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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
九章 プリンと道案内妖精
33/68

33話

「そういえば、自分のこと『ペット』って呼んでたな」



 勇者の部屋――

 他の部屋に比べて、極度に殺風景な部屋だ。


 荷物をまとめたバッグと、聖剣が立てかけられているだけ。

 私物は他になく、いつでも出て行けるような支度がととのえられているその空間は、宿の客室のようですらあった。


 物が少ないということは、必然的に隠れる場所も少ないということになる。

 しかし、見回しても呼びかけても、道案内妖精は見当たらないし、応じない。


 そこで勇者が言ったのだ。

 呼び方が違うのかもしれない、と。



「俺たちはあいつを道案内妖精って呼んでたけど、あいつは自分を道案内妖精とは思ってないのかもしれない」

「……そういえばあの子、やたらと自分をペット扱いしてたわね」



 甘いものの人が言う――引きつった顔。言動もどこか引いている。

 その様子は道案内妖精をよく知っているようだ。


 魔王の娘は並んで言葉をかわす勇者と甘いものの人を見つめる。

 そして、たずねた。



「二人は一緒に冒険してたのか?」



 横目で部屋の中を見る――牧場長、マンドラゴラ屋、漁師、影武者、コカトリス飼育員などが、物のない部屋の中で遊んでいる。

 そちらに混ざりたい気持ちと、二人に質問したい気持ちを天秤にかけて――魔王は、二人の過去を問いかける。



「少し違う、かしら?」



 応じたのは甘いものの人だった。

 彼女が懐かしむような顔で応じる。



「兄さんは基本単独行動で、たまに仲間がくっつくことがあったわ。でも――仲間はすぐにいなくなるから。兄さんは自分から仲間を募ったことはないし、仲間ができても一緒にいる期間を短めに区切るの。私のことだって、別に連れて歩いていたわけじゃないのよ。たまに一緒に行動しただけで」

「そうなのか」

「ええ。でも、道案内妖精だけはずっと一緒だったわね。なにせ道案内担当だもの。……まあ方向オンチで、あの子のせいでいらない大冒険をする羽目になることもあったけど」

「……道案内妖精もがんばってたと思う。許してやってくれ」

「……別に責めてないわよ。だって、一番被害をこうむったはずの兄さんが全然怒ってないんだもの」



 甘いものの人は、勇者を見た。

 彼はうなずく。



「仲間の失敗に怒っていいのは、失敗したことのない者だけだ」

「……これ、私たちの先生の言葉ね」



 甘いものの人が付け加えた。

 勇者がうなずく。



「それに、失敗した人を責めてもこっちも嫌な気分になるからな。俺は失敗を楽しむ方が好きだぞ」

「限度はあるはずなんだけれど……兄さんはなんでもかんでも『そうか』で済ますから」

「そうだな」

「……まあ、いいわ。とりあえず、ええと、兄さんは、道案内妖精って呼ばないで、ペットって呼びかけてみてくれない?」

「……俺がか?」

「そりゃあそうでしょう。兄さんの道案内をしていた妖精だし……小さくてもヒトガタの生き物に『ペット』って呼びかけて平気なほど、私は割り切れないわ。だって、悪いじゃない」

「そうなのか?」

「そうよ」

「でも本人が本人のことを『ペット』って呼んでるんだから、その意思を尊重するのは悪いことか?」

「……いえ、その……とにかく、私は気がとがめるの」

「わかった。じゃあ――おーい、ペット、いないのか?」



 呼びかけたその時――

 シャラン……

 鈴を鳴らすようなかすかな音が、しかしはっきりと全員の耳にとどく。


 暴れ回っていた魔族(こども)たちが動きを止め、顔を上にあげた。

 勇者たちも視線を天井へと動かす。すると――


 天井の中央。

 昼間の光が差し込む室内で、かすかな光を放つ小さなヒトガタがそこにいた。


 透明な四枚の羽根を生やしたヒトガタの生き物だった。

 身長より長い髪は虹色にきらめき、大きな瞳もまた虹色だった。

 半透明のローブを何枚も重ね着したその姿は、小さいながらも均整がとれている。――作り物めいた、美しさ。


 その生き物は四枚の羽根を素早くはためかせ、シャランシャランと涼やかな音色を響かせながら勇者の目の前まで高度を下げる。

 そして、虹色の瞳で真っ直ぐに勇者を見て、言った。



「勇者様、放置プレイは終わりでしょうか?」



 どこか寂しそうに。

 なんとなく切なそうに、目を潤ませた。







「えっ、素で気付いていただけてなかったんですか!?」



 道案内妖精はおどろいた声をあげる。

 どうやら気付かれていなかったことに気付いていなかったらしい。


 場所は炊事場に移っていた。

 全員が座って話せる場所は家の中にここぐらいなのだった。


 それにしても広い炊事場兼食卓だ――甘いものの人は思う。最初から多人数を収容する目的で建てられたに違いない。

 きっと女神の意思なのだろう。

 彼女が多くの魔族を受け入れ、世話するために、人族の領土から遠く離れた場所に、このような施設を用意したのだ。


 甘いものの人的には『女神』とかいう超存在を信じているわけではないが、少なくとも魔族の子供たちを受け入れようという慈愛の精神は女神めいているように思える。

 女神は見た目だけならば人族だが、きっと特殊な環境で育ったために『人』とか『魔』とかいうものに惑わされない平等な心を持っているのだろう。


 たとえば、自分が育った孤児院みたいに。

 恨みにより敵を殺すな――そう言われて育った勇者は、今、魔族の子供たちと同じテーブルに着いている。先日まで殺し合いをしていた、魔族の、子供たちと。


 そして、今、魔族と勇者は全員が同じ場所を見ていた。

 テーブルの上に座った道案内妖精に、全員が視線を向けているのだ。


 道案内妖精は手のひらに乗るほど小さなヒトガタの生き物だ。

 全員に見下ろされながら、小さく美しい姿を持つその存在が、ため息をつく。



「てっきり存在に気付いて無視していただけているものとばかり……」

「……そんなことしないぞ」



 勇者は唇をとがらせていた。

 付き合いの長い甘いものの人なので、なんとなく彼の考えはわかる。

 今ちょっと不機嫌そうなのは『そんなに意地悪じゃないのに意地悪みたいに言われて心外だ』と思っているからだろう。


 道案内妖精はシャランシャランと軽やかな音色を響かせ羽ばたく。

 そして、勇者の目の前で高度を維持する。



「いえ、無視していただけることすら嬉しいのです。わたくしはあなた様のペット――『勇者を魔王城へ導く』『勇者に忠誠を尽くす』『勇者と魔王の戦いの語り部となる』ことこそ、わたくしめの使命なのですから」

「……お前、魔族だったのか」

「知恵のある、人ではない特徴を備えた生き物はおしなべて魔族でございますれば。わたくしもまた、魔族でございます。ただし――それ以前に、あなた様の忠実な家畜でございます。どのようなご命令であっても、わたくしは喜んで遂行する所存でございます」

「……」



 勇者が嫌そうな顔をした。

 道案内妖精が付け加える。



「しかし、もしもわたくしなどの要望が通るのであれば――できうる限り手ひどく扱っていただきたいものでございます」

「なんでだ」

「それこそが、運命との戦いでございますれば。……わたくしの使命は勇者様に従うこと。そして生き残り、魔王と勇者の戦いを、後の魔族に語ること。勇者様に従った結果死ぬような目に遭うのであれば、運命はわたくしをどうするつもりなのか? 興味が尽きませぬ」

「……」

「あとは手ひどく扱われると興奮するのでございますな」

「…………」

「わたくしがいなければ勇者様は魔王城にたどり着けませぬ。そのわたくしを手ひどく扱い、しかしわたくしから離れることはかなわない――そういうの、いいと思いませぬか?」

「………………」

「わたくし思うに、加虐側と被虐側は一心同体なのでございます。手ひどく扱うのは相手が離れない信頼からであり、また――」



 甘いものの人がうっかりしていたら、いつの間にか性癖語りが始まっていた。

 勇者は対応できる範囲を超えているのだろう、なにもしゃべらない。

 誰かが止めなければ教育に悪い展開になるだろう――いや、すでになっているのかもしれない。


 なるほど、と甘いものの人は理解した。

 女神はこういう時のストッパーなのだ。

 青少年の健全育成のために、女神は普段から力を尽くしているのだろう。


 彼女が同窓会でいない今、自分がやらねばならない――甘いものの人は拳を握りしめる。

 握りしめた拳を道案内妖精に向けて振り抜くのが一番早く事態を解決できる方法なのだが、さすがにそれは別方向で教育に悪いので、言葉をかけることにする。



「道案内妖精さん、久しぶり」

「――おや、あなた様は、以前一度お会いしたことがございますな?」



 どうにか止まる。

 甘いものの人は安堵の息をついてから、これ以上道案内妖精にしゃべらせないためになにか話題を切り出そうと頭を働かせる。


 しかし、特に思いつかない。

 どんな話題でも性癖語りにつなげられてしまいそうな手詰まり感があった。


 なにかないか。

 このままでは被虐趣味の性癖語りが続いてしまう……!


 甘いものの人が焦りを覚え始めたころ――

 魔王の娘が、口を開く。



「そういえば道案内妖精、お前の羽根、甘いのか?」



 そんなことが気になるのか――甘いものの人はまったく予想外の話題に、目を少しだけ見開く。

 しかし周囲からは「ウチも気になるだす」「あたしも」「ぼくも」「わたくしも」「気になるですう」と賛同の声があがった。

 魔族はどうやら甘いものに興味津々のようだ。


 道案内妖精は飛んだまま魔族たちに方向転換する。

 そして、語った。



「わたくしめは旅の先達でございますれば……わたくしのあとを歩く勇者様が少しでも栄養を摂取できるよう、甘味をまき散らしながら飛ぶのでございます」



 そんな通ったあとがベタベタになりそうなことをしていたのか……

 甘いものの人は今さら怖ろしい事実を知った気分だった。


 道案内妖精はなおも語り続ける。

 だんだんと、声には熱が入っていた。



「遭難で空腹状態になった時など、勇者様は、それはもう情熱的にわたくしめの羽根を舐め回し、しゃぶり……」



 会話がまずい方向へ行きかけている――主に教育にまずい方向に。

 なにかないか、子供の性癖を歪ませないために、大人としてできることは。


 甘いものの人は考える。

 会話を中断させる方法。魔族たちが食いつき、のってくるような話題。

 そして、思いつく。



「おやつの話をしましょう」



 予想通り、全員の視線が一斉に甘いものの人の方を向いた――勇者まで、甘いものの人の方向を見た。

 この家の住人たちに対して、食べ物の話題はものすごい効果を発揮するようだ。


 だが困ったことに、おやつの話を切り出したはいいのだけれど、この時点で甘いものの人は具体的なメニューをなにも考えていなかった。

 なにかないだろうか、今ある状況でできるような甘いもの。


 今あるのはパンケーキの材料だ。

 もちろんパンケーキをもう一回作ってもいいのだけれど、新しいメニューを提示しないとすぐに性癖トークに戻ってしまうような気がして困る。


 甘いものの人は人生で一番かと思うぐらい頭を働かせた。

 甘い粉、ミルク、バター、この家には他にも卵やGYU-DONの具などがあるらしいが、そちらはさすがにおやつの材料にはならないだろう。

 手持ちの材料でなにができるか――


 考えて。

 天啓のように、ひらめいた。



「プリン、食べたことある?」



 魔族たちが首をかしげる。

 自分の話題転換はどうやら成功したようだと、甘いものの人は胸をなでおろした。

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