
実際、この家での勇者の様子を見ていると、食べ物で簡単に懐柔されそうな気がした。
そう、なんの因果か、この家には食べることが大好きな子が集っているのである。
家長である勇者が『重い話? いいからメシを食え』という人なので、そのせいかもしれないが……
「よし、決めた!」
女神が困っていると、魔王の娘が大きな声で叫んだ。
視線を移せば――
魔王の娘が、バサァッ! と彼女の背丈には大きいマントとシャツの裾をはためかせ、女神と勇者の方を向いて、言う。
「わたし、とりあえず『名付け師』のいる北の山の方向に行く!」
「山ですか……」
鍛冶屋を捜しに行った際に見た、魔王の娘の醜態は記憶に新しい。
山というだけで『ああ、魔王の娘運搬用のリュックも必要だな』と思ってしまうほどだ。
「……まあ、でも、魔族にとって『名付け師』は重要そうですしね」
「いや、『名付け師』はいいんだ」
「えええ……? でも、一人前になるには『名付け師』が必要なのでは?」
「そうなんだけど、でもいいんだ。だってわたしたち、まだまだ『一人前』にはほど遠いし」
「……」
女神は『たしかに』と思ったが口には出さずにこらえた。
自覚があっても人からは言われたくないことだってあるだろう。
「それよりも、北の山にはオークの牧場があるみたいだから、そこ行こう!」
「オークっていうのはたしか、アレですよね、なんというか……物理的にも精神的にも汚いイメージの」
「違うぞ! それは戦闘用オークだけで、普通に飼育されてるオークは綺麗好きなんだ! 魔族では一般に広く食べられてる肉なんだぞ! 戦場のオークだって戦力兼食料だし!」
「ええええええ……!? オーク、食肉だったんですか!? 二足歩行なのに!?」
「ミノタウロスだって二足歩行だぞ? コカトリスも」
魔王の娘は首をかしげた。
たしかにそうなのだが、女神としてはアレを『食肉』と思うのには抵抗があるというか……
初めて文化の隔たりを実感したような気がする。
「四天王たちも地図に描いてある隠れ家にいるかはわかんないみたいだし、五文字に一回は『会わない方がいい』って父からの言葉が書いてあって、なんかだんだん会わない方がいい気がしてきたし……四天王よっぽどろくでもないんだな……」
しみじみ語る魔王の娘。
その横で『四天王』に名を連ねている牧場長が複雑な顔をしていた。
「あとなー、なんか、みんなものすごいところに住んでるんだ。『海の底の洞窟』とか『世界一峻険な山』とか……なんでそんなとこ住んでんの? 不便じゃないのかなあ……」
「……まあ、その、魔族のみなさまは防犯意識が高いのでしょう……きっとそんな場所なら、人族も寄りつかないでしょうからね」
女神にはそうとしか言えなかった。
不便か便利かで言えば、たしかに不便だなあとは思うし。
その精一杯のフォローに――
魔王の娘は笑って同意する。
「そうだな! 安全そう!」
「……ええ、まあ……そうかもしれませんね」
「そういうわけで、わたしは、わたしのできる範囲で無理なく魔族を迎えに行けたらなって思うんだ! だから今日は『オーク牧場』に行く! お肉!」
目的が『生き残りの魔族捜し』より『食べ物探し』の方になっている気もする発言だったが……
女神としては魔王の娘が無理しないでくれるならそれでいいかという感じだ。
「では、本日の予定は決定ですね。……勇者様、それでよろしいでしょうか?」
女神の問いかけ。
勇者は、豆の入った皿から豆のない皿へ、豆を一粒移動させつつ――
「ああ」
うなずいた。
でも、話を聞いていたかどうかはちょっと怪しい。