4話
「おかわり!」
というような声があったので、女神はGYU-DONをよそった。
炊事場である。
体を洗っている最中は一切目覚めなくて、どこもかしこもさわり放題だった魔王の娘(仮)は、炊事場に戻るなりパチリを目を覚ました。
彼女はしばらく状況を把握できなくて戸惑っていた様子だったが――
『まずは食え。話はそれからだ』
という勇者の言葉があり、食事タイムに入っていた。
メニューはもちろんGYU-DONだ。
女神の力ではこれしか用意できない。――それは神としての格ばかりの問題ではなく、料理技術などをかんがみても、そうなのだった。
ちなみに勇者も食事をしている。
魔王の娘(仮)と勇者は、対面に座って、まるで競い合うようにGYU-DONを食べていた。
何杯目かは数えるのも馬鹿らしい。
十杯はとうに超えているだろう――勇者はともかく魔王の娘(仮)はどこにそれほど入るのだと女神は疑問でならなかった。
いや、勇者の方もそれはそれで、そこまで太くは見えないから不思議なのだけれど。
「おかわ――あっ、そうだ!」
魔王の娘(仮)が、どんぶりを出しかけた手を止め、なにかを思い出したような声を出す。
それから――なぜか食卓の上によじのぼる。
風呂上がりに着せた勇者のマントと勇者のシャツをはためかせながら、勇者を見下ろし――
「施しに感謝する!」
……なぜ見下ろせる位置にのぼってから礼を言うのだろうか。
それはきっと誰にもわからないが――
勇者はそもそも気にした様子もない。
「子供はたくさん食え。俺も子供時代、たくさん食いたかった」
「うむ! 味は妙に安っぽいし、少ししょっぱいが、なかなかの物であった! やはり地方の城などに出向いた時などは、ご当地の物を食べるのがいい! それで――ここはどこの、なんという城なのだ?」
「城なのか? 俺は目覚めてからまだこの建物の外観を見てないからわからない」
「……なんだお前、この城の主ではないのか?」
「どうなんだ?」
魔王の娘(仮)と勇者の目が、同時に女神を見る。
女神は苦笑した。
「ええと、ここ主はその……彼で、合っていますよ。私は彼の生活をサポートするためにいるだけでして……」
勇者様と呼ばなかったのは、女神なりの配慮だった。
バレたら魔王の娘(仮)がどんな反応をするかわからない。
魔王の娘(仮)はなぜか顎を上げて勇者を見下ろす。
シャツとマントしか身にまとっていないので、角度的に色々見えないか女神は心配でならない。
「城の主! お前、名前は!?」
「名前は神の加護を得る時に儀式で剥奪された。だから俺は『勇者』以外のなんでもない」
だからその『神の加護』は、神は一切関係ないヤツなのだが……
名前、というか立場を正直に名乗ってしまった。
魔王の娘(仮)はどのような反応をするか――
女神が不安で見守っていると――
魔王の娘(仮)は笑った。
「ハッハッハ! そうか! 貴様が勇者か! 捜したぞ!」
「そうか。捜されてたか」
「わたしは魔王の娘だ! 名前はまだない!」
「なんでだ?」
「名前は一人前になるまでつけられないのが、我ら魔族のしきたりだ!」
「そうか。困りそうな文化だな」
「魔族たる我らは、それぞれ生まれた時からみな役割を背負っている! 普段は役職で呼ぶから問題ない! わたしのことは――魔王二世とか、魔王の娘とか呼べばいい!」
「魔王の娘はそれで、なんで俺を捜してた?」
「父の遺言だ」
ダン! と魔王の娘がテーブルの上で足を踏みならす。
行儀が悪いなと女神は思った。
「わたしは勇者を捜し――そして、勇者の世話になるのだ!」
「……俺の世話に?」
「父がそう言い遺した。一人前になるまで勇者に育ててもらえと! そういうわけで勇者、我を育てよ!」
「わかった」
「うむ!」
かくして話はまとまったらしい。
勇者と魔王の娘は見つめ合い、笑う。
――ってなんでやねん。
女神は急いで会話に割りこんだ。
「ちょっとお待ちを! 私にもわかるように話の流れを解説してもらえませんか?」
「なんだこのしゃしゃり出る下女は」
「女神です!」
「そうかそうか! ……って神が当たり前みたいな顔をしてそのへんにいるわけあるか! お前は頭がおかしいんじゃないのか!?」
魔王の娘に言われた。
女神は納得できないものを感じながらも、年上(?)らしく穏やかに語りかける。
「まあ、その、私の立場は置いておくとしても……あの、あなたのお父様がなんで遺言を遺す事態になったかは……ご存じなかったりするんですか?」
「遺言なんだから、それはもちろん、『これから死ぬ』という理由で遺すに決まっている」
「その、死因とかは……」
「コレに殺されたんだろう?」
魔王の娘は勇者を指さした。
勇者はうなずいた。
「そうだ。俺が殺したぞ」
「ほら! どうだわたしの推理! やはり次期魔王は頭のできが違うだろう!」
魔王の娘は誇らしげだった。
女神は頭痛を覚える。
「……あなたは、あなたの父を殺した相手に、自分自身の世話をさせようと、そういうことを言ってる――という解釈で間違いないんですよね?」
「そうだな。わたしの父は勇者に殺され、わたしは勇者にわたしを世話させようとしている。なにも間違っていない」
「……いいんですか?」
「いや、だって、わたしの父をこいつが殺したんだから、責任とって、わたしの世話をするのは当然じゃないのか!?」
そう言われればそんな気もしないでもない。
しかし――やっぱり腑に落ちないなと女神は思った。
「ええと、その、魔王の娘さん的には、恨みとかは……?」
「女神を名乗る下女よ、貴様は『王』というものがなにか理解していないようだな」
「いえ、たしかに立場は下女みたいですが、女神なのは本当なんですけど……」
「いいかメガゲジョ。お前は食べた肉にあたって家族が死んだら、その肉を売った商人を恨むのか?」
「我ら神は不滅であり肉親がいないので、そのたとえ話はちょっと色々当てはまりません」
「そう、筋違いなのだ!」
「会話になってます!? はたから見て、会話になってます!? なってませんよね!?」
「我ら魔族は、生まれる前から立場が定まっている」
「……」
「そして魔王とは『魔族の支配者』であり『神の地上への影響を弱める者』であり、『勇者に倒される者』だ。それは何千年も前から定まった我ら血族の役割であり、我らに課せられた役目なのだ」
「…………それ、納得できるんですか?」
「できんな。それゆえに、父はあらがい、戦い続けた」
「……」
「しかし結果は――知っての通りだ。魔王とは『勇者に倒される者』だったというわけだ」
「悲しいですね」
「そうだ! しかし、我ら魔族はあきらめんぞ! 生まれより定められし役割を覆すために、常に戦い続けている! つまり、そういうことだ!」
「どういうことなんですか」
「我らの敵は運命であって、社会でも人でもなく、ましてや勇者個人ではない」
「……」
「父は勇者などというちっぽけな生き物に負けたのではない。太古より連綿と続く運命に敗れ去ったのだ。そして、次の王――すなわちわたしに、運命との戦いをたくし、勝つ方法を授けた。それこそが『勇者の世話になる』だ!」
「…………変わった価値観を持った種族ですね」
「人やメガゲジョから見ればそうだろう。だが、我らはそうやって生きてきた。我らが勝利するべきは運命! 我らを殺す者もまた運命! この見えぬ強大なものこそが、我らの真の敵対者であり――勇者や人類など、我らからすれば運命の手下に過ぎぬのだ!」
魔王の娘のマントがはためく。
風もないのに――高ぶる魔力に呼応しているようだった。
「あと、わたしが勇者に育てられなければならぬ理由はまだある」
「……そうなんですか」
「わたしはどうやら――一人では生きていけんのだ」
「……やっぱり、寂しいんですか?」
「いや。食事の用意ができない。っていうか、なんにもできない。体を洗うのも一人じゃできない」
「……………………」
「城にいたころは、それぞれの役割の者どもがすべてやってくれたのだが――父が倒されてから、みなちりぢりになったからな! いや、人族の略奪は本当にひどいな! 逃げなければどうなっていたことか!」
「……」
「父は『勇者に守ってもらえ。城を勇者に明け渡せ。でもあいつたぶん謀殺されるから、死んでたらなるべく大陸の東側に逃げろ』と言い残していた。なるほど勇者が大陸の東で生きていることを見越していたわけだな! 父、慧眼!」
「いえそれはきっと偶然……というか、魔王はずいぶん勇者様を信頼していた感じなんですが……敵、ですよね?」
「ハッハッハッハ! そこがメガゲジョの浅はかさよ!」
「さっきからその『メガゲジョ』っていうのやめてくださいよ」
「魔族最強の父がなぜ、人族との戦争において、戦の終盤まで城にいたか、わかるか!?」
「それは、王がみだりに動いたら現場が混乱するからでは?」
「馬鹿め! 父はな――恥ずかしがり屋だったのだ!」
「……は?」
「『よく知らない人の前に行くの怖いし……』というのが口癖だった」
「魔王のイメージが崩れるんですが……」
「それゆえに、父と戦いにまでいたることができた勇者は、父にとって信頼できる相手だということだ! 知らない人と一対一で戦うなんて、そんなの恥ずかしいだろう!?」
「そういう問題なんですか……?」
「馬鹿め! もしこちらが『クックック、よく来たな勇者よ!』とか言ったあとで『あ、はい。どうも毎度お世話になっております』と言われたらどうだ!? 空気が悪いであろうが!」
「たしかに空気は凍ってますが……」
「魔王としては、そういうノリに付き合ってくれる者以外とは戦いたくないものだ! そういうわけで、勇者のノリは父と近い! たぶんな!」
「そうなんですか……? なんかこう、この勇者様は、空気というものを読まない感じの勇者様なのですけれど」
「おい勇者! 見本を見せてやれ! わたしが魔王な!」
なにか始まりそうだった。
魔王の娘は勇者に視線を向け、唐突に笑う。
「クックック……よく来たな勇者よ!」
「来たのはお前だぞ?」
「そうではない! ここは魔王城で、お前が今来た設定だ! そしてわたしは、魔王の役をやる!」
「わかった」
「クックック……よく来たな勇者よ!」
「おう。来たぞ」
「さあ、すべてを懸けて殺し合おうぞ!」
「早めに終わらせたい。腹が減るから」
「いざ人類と魔族の命運を決める戦いを!」
「そういうのよくわからない」
「………………ええいノリ悪いなこいつ!」
魔王の娘はテーブルの上で地団駄を踏んだ。
それから、女神を見下ろして――
「父はなんでこんなやつと一対一で戦ったんだ!?」
「私に聞かれましても……」
「とにかく……とにかくなんか、あったはずだ! いいところが! 勇者に世話になる中で、そういう部分を探していければいいと、わたしは思っている!」
親を殺された魔王の娘が世話になりに来て、あげくの果てに親を殺した相手のいいところを探そうとしているようだった。
意味がわからない。
だが――女神は『これなら置いても危険はないかな』と判断する。
どうせ勇者は来る者を拒まないだろうし……
その勇者は満足そうにお腹をさすっていた。
そして、思い出したように、口を開く。
「だいたい、魔王城で魔王とそんな会話はしてないぞ」
「……そうなのか? 父が書いていた台本の中身はこんなんだったけど」
魔王が勇者との会話を台本に書いていたらしかった。
そういう舞台裏はできたら聞きたくなかったな、と女神は思う。
「俺と魔王はそんな難しいこと話してない」
「……そうなのか。じゃあ、父はお前となにを話したんだ?」
「なにも」
「……なにも?」
「出会って、目を見て、それからそのまま、戦った」
「……」
「戦ってる最中は色々話したと思う。でも――夢中だったから、あんまり覚えてない。言葉は別に大事じゃないだろ。俺はただ戦うだけで、あいつのこと好きになったし。魔王城に乗りこむ前にも、何度か戦って、それで大好きだったし」
「………………」
「殺し合いなんて充分だろ、それで」
勇者はきょとんとした顔で首をかしげていた。
魔王の娘はぶるぶると震え――
「……格好いいな!」
「…………そういうのよくわからないけど」
「いや、たしかにそういうの、いいな! よし、わたしもお前と殺し合う時、無言でやる!」
「おう」
「だからそれまで、ご飯とか、眠るところとか、服とか、お風呂とか、頼んだぞ!」
「おう」
「わたし、なんにもできないけど、おいしいものは食べたいからな!」
「おう」
「じゃあこれからよろしくな!」
「おう」
魔王の娘が駄目な子すぎた。
勇者は色々気にしなさすぎる。
女神は思う。――自分がどうにかしないと、と。
こうして魔王の娘が同居人となった。
この関係がどういう結末を迎えるのか――
それはまだ、わからないけれど。
▼
魔王の娘が部屋を与えられた翌朝。
女神が玄関先を掃除していたところ、見慣れないものを発見する。
それははなはだ不思議な物体だった。
なんというかそう、黄金の――異世界生物、ニワトリだ。
「……えっとぉ……こんなの昨日まではなかったような……」
女神は戸惑いながらも、玄関先に突如出現した黄金のニワトリに近付く。
どうやらそいつは生き物ではない。
精巧な置物らしく、近付いてもなんら反応を見せない。
女神はためらいながら黄金のニワトリのそばにしゃがみこんで、手を伸ばす。
そしてトサカに触れると――
「コケッコッコー!」
「うわ!? 鳴いた!?」
かつてないほど機敏な動作で、しゃがんだ姿勢のまま飛び退く。
しかし黄金のニワトリは鳴いただけで、それ以上はなにもない――
いや、あった。
黄金のニワトリの後ろあたりに、なにか、出現している。
手のひらサイズの、球体だ。
いや、球体というか、微妙に楕円形という感じのそれは――
「……卵?」
女神はしゃがんだままにじり寄り、それを手に取る。
その頼りなくもそこそこ硬い感触は、やっぱり卵に他ならなかった。
なぜこんなものが。
女神は黄金のニワトリの前で、指を振った。
すると、女神の指の軌跡に光がはしり、そこに神界の文字が現れる。
「……えーと……『信者が増えて女神の力が強くなったので、生卵と半熟卵がメニューに追加されました』……信者が増えた? 信者って……ひょっとして魔王の娘……?」
それは信者というか同居人の気がするが……
ともあれ、そういうシステムらしい。
女神は空を見上げる。
その向こうには、かつて彼女が過ごしていた神界がある――はずだ。
「……神の意思はまわりくどく、わかりにくく、面倒くさい……地上に降りて初めて気付くこともあるのですね」
増やせるんなら面倒な手間なしでメニュー増やさせてくださいよ――
女神は今まで地上人へしてきたことへの反省とともに、そんなことを思った。