37話
「――というわけで鍛冶屋さんを捜したいのですが」
「いいぞ」
拒否されるわけがなかった。
なにせみんなヒマなのだ。
もちろん牧場長はミノタウロスの世話があるし、マンドラゴラ屋はマンドラゴラ畑を見ないとならないし、漁師は魚を獲ったり獲らなかったりするし、コカトリス飼育員はコカトリスの飼育がある。
本当の本当にヒマなのは魔王の娘と影武者ぐらいなものだけれど、みんな遊びたいさかりなのだ。この家においてイベントごとは基本的に歓迎される傾向にあった。
だから――炊事場。
みんなが朝食にGYU-DONを食べている中、女神は魔王の娘へ視線を向ける。
黒い髪に白い肌、赤い瞳――
前魔王の見た目特徴を色濃く受け継ぐ彼女ではあるが、どんぶりに顔を突っ込む勢いでGYU-DONを食べている姿には王たる高貴さの欠片もない。
女神は魔王の娘が食事の手を止めるのを待って、声をかけた。
「魔王の娘さん」
「どうした? おかわりはまだいいぞ?」
「……そうではなくって……あの、鍛冶屋さんがどのあたりにいるかとか、わかりますか?」
「なるほど、わたしを頼ろうというのだな!」
魔王の娘は勢いよくどんぶりを置いた。
そして椅子から立ち上がり、テーブルにのぼろうとして――
やめて。
「鍛冶屋のある場所は知らない!」
「えええええ……ああ、だから今回はテーブルにのぼらなかったんですか?」
「いや、テーブルにのぼるのは甘いものの人に怒られたから……」
「私もいちおう注意はしたんですけど」
「そうなのか?」
魔王の娘は首をかしげていた。
注意はしたがとどいていなかったようだ――厳しくするところはもっと厳しくするべきか、と女神は己の教育方針を見つめ直す。
ともあれ。
「……じゃあ、今回は本当にあてもなく捜さないといけないんですね」
今まではなんだかんだと施設の大まかな場所ぐらいは情報があったのだ。
魔王の娘が方向音痴なので場所を知っているからなんだという話ではあるのだが、東西南北程度でもわかるのとわからないのとではだいぶ違う。
というか、そもそも『誰か捜そう』という試み自体が今日初かもしれない。
今までは『食べ物を捜索する』過程で『偶然魔族に出会う』というパターンばかりだったのだ――漁師と影武者に知り合った経緯にいたっては、食べ物捜索の過程でさえなかった。
このへんを歩いていれば日に一度は魔族にぶつかるのかもしれない。
ならば『ただ歩く』のも有用だろう。
女神はそう考え、もうピクニックでいいかと思った。
だからその旨を伝えるべく口を開くのだが――
「鍛冶屋の場所は知っているだすよ」
と、声をあげる人物がいた。
頭の左右に牛みたいな角を生やした、赤い髪の少女――牧場長である。
露出度が高く、鞭を持っているという悪の女幹部みたいな格好とは裏腹に、人見知りする子だった。
今は慣れてきたのか、おずおずせずに発言をしてくれるので、女神はなにか感慨深い。
「そういえば牧場長さんはマンドラゴラ畑の場所もご存じでしたね」
「ウチは畜産系のリーダーなんだす。だから色々情報が集まるんだす」
「……だから一人だけ『ミノタウロス世話係』とかじゃなくて『牧場長』なんですか」
「そうだす。それに、鍛冶屋はミノの世話で利用するもんで、交流があるんだす」
「蹄鉄……じゃなくて、鼻輪とか?」
「いんや。武具だす」
「……」
「ミノタウロスに持たせる斧とかだすな」
「なんで斧なんか持たせるんですか!? ただでさえ危険生物なんでしょう!?」
「ミノは武器を持っていないと手持ちぶさたのストレスで死んでしまうんだす」
迷宮の外に出てもストレスで死ぬうえに、武器を持たなくてもストレスで死ぬらしい。
ミノタウロスの精神が弱すぎる。
想像より繊細な生物のようだ――世話はさぞかし大変だろう。
「では、マンドラゴラ畑に行った時同様、今回も牧場長さんに案内していただいて、鍛冶屋を目指しましょうか」
「わかっただす。鍛冶屋本人がいるかはわがんねえけんども――ん?」
「どうされました?」
「隣の魔王さまがものすげえ脇腹を肘でつついてくるんだす」
女神は手前の――牧場長から見ると右隣にいる魔王の娘を見た。
ひっそり席に着いていた魔王の娘は、ガツガツ牧場長の脇腹に肘打ちしている。
「なんだすか魔王さま」
「牧場長ー……そういう情報はー……わたしが言いたいー……」
「でも知らねえもんはしょうがねえだす」
「そうだけどー……そうだけどー……」
「じゃああとでウチの知ってる魔族の情報は教えておくだす」
「いいの!?」
「別にいいだす。というか魔王なら知っておくべきだす。立派な魔王さまになってくれるんなら協力するだす」
「牧場長偉い! わたし、お前のこと好き!」
「光栄だす。いずれ立派な魔王さまになってウチに新しい牧場を用意してほしいだす」
「わかった!」
なにやら政治的な取引が行われていた。
女神ははたで見ていてコメントに困ったが――
「じゃあ今日は鍛冶屋に向かうということで、よろしいでしょうか?」
「わたしが案内するからな! わたしが案内するんだぞ!」
魔王の娘が椅子から立ってぴょんぴょんしている。
はためくマント、ゆれるシャツ、裾からチラチラ見える真っ白い肌。
黒い髪と白い肌のコントラスト――
――を、見ていて、女神は思いついた。
「牧場長さん、その鍛冶屋は遠いんですか?」
「そこそこの距離があるだす」
「じゃあ――必要になりそうですね」
女神は笑う。
牧場長が問う。
「なにがだすか?」
「いえ、どのぐらいの時間がかかるかわかりませんが――おにぎりなど、用意しましょう」
思いついたもの。
それは真っ白いご飯と真っ黒いノリのコントラスト――おにぎりだった。




