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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
十章 おにぎりと謎の来訪者
40/68

40話

 夕方になった。

 少し時間が経っている――というのも、魔王の娘が好き放題崩しまくった鍛冶屋を片付けていたのだ。

 放置するのは、鍛冶屋が戻って来た時に恐い思いをするだろうからありえない。


 ただし、もともとガラクタの多い家だったし、整理整頓もされているとは言いがたかった。

 だから途中から整頓することが目的になってしまい、もともとの状態より綺麗にしてしまった感は否めない――帰って来て家が綺麗になっていたら、それはそれで恐いだろう。


 置き手紙を残すことにした。

 その内容は、勇者の家までの簡単な地図と、家内部を勝手に綺麗に整頓してごめんなさいというものだ。


 そういった作業のせいで予定より遅くなってしまったが――

 山頂でお弁当をいただくことになった。


 ようやくだ。勇者としてはさっさとお弁当にかぶりつきたいところだったが、レジャーシートを敷くことを女神に求められた。

 普通に地面に座ればいいと、思わなくもなかったが……

 きっとなにか必要な儀式なのだろうと女神の言葉に従う。


 レジャーシートとは、赤と青が交互に配色された大きめの、薄っぺらい物体だ。

 素材は勇者にとってあまりなじみがないもので、ツルツルしていて、引っ張っても簡単には切れそうにない丈夫さがあり、動かすとガサガサと音がする。

 女神が通販によって購入したものらしい――通販とは便利だなと勇者は思う。


 敷き終えたレジャーシートの上に、車座になって座る。

 勇者の右には女神、その右に魔王の娘、さらに右に牧場長、マンドラゴラ屋、漁師、影武者、コカトリス飼育員と続いて、勇者に戻っている。


 聖剣は勇者の横で剣の状態のまま沈黙している。

 道案内妖精は一箇所にとどまらず、羽ばたきながらうろうろしている――甘味がこぼれてお弁当の味が変わってしまいそうなのでやめてほしいなと勇者は思った。


 全員の中心には『お弁当』があった。

 個包装された『おにぎり』――炊いた白米をてごろな大きさに握って固めた料理だ。


 以前、魔王の娘たちと海に遊びに行った際にも食べた。

 味はあまり記憶に残っていない――『炊いた白米だな』と思った程度の記憶があるだけだ。まずいわけではないのだけれど、いまいち感想に困る料理だったのは否定できない。


 今日は、どうだろう。

 山のように積まれたそれから、特に選ばずに一個を取り出す。

 レジャーシートみたいな素材の、しかしレジャーシートと違って金属のような光沢のある包装をはがせば、以前見た時とは微妙にことなる姿が見える。


 形状は三角形。

 以前女神が作ってくれたものより、小さいような感じがした。

 色は、真っ白い――それに、本日は黒が添えられている。



「『ノリ』ですね。海藻を干したものです。本来はパリパリしているものですよ」



 本来は。

 女神がそう付け加えたのは、現在のノリがパリパリしていないからだろう――炊いた白米に貼り付くそれは、しっとりとしていて『パリパリ』の面影は一切ない。


 ただ、ありがたい存在ではあった。

 勇者は思い出す――かつて漁師に会う前に食べたおにぎりは、炊いた米粒が手にねばって持ちにくかったのだ。


 それが、今はノリの部分を持てば、炊いた白米が指にくっついてくることがない。

 もっとも、炊いた白米が指についたところで舐め取ってしまえばいいだけだったし、それはそれでいい食べ方だとも思っていたので、今のところ『以前のおにぎりより今回のおにぎりの方が優れている』というわけではない。


 味は、どうか。

 前回は塩味と紅ショウガ味だった。

 色は白、ノリの部分が黒いだけなので、紅ショウガおにぎりではないだろう――しかし今は使える材料も増えた。中になにが入っているか、楽しみでもあり、少し恐くもある。


 ともかく、お腹が減っている。

 中になにが入っているのかはわからないが、大きな口を開けてかぶりついた。


 勇者の一口は大きいが、具材にはたどりつかなかった。

 ということは、前回と同じ塩おにぎりだろうか――


 そう思って。

 前回とは違うことに気付いた。


 具があったというわけではない。

 使われている材料も、ノリが増えた程度だろう。


 一番違うのは――握り方だ。

 それは口に入れた瞬間にばらりと口内でほどける、絶妙な力加減だった。


 ご飯がほどけると同時に、お米の香りというのか、塩の香りというのか、えも言われぬ独特な風味もまた、広がっていく。

 これが、おどろくほど、うまい。


 ご飯のうまみ。

 噛めば噛むほど広がる甘い味わいに、ちょっとした塩気のアクセント。ノリとともに噛み締めていけばさらに奥深いうまみまで加わる。


 海を感じる。

 噛むたびに深まる味わいは、波の音さえ錯覚するほどだ。


 そう、『噛むたびに』だ。

 勇者は今まで数々のうまい物を食べてきた。どれもこれも一口でうまさをわからせ、時には味わおうと思ってもつい飲みこんでしまうものさえあった。


 だというのに、このおにぎりはどうだ?

 噛んでしまう。

 噛み締めてしまう。

 粒の立ったご飯の食感をあじわい、奥歯ですりつぶすたびに深くなる甘みを楽しみ、ノリと塩という簡素なはずなのに奥深い『具材』とのハーモニーを噛み締める。


 飲みこむのが、もったいない。

 その思いはどんなものを食べた時も、チラリとはあった。

 しかし、噛めば噛むほどうまみが出てくるおにぎりは、『もったいないから飲みこまない』よりさらに上位の、『おいしすぎて飲みこめない』という境地にまでいたっている。


 何十回噛んだだろうか。

 もう食感さえなくなって、ようやく勇者はおにぎりを胃に落とす。


 勇者は手に持った、あと二口ほどでなくなるだろうおにぎりを見る。

 普通は二口なんて、一瞬だ。

 お腹も空いているし、バクバク食べたい。


 でも――あと二口に、どれだけかかるかわからない。

 どれだけでも――じっくり、味わいたい。

 今日食べたおにぎりは、名画のように奥深いものであった。



「……すごいな。俺にはわからない材料でも隠れてるのか?」



 炊いた白米と塩、そしてノリだけの組み合わせでこのうまさは異常だと思った。

 だから他になにかあるのだろう――勇者はそのように想像する。


 勇者の言葉を聞いて――

 女神が苦笑した。



「いえ、ノリとご飯とお塩だけですよ」

「じゃあ、『ノリ』がすごいのか。ノリの味自体はなんか地味な感じだったけど」

「そうじゃなくて――技術じゃないでしょうか」

「女神が腕をあげたのか」

「……いえ、そのおにぎりはたぶん、私じゃなくてですね……」



 女神がチラリと見た先は――

 影武者だ。


 魔王の娘にそっくりな、しかし魔王の娘より気品ある少女。

 もっとも、あるのは気品だけではなく、体力もだ。ドレスみたいな動きにくい服装だというのに、山登りをして息一つ乱していない。


 そしてさらに調理技術まであるらしい。

 おにぎりという言い訳しようがない料理をここまで絶妙にするのだ。相当なものだろう。

 勇者は影武者に言う。



「すごいな。お前のおにぎりは毎日食べたいぞ」

「いえ、そんな……ありがとうございます」

「どこで料理を覚えたんだ?」

「わたくしは魔王様の影武者ですので……なんでもできるよう、教育を受けておりますの」

「でも魔王の娘はなんにもできないぞ」



 勇者が言いにくいことをハッキリ言う。

 それを聞いていた魔王の娘はおにぎりを食べる手を止めて――



「そうだなあ」



 と、寂しそうに言った。

 しばし考えるような間をあけてから――



「……牧場長の方が物知りだし、影武者の方が料理うまいし、わたし魔王向いてないのかな」



 どうやら、知識不足だったり貧弱だったり料理下手だったりすることに、彼女も悩んでいるらしかった。

 たしかに彼女は、なんにもできない。


 牧場長みたいに魔族のことを知っているわけではない。

 影武者みたいに料理がうまいわけでもない。

 他の魔族のようにハッキリした役目があるわけでもない。


 全員が、そんな認識だろう。

 そんな前提があってなお、勇者は言う。



「別に向いてるから魔王やるわけじゃないと思うぞ」

「……そうなのか? じゃあ勇者はなんで勇者やってるんだ?」

「知らない」

「えええ……」

「戦ってたらいつの間にか勇者になってただけだ。俺は勇者になろうと思ったことはなかったし、勇者しか名乗る名前がない今も、別に勇者やってるぜっていう感じじゃないぞ」

「でもなんかこう、あるだろ、運命的なアレが」

「俺は魔族じゃないから運命とか言われてもよくわからない」

「……」

「俺は魔王の娘の悩みがよくわからない。物知りになりたいなら、物を知ったらいいし、料理うまくなりたいなら、料理うまくなればいいだけじゃないのか?」

「そうかなあ……でもわたし、才能とかないかもしれないし……」

「才能がなきゃやっちゃいけないなんていう決まりはないぞ」

「……」

「俺も別に勇者の才能があったわけじゃないと思う。がんばったらなってただけだ。だから、魔王の娘がなりたい魔王があるなら、魔王になろうって思ってがんばればいいだけだと思う」

「そんなもんかなあ」

「でも、『向いてない』って思ってなにもしないままだったら、絶対にお前のなりたい魔王にはなれないぞ?」

「……それは、うん、そうかも」

「がんばれ。なんか手伝いが必要なら言えば手伝う」



 淡々と変わらぬ調子で勇者は言った。

 はたで聞いていて、女神は笑うしかなかった。


 魔王の娘が魔王になるのを、勇者が手伝う――

 経緯を思えば思うほど、ものすごい展開になったものだという思いを禁じ得ない。

 しかも――



「わかった! わたし、がんばる! 勇者も手伝ってくれ!」



 ――魔王の娘は、勇者の申し出を受け入れた。

 女神はつい、変な笑いが漏れる。


 その様子を勇者と魔王の娘が見て、同時に首をかしげた。

 左右から自分を見てくる二人へ、女神は「なんでもありません」と言う。


 言葉にはできなかった。

 でも、この二人が『魔王』と『勇者』であるうちは、世界は平和なのだろうというたしかな実感があった。







 ――翌朝。

 いつも通り、女神は誰よりも早く炊事場に来ていた。


 いつもは『なんとなく』だが、今日はきちんと用事があって朝一番の炊事場にいる。

 包丁を研ぐためだ。

 鍛冶屋はけっきょく見つからなかった――なので、シャープナーを購入し、包丁を研ぐこととなったのだ。


 朝の炊事場にシャッシャッという音が響く。

 文明の利器であるシャープナーは、素人でもあまり手間なく簡単に包丁を研ぐことができる優れものだ――すでにシンクに立つ女神の前には、研がれた包丁が並んでいる。


 たしかに、研ぐ前と研いだあとでは、輝きが違うようにも思えた。

 道具の手入れも大事だなと女神は思う。


 そんなことをしていると――

 ピンポンピンポーン。

 来客の訪れを知らせる音が響いた。



「……朝早くから誰だろう……甘いものの人?」



 疑問を覚えながら、包丁片手に振り返ろうとする。

 しかし――

 ――見過ごせない変化が、視界の端に映った。


 それは、『パッ』と、唐突に現れた謎の物体だった。

 場所はシンクとコンロのあいだ――コンビニホットスナックの什器(じゅうき)の中。


 その物体は手のひらとだいたい同じぐらいの大きさの、茶色いものに見えた。

 知っている。

 女神はその焦げ茶色の、味を知っていれば誰でも食欲が湧くような、レジ横にこれ見よがしに並んでいるそのおいしいものをよく知っているのだ。


 ――フライドチキン。

 きっとそうだ。絶対そうだ。

 その味を知っていればこそ、勇者や魔族たちはきっと喜んでむさぼり食うだろうというところまで想像できる。


 勇者や魔族など、この家に住まう者たちの幸福を願う女神としては、フライドチキンの出現にはもろてをあげて嬉しがりたいところなのだが――

 タイミングが悪い。


 唐突に出現したフライトチキン。

 まっすぐ炊事場目指してせまってくる、何者かの足音。


 新しい食品の増えるタイミングはこの時間なのかとか、住人増加カウントは朝に行われるのかとか、ということは入って来たのが新顔ということが確定しているわけでそれは誰なのかとか、今は炊事場に自分一人しかいないからもし危険人物だったらどうしようとか――



「……私はフライドチキンと来客、どっちを気にしたらいいんですか!?」



 この場にいない誰かへ向けて叫ぶ。

 朝っぱらからこういう心臓に悪い事態はやめてほしいなと女神は思った。

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