39話
「鍛冶屋は――どこにあるんだ、牧場長!?」
「北の方だす」
「北の方だ!」
というような面倒くさい道案内をされつつ――
勇者一行はお弁当を背負いピクニックに出かけた。
山道である。
そう険しい山ではない――舗装こそされてはいないものの、ご老人でも家の近所にあれば二日に一回ぐらい運動のためにのぼろうかなと思う程度の、なだらかな山道だ。
だから全員で一列に並んで、歌なんか歌いつつ、気楽にのぼった。
全員で――というのはちょっと誤解が生まれそうな表現なのでいちおう言い添えると、もちろん魔王の娘は途中で荷物になり勇者に担がれることになった。
今日は背負えない。
だって勇者はすでに、おにぎりの満載されたリュックを背負っているのだから。
二時間ほどで山頂にたどりつく。
到着した時は、まだ夕刻には少し早いぐらいの時間帯だ。
見晴らしのいい場所だった。
山頂までの道が木々に阻まれていたことも、そう感じた理由の一つであろう。
その見晴らしのいい山頂――土の地面の、平らな場所に、景色にそぐわない建物があった。
「あれが鍛冶屋だすな」
牧場長が言う――魔王の娘が気を失ってからは、彼女が当たり前のように役割を引き継いで道案内をしていた。
最初から最後まで牧場長でよかったと、きっと全員が思っているだろう。
それでも魔王の娘のがんばりには胸を打つものがあったので、誰も口には出さない。
女神は『鍛冶屋』と言われた建物を見る。
とても鍛冶をする場所には見えない。
見た目は木造のボロい小屋という感じだ。
扉はなく、代わりに粗末な布が建物内部を隠していた。
全体的に補修のあとが目立つ。
それになんというか――物が多い。
家に突き刺さるように、用途も出自も不明な品々がある。
「ああいう金属製品を拾い集めて材料にするんだすな」
無節操に見えるガラクタには、『金属』という共通点があったようだ。
それにしたって、鍛冶を行う場所には見えない――女神の知る『鍛冶』はかなり高温の炎を扱う。あんな木造のボロ小屋で炎なんか扱ったら、鍛冶屋が火事になりそうだ。
「あの、木造で、扉とか窓とか、全部カーテンで隠してるだけですけど、鍛冶の最中に燃えたりはなさらないんですか?」
「……鍛冶で燃える? なにがだすか?」
「いえ、ほら、鍛冶って高熱で金属を溶かしながら成型していくものでは?」
「……? 鍛冶は金属製品を魔法陣の上に乗せて念じるものだす。炎は必要ねえだす」
女神的に、それは錬金術だった。
ガラクタを集めて炎さえおこさずに錬鉄を行うとか、なんとエコロジーな鍛冶屋だろう。
「……ともあれ、中に入ってみないと、いるかいないかわかりませんね」
否定の声はない。
方針は突入ということになった。
だというのに、全員が鍛冶屋を視線の先にすえて棒立ちしている。
勇者も。
知識面で誰よりも頼りになる牧場長も。
しゃがみこんで土をいじりつつ「柔らかくていいわ」とか言っているマンドラゴラ屋も。
お尻を虫に刺されたらしい漁師も、勇者の腰の聖剣も、影武者も、コカトリス飼育員も、道案内妖精も、誰も突入しようとしない。
女神もそうだった。
なぜ行こうとしないのか考えて――気付く。
魔王の娘だ。
いつもどこかに突入する時には、彼女が先陣を切っていた。
だから『突入しよう』となった時に、誰も『自分が行く』とならないのだ。
女神だけではなく、全員がそのことに気付いたらしい。
鍛冶屋に集まっていた視線は、いつしか、勇者の肩にズタ袋のように担がれている魔王の娘へと集まっていた。
期待の視線だった。
今、魔王の娘は老人でも軽々のぼれそうなこのハイキングに最適な山をのぼったせいで、体力を使い果たして気を失っている。
だから、鍛冶屋に突入はできない。
わかっている。
そんなことは、みんな、わかっているのだ。
でも――全員の胸中に、きっと同じ想いがあるのだろう。
『魔王の娘はよみがえる』。
いつも、そうだった。
貧弱で、脆弱で、虚弱だけれど――ここぞという時には、必ず先陣を切るのが魔王の娘だった。
視線を向ける。
願いを向ける。
祈りを――向ける。
担いでいる都合上、勇者だけは魔王の娘のことを見ていないが――それ以外の全員が、祈るように手を合わせて魔王の娘へと念を送る。
そして。
「……ハッ、寝てた!?」
魔王の娘が、よみがえった。
全員が口々に魔王の娘を呼ぶ――「魔王さま」「魔王さま」という声が唱和され、一つの大きな波のように、全方位から魔王の娘へとぶつかっていく。
「え!? なにこの、なに!? 寝てたの責められてる!?」
当人は状況を理解していないが――
勇者が、ゆっくりと魔王の娘を下ろす。
そして――
「行くか?」
と、鍛冶屋を指差した。
魔王の娘は呆然としていたが、数秒かけて、ようやく状況を理解したらしい。
「なるほど。じゃあ――行ってくる!」
それ以上の言葉はいらなかった。
詳しい説明もいらないらしかった。
みんなでカーテンで区切られただけの扉へ向かう魔王の娘を見送る。
なびく黒髪。
はためく勇者のおさがりのマント。
足取りは堂々と、魔王の娘が――鍛冶屋へ消える。
しばし、無音。
最初に聞こえたのは、『ドンガラガッシャーン!』という、なにか大量に積み上げられたそれなりの重さのものが崩れるような音だった。
大丈夫か?
全員が勇者を見る。
勇者は顎を掻きながらどこか遠くを見ていた。
たぶん大丈夫なのだろう。
冷静に考えれば勇者が動かないからなんの保証になるのかよくわからないが、ともあれ全員が安堵の息を漏らし、再び鍛冶屋へ耳をそばだてた。
そして――
「うわあ!?」
魔王の娘の元気な悲鳴が響く。
さらにドンガラガッシャーンガラガラガラ! というなにかが崩れた音がして――
転がるように。
魔王の娘が鍛冶屋から出て来た。
「魔王さま! 誰かいたけ!?」
牧場長が問いかける。
魔王の娘は転びそうになりながら近付いてきて――
「誰もいなかった!」
と、言った。
勇者があくびをしながら「やっぱり」と言っていた。