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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
八章 オムライスとコカトリス飼育員
31/68

31話

 オムレツ、と女神は言った。

 しかし――それが最終的なメニューにいたるための、工程の一つにすぎないのだと、勇者は知ることとなる。


 炊事場だ。

 やっぱりテーブル、初日と比べて大きくなってるよなあ――そう思いながら、勇者はいつもの席に着く。


 今日もたくさん遊んだ。

 おいしいミノ肉のためにミノタウロスと殴り合ってストレス発散もさせたし、マンドラゴラ畑をたがやしたりもしたし、海でリヴァイアサンと競泳したりもした(ちなみに勝った)。


 そうやって楽しく過ごしてお腹を減らしたあとの夕食は格別なものだ――だから、肉が食いたい。肉でなくても、ガッツリしたものを、体が求めるのだ。

 しかし今日は『オムレツ』だと言われていた。

 勇者は知っている。『オムレツ』とは、なんだかとても物足りないご飯だ。


 よく朝ご飯で出る、アレなのだ――パンとかスープとかと一緒に出て、なぜかメインディッシュのような顔をして食卓の中央に置かれている、黄色いアレだ。

 しぼった布みたいな乾いた食感の、あんまり食べ物みたいじゃない舌触りの、たまにひからびた野菜とかか混入されている――アレだ。


 わかっている。

 たとえ今まで勇者が見てきた料理だとしたって、ここで食べるものは、だいたいおいしい。素材が違う。設備が違う。だから完成度も違う。それは充分にわかっている。


 でも、これまで食べてきた『オムレツ』というもののイメージは、どうしたって消し去ることはできない。

 頭では『今までのものとは違うはずだ』と考えているのに、心には『期待するな』という諦観が存在して、消えてくれない。


 だから勇者は『おいしいはずだ』という思いと『でも、オムレツだ』という思いをせめぎ合わせながら目の前に並べられる本日の夕食を見て――

 まったく意外なその料理に、首をかしげた。



「……どう見てもオムレツじゃないぞ?」



 それは赤いつぶつぶだった。

 よく見ればそれは炊いた『白米』にも見える――いや、きっとそうなのだろう。ただ、なにかで赤く色づけされているだけで。


 赤い色のご飯が、こんもりと盛りつけられた平皿――どうだろう、見た目は、無気味だ。なぜわざわざ赤く色づけするのかがわからない。

 見た目だけならば『無気味だから食べない方がいい』と思うような代物。

 ただ、よくよく見ていけば、その赤いご飯には大きめに切られた肉や、刻まれたタマネギなんかが入っていることが確認できた。


 香りだって悪くない。

 甘いような、酸っぱいような、それでいて香ばしい――カレーほど食欲をそそる香りではなく焼いたミノ肉ほど強烈なインパクトはないが、それでもたしかに、空腹の胃袋に『私、うまいですよ』と訴えかけてくるような、そんな香り。


 勇者は食事と一緒に出されたスプーンを手に取る。

 そして、その赤いご飯に差し入れようとした――その時だった。



「ああ、お待ちを。今、完成しますから」



 女神の声に、手を止める。

 そして調理場の方を見れば――フライパンを持ったコカトリス飼育員が、こちらに近付いてくるところだった。


 コカトリス飼育員は一生懸命背伸びして、勇者の『赤いご飯』に、フライパンの中身を乗せた。

 それは、楕円形の、黄色いなにか――オムレツであった。


 ……意味がわからなくて、困惑する。

 この赤いご飯はなんなのか。オムレツを乗っけただけでなにが変わるのか。別々に皿に盛って提供するわけにはいかないのか。


 様々な疑問が勇者の頭の中で交錯する。

 と、その混乱を突くかのようにコカトリス飼育員が、どこからともなく包丁を取り出した。


 勇者は包丁の軌道を目で追う。

 すると、包丁は赤いご飯の上に乗せられたオムレツを一閃した。

 そして――『赤いご飯』と『オムレツ』を合わせた料理が、真の姿を現す。


 それは金色の輝きを放つ未知なる存在。

 室内照明を受けて輝く――見たこともない、けれど、ゴクリとつばを飲みこんでしまうようなうまそうな料理だった。


 なんという意外な正体か! ぞうきんみたいだと思っていたオムレツが、切り開いてみればこれほどの美しい顔をしていたとは!

 ――しかし、まだ、この料理は完成していない。



「ケチャップかけますね」



 いつの間にか横に立っていた女神が、勇者のオムレツに赤いなにかをかけていく。

 それはソースにも似た粘度を持つ液体と固体の中間のなにかだった。


 そのにおいをかいで勇者は理解する。

 そうだ、この『ケチャップ』こそが、ご飯を赤く染めているものの正体なのだ。



「お待たせしました。本日の夕食は、『オムライス』です。おなじみの卵料理『オムレツ』と、ケチャップで味付けしながら焼いた『チキンライス』を合わせて、『オムライス』です。ケチャップを上にかけていただくのが一般的ですが、他にも色々、かけておいしい組み合わせはあるようですよ」



 オムライス。

 その美しさに、勇者は震える――きらめく半熟卵。オムレツの美しき意外な素顔に、ケチャップというメイクアップをほどこす。それだけの工程で、今までいいイメージのまったくなかったオムレツが、これほどまでに魅力的に変化するのだ。


 しかし料理は見た目ではない。

 もちろん、見た目だって大事だけれど、それよりも気になるのはやっぱり――味だ。

 勇者はスプーンをオムライスに突き刺す。


 柔らかな感触で貫かれるオムレツ。

 その下から現れたのは、『ケチャップ』により赤く色づけされたご飯。そして――焦げ目のついた香ばしい、おおぶりのコカトリス肉と、細かく切られたタマネギだ。

 口に入れる。

 瞬間広がるのは、甘くて、酸っぱい香り。


 それは採れたて野菜を思わせる、新鮮で濃厚な香りだった。

 そして、味。

 なんといっても、最初に感じるのは酸味である。腐ったものも酸味が強くなるが、この酸味はどこまでもみずみずしくさわやかで、まったくイヤな感じがない。

 続いて舌に触るのは、ほのかな甘さだった――なんだこれは? たしかに調理されている。そのはずなのに頭に浮かぶのは、たっぷりのお日様を浴びて育つ、巨大な農園のイメージ。



「この大陸では見かけませんでしたが、ケチャプは『トマト』という野菜を原料に作っているようですよ。酸味が強かったり、甘かったりする、丸い野菜なんです」



 なるほど、この太陽光さえ感じる鮮烈なうまさは、そのトマトのものなのだろう。

 勇者は納得しつつ、口に入れたオムライスを噛みしめていく。


 とろりとした半熟の卵。そして、粒の立ったご飯の食感。何度も噛んでいけば、コカ肉にももちろん行き当たる。これがまた、非常にジューシーなのだ。

 BUTA-DONを食べた。

 ミノタウロスも食べた。

 GYU-DONだって、毎日食べている。

 どれもうまい肉だった。だが、どれが一番ジューシーだったかと言われれば、コカ肉が一位をかっさらうだろう。


 カリカリとした表面を噛み破れば、あふれ出す肉のジュース。強烈な肉のうまさ、ほのかな脂の甘み。

 ケチャップで味付けされたご飯と絡み合い、半熟に焼かれたオムレツと混じり合い、タマネギの食感と合わさって、強烈にうまい。


 だというのに、決してでしゃばらないのだ。

 チキンライス――その主役はあくまでも肉ではない。うまいのは、やはり、ご飯。味付けされたご飯は、噛むごとにうまく、甘く、ジューシーで、香ばしい。

 焼いているからだろうか、普段食べるご飯よりも食感がしっかりしており、いつまでもいつまでも、かみ続けていられる。


 まだたった一口しか食べていない。

 だというのに、この一口、スプーンのたったひとすくいで、これほどまでの情報量。



「……オムライスって、すごいんだな。ごちそうだ」



 一口で気圧されて、勇者はつぶやく。

 オムライス、などと呼び捨てするのは失礼なんじゃないか。これからは『オムライスさん』とか呼ぶべきじゃなかろうか――そんなふうにさえ、思ってしまう。



「お料理楽しいですう。暗くて狭いところにずっと隠れてましたけど、明るいところもいいですう」



 と、いつの間にか席に着いていた――やっぱり座席数が増えている気がする――コカトリス飼育員が、オムライスで口のまわりを赤くしながらつぶやいた。

 目隠しはけっこうガッチリ巻かれているように見えるのだが、明るいとか暗いとかはわかるらしい。


 勇者はオムライスをもう一口食べ、コカ肉を噛みしめる。

 そして――生産者に向けて、口を開いた。



「コカ肉、うまいぞ。ありがとう」

「あっあっ、勇者のおにーさんの卵はコカ玉ですう」

「そうなのか。いつも食べてる卵ぐらいうまいぞ」

「さっきそこで産んだんですう」



 その発言に周囲がちょっとザワッとなった。

 しかし勇者は気にしなかった。



「俺は石化しないから、これからもどんどん出してくれていいぞ。そういう状態異常は絶対にならないように、神の加護を受けてるんだ。神の加護じゃないらしいけど」

「どんどん出すですう」

「そういえばなんで隠れてたんだ?」

「……だって、明るいところで人と目が合うと、石化させちゃうかもしれないです」

「コカトリスを養鶏場に置いてくるわけにはいかないのか?」

「『コカトリスを飼育する』『魔王に従う』『コカトリスとともに生き、ともに殺される』ことが使命なんですう。だからコカトリスの女王とはずっと一緒なんですう。オスがいなくても女王さえいればどんどん増やせるんですう」

「そうなのか、すごいな」

「コカトリスはすごいんですう。でも目が合うと石化させちゃうから、魔族のあいだでもあんまりよく思われてなかったんですう……」

「そうなのか。でも目隠し巻いてるしいいんじゃないか? なあ」



 と、勇者が呼びかける。

 すると、魔王の娘がテーブルにのぼった。



「そうだな! わたしはコカ肉気に入ったぞ! うまいものくれるやつにわたしは寛大だ! だからこれからも一緒にここで暮らしたらいい!」

「魔王さまいい人ですう……! コカ玉食べるです?」

「い、いや、それを食べるには……うん、まだわたしには修行が足りないかな! 今修行中だから! いつか修行が終わったら食べるから!」

「コカ玉を食べるために修行してくれるだなんて、魔王さま素敵ですう! 一生ついていくですう!」



 魔族全体もたしかにチョロそうだが、魔族の中でも特にコカトリス飼育員がチョロい子なんだな、と横で聞いていた女神は考えを改めた。

 ともあれ――二人増えていたらしい新住人が、見つかった。

『正体不明の二人』の内訳は、コカトリス飼育員とコカトリス、ということだろうか?


 ……漁師に巻き付いているリヴァイアサンは『一人』とカウントされていなかったような気がする。

 ならば、あと一人いるということなのだろうか?

  いや、でも各部屋を回った時、勇者はなにも言わなかったし――

 考えても、わからない。


 ともあれ、今は食事を楽しもう。

 女神は勇者の「おかわり」という声に応じながら、問題を先送りにすることを決めた。







 翌朝。

 女神が誰よりも早起きして炊事場に入ると――特になにも増えていない。


 当たり前だ。

 昨日は『いたけれど所在不明だったメンバー』が見つかっただけなのだ。同居人が新たに増えたわけではない。


 静かな炊事場を、女神は一人でゆったり歩く。

 思えば色々なものが増えた――炊事場はいつの間にか広くなり、六人掛けだったテーブルはもう十二人掛けになっていて、冷蔵庫が増え、みそ汁メイカーとサラダメイカーも増え、なんならスペース自体が増えていたりもする。


 そして中身のないホットスナックの什器。

 ……やはり増えていない。新メンバーが誰もいないのだから、当たり前だ。


 女神がなんとなく寂しさを感じて冷蔵庫を指でなでていると――

 ピンポーン、ピンポーン。

 来客を報せる音が鳴り響く。


 こんな早朝に誰だろう?

 女神は首をかしげ、出迎えるため炊事場の出口を目指す。

 しかし、それより早く炊事場に入ってくる人物がいた。



「あなたは――甘いものの人さん?」



 女神は首をかしげる。

 体を隠すマント姿の女性――

 入ってきたのは誰あろう、先日勇者が連れてきた、金髪の女こと甘いものの人であった。


 彼女はかすかに笑顔を浮かべる。

 そして、言った。



「あら、起きてたのね。……あの、ところで『甘いものの人』っていう呼び名はどうにかならないのかしら」

「あ、はい、ごめんなさい……それで、甘いものの人さんは、こんな朝早くにどのようなご用件でしょうか?」

「…………『甘いもの』を仕入れたから、早いうちにとどけて立ち去ろうと思ったのよ」

「あら、そうなんですか……ありがとうございます。子供たちも喜ぶと思いますよ。……顔を見せてはいかないんですか?」

「あー……その、それなのだけれど」



 甘いものの人は言いよどむ。

 女神は今までかしげていたのとは逆方向に首をかしげ――



「どうなさいました?」

「……ちょっとあなたに、どう言っていいかわからない届け物があるの」

「私に?」

「そう、これ」



 手渡されたのは。

 ……『同窓会のお知らせ』。



「……あの、これ、なんですか」

「わからないわ。ただ、夢でね、神を名乗る女性がこう言ったのよ。『わたくしは女神です。いいですか、これから告げることを実行しなさい。勇者の家にいる女神に同窓会のお知らせをとどけるのです。あなたの枕元に置いておきますから』」

「……………………」

「『そしてそこにいる女神にこう告げるのです――私がしばらくあなたの役割を代わりますから、安心して同窓会に出席してください、と』」

「………………………………」

「どう考えてもまともな夢じゃないから人に話したくはなかったのだけれど、実際にお告げの『同窓会のお知らせ』は枕元にあるし……それで、いちおう届けよう、でも夢の話をしないように早朝を狙おうって、そういうことを考えてこんな時間に、こっそり来たわ」

「……」

「ごめんなさいね、朝からおかしな話をして」



 甘いものの人ははにかみ、謝罪した。

 女神は話を聞き終えて、思わず天を仰ぎ、思う。


 なんだか妙な展開で、どう言っていいかわからないのだけれど――

 どうやら謝罪しなければならないのはこちらの方のようだった。

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