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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
十二章 カツ丼とオーク(材料)
44/68

44話

 GYU-DON。

 そのうまさについては、今さらいちいち言うまでもないだろう。


 一日の始まりを告げる食事。

 毎日食べている、変わらぬ味、変わらぬ満足感を与えてくれるもの。

 みそ汁、お新香、半熟卵までついた、豪華な食卓――これも『いつもの』と呼べるぐらい、何度も食べた。


 でも、今日は一つだけ違った光景が目の前にあった。

 それは食卓に着く勇者のすぐ目の前にある異常事態だ。

『箸』。



「勇者様や魔族のみなさんの文化圏だと、見慣れないでしょうけれど……GYU-DONやBUTA-DONを召し上がるのでしたら、使えて損はないかと思いますよ」



 そう女神が言うので、試験的に導入された食器であった。

 これがどう表現していいのか、非常に困るのだ。


 なにせ、棒である。

 木の棒が二本。


 長さは中指から手首までよりやや長いだろうか。

 色は焦げ茶色で、角をなめらかに削った四角錘という感じの形状をしていた。


 GYU-DONを生み出した文化圏においては誰もが手の延長のように使用できる食器らしいのだが、この扱いが非常に難しい。

 なにせ、今まで五本指で一本の食器を扱っていたのに、箸は五本の指で二本の棒を操らねばならないのだ。

 使用難易度は単純計算で倍である。


 いや、今の勇者では『使用難易度』を語るのもおこがましい。

 使用以前の問題である。

 勇者にはまず『正しい持ち方』ができない。



「えーと、片方の棒を、親指のつけ根と薬指で支えてですね、もう一本を、人差し指、親指、中指の先っぽでつかんで、そちらの方だけを動かすんですけど……テコみたいに、こう……」



 なにを言っているのかわからない。

 勇者は周囲を見た――魔族たちもまったく扱えている様子がない。


 お手本を見せている女神の手を注視するのだけれど、見ているはずなのに、なにをしてるかわからない。

 おどろくべきことに、女神はあの細長い焦げ茶色の二本の棒で、スイスイとGYU-DONを口に運ぶのだ。


 勇者は薬指がつりそうになりながらもがんばるが――

 つい、問いかけた。



「女神、『箸』の使用は人類には難しい気がするぞ」

「あの……『箸』は人が生み出した人の道具ですが……」

「うーん……言いたくないけど、わざわざこれを使うメリットがわからない」

「勇者様がメリットとか言い出すぐらいの難易度なんですね……」



 その通りだった。

 正直言って、箸とかどうでもいいから、早く飯を食わせてほしかった。

 なにせ目の前には朝食があるのだ。


 GYU-DON、みそ汁、お新香、半熟卵――どれもすでに味を知っている、たまらなくうまい食事たち。

 それを目の前に、いつまでもいつまでも食べるところまで行かないのである。

 これはもはや拷問と言えた。


 なぜおいしそうなご飯を前に、いつまでも『おあずけ』されなければならないのか?

 人が考え得る苦しみの中でもっともつらいものを体験させられているのではないか?

 勇者はだんだん泣きそうになってきた。


 しかし――あと一歩のところで、泣かずにすんだ。

 先に魔王の娘が泣いたからだ。



「もう無理! なんでわたしこんなことしなきゃいけないの!? わたし、こんなイジメを受けるほど悪いことしてないよ! ただ魔王なだけなのに!」



 長い黒髪を振り乱し、赤い瞳をうるませて、白い頬に涙を伝わせている。

 さすがに女神は慌てたようになった。



「ああ、ああ、ええと、泣かないでくださいよ……! いえ、そんな、ひどいことをしようとしたわけじゃないんですよ。ただ、丼物はお箸で食べられた方が、よりおいしいかなと思ってですね……」

「おいしいのか?」



 魔王の娘がピタリと泣き止んだ。

 女神が苦笑する。



「え、ええ……私もスプーンやフォークで今までのお食事をいただいてきましたが、やはりお箸と味わいが違うと申し上げましょうか……私も食器一つで味がどうこうというのは、実際に経験してみるまで考えもしなかったのですけれど」

「そっか……じゃあ、女神は、わたしが嫌いでいじめてたわけじゃないんだな?」

「そんなことしませんよ!」

「なら許す!」



 魔王の娘が笑った。

 女神が安堵した顔になる。


 そのやりとりを見ていて――

 勇者は、もう少しがんばってみようかなと思った。


 一口だけ。

 一口だけでも、箸で食べてみよう。


 それで普段となにか違う感じがしたら練習をがんばろう。

 一緒だったらもう箸なんか見たくもない。


 そう思いつつ、たどたどしい手つきで箸を手の中にセットする。

 片方の棒は、薬指の先っぽと、親指のつけ根で支え――

 もう片方は、親指、人差し指、中指の先でつまむ。


 動かすのは、三本の指でつまんでいる方だけだ。

 親指のつけ根と薬指の先っぽで支えている方は動かさず、テコのように……



「お、お、お?」

「どうされました勇者様――あ! できてるじゃないですか!」



 女神が言う。

 周囲の魔族たちが、勇者の手に注目する。


 賞賛の声が、口々にあがる――「奇跡だす」「さすが人族の英雄ね」「棒の扱いは慣れてるんだねきっと……」「まあ、素晴らしいお手並みですわ」「さすがですう!」

 褒められすぎな気がする。


 あと、今の勇者には彼女らの声に応じる余裕がなかった。

 右手に箸を持ったまま、慎重に、左手でどんぶりを持ち上げる。


 鼻先に近付くGYU-DON。

 右手の箸をおそるおそる、『牛肉とタマネギの煮込み』の中に差し入れ――



「テコ!」



 謎の叫びをあげながら、箸ではさむ。

 そして、勢いよく、持ち上げた。


 目の前には奇跡のようなものが出現した。

 箸の上で、小さなGYU-DONができているのだ――挟んだだけでは絶対にパラパラ落ちそうな細かいご飯粒がしっかりと箸にホールドされ、その上には長い牛肉が垂れ下がりつつもしっかりと乗っかっている。



「勇者様、今です、お口に!」



 女神の声に、勇者はうなずく。

 大きく開けた口の中に、箸の上のミニGYU-DONを放り込んだ。


 口を閉じる。

 ガチン!

 勢いよく閉じたせいで箸を噛んでしまったが――


 なんだろう。

 口に入れたGYU-DONの味が、いつもより、優しい、ような?


 箸を引き抜き、モグモグと口の中でGYU-DONを咀嚼する。

 普段スプーンで食べている時と、変わるかといえば――これがまだ、判断できない。


 なにか違うような気がする。

 でも、この『違い』を明確に言語化するには、まだまだたくさん食べる必要があるだろう。


 しかし、箸での二口目は――無理そうだ。

 先ほど口に入れた時に噛んでしまったせいで、箸の持ち方が乱れてしまっている。


 もう一度正しく箸を持ち、動かし、食事をする――そこまでの余力はさすがになかった。

 ただ、練習する価値は感じる。


『箸』。

 まだまだ隠された能力のある、ミステリアスな食器だ。



「……うん。女神、俺は箸を練習するぞ。可能性を感じたんだ」

「そうですか。それはよかったです。みなさんも、気が向いたら練習して、箸使いを習得してみてくださいね。強制はしませんので……」

「でも今はスプーンがいい。朝飯を食わないと練習する気力が尽きる」

「わかりました」



 勇者の言葉を皮切りに、魔族たちが次々スプーンを要求する。

 女神は苦笑し、全員にスプーンをくばった。


 そこからはもう戦場のような光景である。

 全員が勢いよく食事をはじめ――

 一人三杯食べるまで、誰も、『おかわり』以外の言葉をしゃべらなかった。



「……うーん……やっぱりみなさん、スプーンの方が使いやすいみたいですね」



 女神が言う。

 勇者はうなずきつつも――



「でも、俺は練習するぞ。たしかにスプーンで食べてる時と、なにか違う気がしたんだ。女神、箸の練習方法とかないか?」

「えーっと……炒り豆をつまんで移動させるのが、箸使いの習得には効果的みたいですよ」

「移動させる?」

「はい。皿を二枚用意して、片方に豆を入れまして……以前、甘いものの人さんが粉と一緒に豆を置いていってくれたので、あとで用意しましょうか?」

「そうだな。俺の今日の予定はそれだ。……あ、ミノの世話の手伝いはきちんとするぞ」



 勇者は牧場長に言う。

 赤い髪で片目を隠した、頭の左右に角が生えた、きわどい格好の少女――牧場長は神妙にうなずいてから、



「ウチも早くミノより強くならねぇといけねえんだけんども……」

「まだ危ない」

「面目ねえ……」

「うまい肉のためだ。気にしなくていいぞ」

「いんや。これはウチの役割だべ。早く一人前になって、立派な名前を――」



 牧場長が固まる。

 そして――



「――しまっだァ!?」

「どうした」

「すっかり忘れてたんだす。鍛えて一人前になっても、『名付け師』がいねぇと、名前をもらうことができねぇんだす!」

「『名付け師』?」

「んだ。魔族は一人前になって初めて名前をもらえるんだす。だから、名前っていうのは、特別なもんで……専門の魔族に頼んで、つけてもらうんだす。そうしてついた名前には、力が宿って、魔族はより強くなるんだす」

「なるほど」

「でも今は『名付け師』がどこにいるかわがんねぐって、一人前になっても名前をもらえねぇんだす……」

「名前はやっぱりほしいのか?」

「ほしいだす」

「なんでだ?」

「えっ……なんでって聞かれっと困るけんども……」

「なるほど。とにかくほしいのか」

「とにかくほしいんだす」

「でも『名付け師』の場所がわからないのか」

「わからねえんだす……」



 牧場長がしょんぼりする。

 いや、彼女だけではない――牧場長のはす向かいではマンドラゴラ屋が、その正面では漁師が、漁師の隣の影武者も、影武者の正面のコカトリス飼育員も、みな顔をうつむけていた。


 そんな中――

 魔王の娘が、立ち上がり、高らかに言う。



「安心しろ! わたしがいる!」



 だからなんなんだ――

 そう言いたい者もきっといただろうが、魔族たちは魔王の娘の言葉を黙って待つ。

 魔王の娘は口元をニヤつかせてうなずき、



「そういう重要な役職の者は、ちゃんとした隠れ家を持ってるはずだ! そして、重要な役職の者の隠れ家は、父が知っている!」

「でも先代魔王さまはもういねえんだすよ!?」



 牧場長が言う。

 しかし魔王の娘は、その質問を予想していたかのように余裕たっぷりに笑い――



「大丈夫だ! 父がつけてた日記がある! それはきっと魔王城にあるから、勇者がとってきてくれる!」



 推定の上に他人頼みの計画だった。

 明るくなりかけた魔族たちの顔がまた暗くなる。


 女神はその光景を見て苦笑し――

 ふと、思い出して、エプロンのポケットを探った。



「……あの、ひょっとして」



 取り出した物は、一冊の本だ。

 紐で綴じられた、手作り感あふれる本。

 リビングメイルさんにたくされた、魔族の文字で書かれたそれは――



「父の日記だ!」



 魔王の娘がおどろいた顔をする。

 どうやらそういうことらしい。

 リビングメイルさんにこの本をたくされたのは昨日なので、『神がかったタイミングで必要になったな』と女神は空をにらんだ。

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